死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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39 裏切りの対価

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 ――モルゲンロート国王、ルドルフ・モルゲンロートの退位が正式に発表されたのは、あれからすぐのことだった。
 国王退位の理由は「病の悪化」として発表されたが、それを信じる者などこの国のどこにもいない。
 
 全てがあまりにも不自然。
 裏でなにかあったのではないか。
 国中で飛び交う憶測と、疑念。
 
 そして国王が退位し王宮を後にする時にはすでにモルゲンロートの王都は荒れ果てており、街中では「フランツェスカ王女を戻せ」「これはリヒター公爵家の陰謀だ」などという声が絶えなかった。

 だがそんな混乱の中でも議会の承認を受けてレナード・リヒターはモルゲンロートの国王に即位。
 そして大聖堂では、聖職者達の手によって戴冠式の準備が着々と整えられていた。
 
 煌びやかに装飾された大聖堂に、笑みを浮かべて集まった貴族たち。
 厳かに響く大主教の朗々とした声。
 
 だがそのどれもがどこか空虚で、偽りで塗り固められたハリボテにしか見えず。
 王冠を戴くその者を、ここにいる誰も心から祝ってなどいないことは明白だった。

 そんな中、レナードは金糸の衣を纏って祭壇の前に立っていた。

 その姿は一見すれば威厳に満ちた新王のそれであり、金色の光を反射する王冠の輝きは彼の野心を象徴するかのようだった。

 だが、レナードは震えていた。
 
 あまりにも静かすぎる。

 貴族たちは顔面に笑みを貼りつけるだけで、レナードのことを見ようとすらしない。
 祝福の言葉を交わす声もどこか形式的で、感情のこもらぬ上辺だけの祝福。

 大聖堂の高窓から差し込む光が埃を反射する。
 その中でレナードは、なぜかこの世界にたった一人取り残されたような錯覚に襲われた。

「これより、モルゲンロート王国の新たなる主、レナード・リヒター陛下の戴冠の儀を始める」

 大主教の手によって王冠がレナードの頭上に掲げられ、ゆっくりと頭に降ろされる。

 その瞬間。
 空が曇り、太陽がかげった。
 まるで天がこの即位を拒むかのように。

 そして大聖堂の外では、ざわめきが起こり始めていた。
 民衆の怒号が大聖堂の中まで響く。

「フランツェスカ王女殿下を返せ!」
 
「フランツェスカこそ我らの女王!」
 
「偽りの王に祝福などない!」

 大聖堂を警備していた衛兵たちが慌ただしくなり、聖職者達が恐怖に狼狽える。
 それでも儀式は止まらない。
 
 金冠がレナードの頭に載せられ、大主教が宣言する。

「ここに新たなる王、レナード・リヒター陛下、即位を宣言する」

 ……だが、拍手おきなかった。
 大聖堂に響くのは貴族達の不安げな声と、外から聞こえてくる民衆の怒号だけ。

 その光景をレナードはただ呆然と見ていた。

『――王に相応しくないのは私じゃなくて、貴方よレナード。ほら……国民もそう言ってる。聞こえるでしょう?』

 胸の奥でフランツェスカがそう嘲笑ったような、そんな気がした。

「……笑うな、フランツェスカ。お前はもうここにいないはずだろう! 王になったのは、勝ったのはこの私だ、お前じゃない」

 ぽつりとこぼれ落ちたレナードの声は、誰にも届かない。
 
 ……王冠がやけに重く感じる。
 だが重いのはこの冠ではなく、背負ってしまった己の罪。
 
 フランツェスカを裏切らなければ、こんなことにはならなかった。
 きっと今頃皆に祝福されて、彼女の隣で幸せに笑っていた。

 その後悔がレナードの心を支配していく。
 
 この王冠は、勝利の証などではない。
 裏切りの対価として手に入れた玉座が、いまや断頭台への片道切符のようにすら思える。

 大聖堂の外では雷鳴が轟き、冷たい雨が降り始めていた。
 そして王の戴冠を祝う鐘は、とうとう一度も鳴ることはなかったのだった。

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