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38 震える声で
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レイチェルの取調が行われている部屋の前には、警備の為か近衛騎士が二人立っていた。
そんな彼らは私達の姿を確認して一瞬息を呑んだ後、慌てて姿勢を正し声を掛けてきた。
「お、王妃殿下、それに……王太子妃殿下!? こちらは危のうございます。どうかお部屋にお戻りください」
「あら、心配はご無用ですわ。皆様が守ってくださいますでしょう? それに王太子妃にも事情を聞く権利があります。彼女は毒を盛られた被害者なのですから」
王妃殿下の穏やかな声に、そこにいる誰も逆らうことができなかった。
近衛騎士が扉を開けた瞬間、一瞬にして空気が変ったような気がした。
冷たくて重い、ひりつくような緊張が肌を刺すようなそんな感覚。
そして部屋の中に足を踏み入れると、奥の机の前にはフリードと国王陛下がいた。
そしてその向かい側の席には、縄で後ろ手に手を縛られたレイチェルが座っていて。
胸がズキリと痛んだ。
「――フランツェスカ!?」
私達二人の姿に、真っ先に声を上げたのはフリードだった。
薄氷のような青い瞳が驚きに見開かれる。
「なぜここに……!? ここは危険です、お部屋でお待ちくださいと私は申し上げたはずです。母上もどうして……」
私はフリードをまっすぐに見つめ、口元に微笑を浮かべた。
「ええ、聞いておりました。ですが、これは私自身の問題。ただ大人しく部屋で待っているだけなんて、できません」
私の言葉に、フリードが苦虫を噛み潰したような表情になる。
そしてその瞳には怒りとも焦りともつかない感情が一瞬浮かんだが、私は目を逸らさなかった。
「……どうして貴女は私を素直に頼ってくれないんですか。やはり私を……信用できませんか」
「フリードを信用できる、できないの問題ではありません。私は私のことを人任せにはしたくないだけです」
そして私は、レイチェルの前まで歩み寄った。
その足音が部屋の中に響きわたる度に、胸が苦しくなっていく。
「……レイチェル? 話を聞かせて欲しいの」
私の声に顔を上げた彼女の目は、涙で濡れていた。
その瞳には怯えと後悔、そしてどこか覚悟の色も混じっているように見えた。
「っ……」
「……大丈夫よ、レイチェル。私は怒ってないわ。どうしてあんなことをしたのか聞きたいだけ。なにか事情があったのでしょう?」
私の声は不思議なほど穏やかだった。
なぜかそこに怒りの感情はなく。
どうしてあんなことをしたのか、知りたいという純粋な思いだけだった。
レイチェルは唇を噛み、震える声で答える。
「王太子殿下、王太子妃殿下……本当に申し訳ございません。謝って済むとは考えておりません。ですが一言どうしても謝りたかった」
「レイチェル……」
「……私には娘がおります。年の頃は王太子妃殿下と同じくらい。ですがあまり勉強のできない子で、学問に厳しい寄宿舎にいれていたんです。ですが……私が王太子妃殿下付の侍女に選ばれてすぐ……娘は寄宿舎からいなくなったとの知らせが届いて……」
レイチェルは声を絞り出すように続けた。
その目からは、とめどなく涙が流れていた。
「え……」
「それで……あくる日、一通の手紙が家に届いたのです。手紙には『王太子妃に毒を盛れ、失敗すれば娘は殺す。通報しても無駄だ、お前のことは監視している。三日経つごとに娘の爪を剥いで送る、早くしろ』と、書いてあって……! 手紙には毒と、血の付いた娘の髪が……」
息を呑んだ。
やはりレイチェルは、脅されていた。
「それなら……どうして? どうしてちゃんと私に毒を盛らなかったの? あれじゃお茶の中になにか入ってると言っているようなものじゃない」
「――できるわけがありません! 貴女はまだ成人したばかりの……子どもじゃないですか! 娘と年も大してかわらないのに、いつも気丈に振舞っておられて……」
「……どうして、今日ここに? 自首なんてしたら娘さんが危険にさらされてしまうのに」
「娘が今日の昼、家に帰ってきたんです。生きていました。髪は切られていましたし殴られた後もありましたが命に別状はありませんでした。そして娘が泣きながら私に『早く自首しようお母さん、信頼して任させてくれた王太子殿下をこれ以上裏切っちゃ駄目』と……そう言われて。私はとんでもないことをしてしまったと……」
目頭が熱くなった。
後ろでは王妃殿下がハンカチを取り出し、目元をおさえている。
そしてフリードは頭を搔きむしり、苛立ちをごまかしているようだった。
その仕草に滲む焦りと苛立ちが、痛いほどに伝わってくる。
フリードがなにに怒っているのか、私には少しわかる気がした。
きっと、フリードは自分を責めているのだろう。
「――よく勇気をだした。無罪放免とはいかぬが……命だけは助かるよう、取り計らおう」
そう告げて国王陛下は深いため息を吐き出した。
その言葉に、レイチェルは嗚咽を漏らしながら床に額を押し付けて啜り泣いていた。
レイチェルの取調が行われている部屋の前には、警備の為か近衛騎士が二人立っていた。
そんな彼らは私達の姿を確認して一瞬息を呑んだ後、慌てて姿勢を正し声を掛けてきた。
「お、王妃殿下、それに……王太子妃殿下!? こちらは危のうございます。どうかお部屋にお戻りください」
「あら、心配はご無用ですわ。皆様が守ってくださいますでしょう? それに王太子妃にも事情を聞く権利があります。彼女は毒を盛られた被害者なのですから」
王妃殿下の穏やかな声に、そこにいる誰も逆らうことができなかった。
近衛騎士が扉を開けた瞬間、一瞬にして空気が変ったような気がした。
冷たくて重い、ひりつくような緊張が肌を刺すようなそんな感覚。
そして部屋の中に足を踏み入れると、奥の机の前にはフリードと国王陛下がいた。
そしてその向かい側の席には、縄で後ろ手に手を縛られたレイチェルが座っていて。
胸がズキリと痛んだ。
「――フランツェスカ!?」
私達二人の姿に、真っ先に声を上げたのはフリードだった。
薄氷のような青い瞳が驚きに見開かれる。
「なぜここに……!? ここは危険です、お部屋でお待ちくださいと私は申し上げたはずです。母上もどうして……」
私はフリードをまっすぐに見つめ、口元に微笑を浮かべた。
「ええ、聞いておりました。ですが、これは私自身の問題。ただ大人しく部屋で待っているだけなんて、できません」
私の言葉に、フリードが苦虫を噛み潰したような表情になる。
そしてその瞳には怒りとも焦りともつかない感情が一瞬浮かんだが、私は目を逸らさなかった。
「……どうして貴女は私を素直に頼ってくれないんですか。やはり私を……信用できませんか」
「フリードを信用できる、できないの問題ではありません。私は私のことを人任せにはしたくないだけです」
そして私は、レイチェルの前まで歩み寄った。
その足音が部屋の中に響きわたる度に、胸が苦しくなっていく。
「……レイチェル? 話を聞かせて欲しいの」
私の声に顔を上げた彼女の目は、涙で濡れていた。
その瞳には怯えと後悔、そしてどこか覚悟の色も混じっているように見えた。
「っ……」
「……大丈夫よ、レイチェル。私は怒ってないわ。どうしてあんなことをしたのか聞きたいだけ。なにか事情があったのでしょう?」
私の声は不思議なほど穏やかだった。
なぜかそこに怒りの感情はなく。
どうしてあんなことをしたのか、知りたいという純粋な思いだけだった。
レイチェルは唇を噛み、震える声で答える。
「王太子殿下、王太子妃殿下……本当に申し訳ございません。謝って済むとは考えておりません。ですが一言どうしても謝りたかった」
「レイチェル……」
「……私には娘がおります。年の頃は王太子妃殿下と同じくらい。ですがあまり勉強のできない子で、学問に厳しい寄宿舎にいれていたんです。ですが……私が王太子妃殿下付の侍女に選ばれてすぐ……娘は寄宿舎からいなくなったとの知らせが届いて……」
レイチェルは声を絞り出すように続けた。
その目からは、とめどなく涙が流れていた。
「え……」
「それで……あくる日、一通の手紙が家に届いたのです。手紙には『王太子妃に毒を盛れ、失敗すれば娘は殺す。通報しても無駄だ、お前のことは監視している。三日経つごとに娘の爪を剥いで送る、早くしろ』と、書いてあって……! 手紙には毒と、血の付いた娘の髪が……」
息を呑んだ。
やはりレイチェルは、脅されていた。
「それなら……どうして? どうしてちゃんと私に毒を盛らなかったの? あれじゃお茶の中になにか入ってると言っているようなものじゃない」
「――できるわけがありません! 貴女はまだ成人したばかりの……子どもじゃないですか! 娘と年も大してかわらないのに、いつも気丈に振舞っておられて……」
「……どうして、今日ここに? 自首なんてしたら娘さんが危険にさらされてしまうのに」
「娘が今日の昼、家に帰ってきたんです。生きていました。髪は切られていましたし殴られた後もありましたが命に別状はありませんでした。そして娘が泣きながら私に『早く自首しようお母さん、信頼して任させてくれた王太子殿下をこれ以上裏切っちゃ駄目』と……そう言われて。私はとんでもないことをしてしまったと……」
目頭が熱くなった。
後ろでは王妃殿下がハンカチを取り出し、目元をおさえている。
そしてフリードは頭を搔きむしり、苛立ちをごまかしているようだった。
その仕草に滲む焦りと苛立ちが、痛いほどに伝わってくる。
フリードがなにに怒っているのか、私には少しわかる気がした。
きっと、フリードは自分を責めているのだろう。
「――よく勇気をだした。無罪放免とはいかぬが……命だけは助かるよう、取り計らおう」
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