38 / 68
38 震える声で
しおりを挟む
38
レイチェルの取調が行われている部屋の前には、警備の為か近衛騎士が二人立っていた。
そんな彼らは私達の姿を確認して一瞬息を呑んだ後、慌てて姿勢を正し声を掛けてきた。
「お、王妃殿下、それに……王太子妃殿下!? こちらは危のうございます。どうかお部屋にお戻りください」
「あら、心配はご無用ですわ。皆様が守ってくださいますでしょう? それに王太子妃にも事情を聞く権利があります。彼女は毒を盛られた被害者なのですから」
王妃殿下の穏やかな声に、そこにいる誰も逆らうことができなかった。
近衛騎士が扉を開けた瞬間、一瞬にして空気が変ったような気がした。
冷たくて重い、ひりつくような緊張が肌を刺すようなそんな感覚。
そして部屋の中に足を踏み入れると、奥の机の前にはフリードと国王陛下がいた。
そしてその向かい側の席には、縄で後ろ手に手を縛られたレイチェルが座っていて。
胸がズキリと痛んだ。
「――フランツェスカ!?」
私達二人の姿に、真っ先に声を上げたのはフリードだった。
薄氷のような青い瞳が驚きに見開かれる。
「なぜここに……!? ここは危険です、お部屋でお待ちくださいと私は申し上げたはずです。母上もどうして……」
私はフリードをまっすぐに見つめ、口元に微笑を浮かべた。
「ええ、聞いておりました。ですが、これは私自身の問題。ただ大人しく部屋で待っているだけなんて、できません」
私の言葉に、フリードが苦虫を噛み潰したような表情になる。
そしてその瞳には怒りとも焦りともつかない感情が一瞬浮かんだが、私は目を逸らさなかった。
「……どうして貴女は私を素直に頼ってくれないんですか。やはり私を……信用できませんか」
「フリードを信用できる、できないの問題ではありません。私は私のことを人任せにはしたくないだけです」
そして私は、レイチェルの前まで歩み寄った。
その足音が部屋の中に響きわたる度に、胸が苦しくなっていく。
「……レイチェル? 話を聞かせて欲しいの」
私の声に顔を上げた彼女の目は、涙で濡れていた。
その瞳には怯えと後悔、そしてどこか覚悟の色も混じっているように見えた。
「っ……」
「……大丈夫よ、レイチェル。私は怒ってないわ。どうしてあんなことをしたのか聞きたいだけ。なにか事情があったのでしょう?」
私の声は不思議なほど穏やかだった。
なぜかそこに怒りの感情はなく。
どうしてあんなことをしたのか、知りたいという純粋な思いだけだった。
レイチェルは唇を噛み、震える声で答える。
「王太子殿下、王太子妃殿下……本当に申し訳ございません。謝って済むとは考えておりません。ですが一言どうしても謝りたかった」
「レイチェル……」
「……私には娘がおります。年の頃は王太子妃殿下と同じくらい。ですがあまり勉強のできない子で、学問に厳しい寄宿舎にいれていたんです。ですが……私が王太子妃殿下付の侍女に選ばれてすぐ……娘は寄宿舎からいなくなったとの知らせが届いて……」
レイチェルは声を絞り出すように続けた。
その目からは、とめどなく涙が流れていた。
「え……」
「それで……あくる日、一通の手紙が家に届いたのです。手紙には『王太子妃に毒を盛れ、失敗すれば娘は殺す。通報しても無駄だ、お前のことは監視している。三日経つごとに娘の爪を剥いで送る、早くしろ』と、書いてあって……! 手紙には毒と、血の付いた娘の髪が……」
息を呑んだ。
やはりレイチェルは、脅されていた。
「それなら……どうして? どうしてちゃんと私に毒を盛らなかったの? あれじゃお茶の中になにか入ってると言っているようなものじゃない」
「――できるわけがありません! 貴女はまだ成人したばかりの……子どもじゃないですか! 娘と年も大してかわらないのに、いつも気丈に振舞っておられて……」
「……どうして、今日ここに? 自首なんてしたら娘さんが危険にさらされてしまうのに」
「娘が今日の昼、家に帰ってきたんです。生きていました。髪は切られていましたし殴られた後もありましたが命に別状はありませんでした。そして娘が泣きながら私に『早く自首しようお母さん、信頼して任させてくれた王太子殿下をこれ以上裏切っちゃ駄目』と……そう言われて。私はとんでもないことをしてしまったと……」
目頭が熱くなった。
後ろでは王妃殿下がハンカチを取り出し、目元をおさえている。
そしてフリードは頭を搔きむしり、苛立ちをごまかしているようだった。
その仕草に滲む焦りと苛立ちが、痛いほどに伝わってくる。
フリードがなにに怒っているのか、私には少しわかる気がした。
きっと、フリードは自分を責めているのだろう。
「――よく勇気をだした。無罪放免とはいかぬが……命だけは助かるよう、取り計らおう」
そう告げて国王陛下は深いため息を吐き出した。
その言葉に、レイチェルは嗚咽を漏らしながら床に額を押し付けて啜り泣いていた。
レイチェルの取調が行われている部屋の前には、警備の為か近衛騎士が二人立っていた。
そんな彼らは私達の姿を確認して一瞬息を呑んだ後、慌てて姿勢を正し声を掛けてきた。
「お、王妃殿下、それに……王太子妃殿下!? こちらは危のうございます。どうかお部屋にお戻りください」
「あら、心配はご無用ですわ。皆様が守ってくださいますでしょう? それに王太子妃にも事情を聞く権利があります。彼女は毒を盛られた被害者なのですから」
王妃殿下の穏やかな声に、そこにいる誰も逆らうことができなかった。
近衛騎士が扉を開けた瞬間、一瞬にして空気が変ったような気がした。
冷たくて重い、ひりつくような緊張が肌を刺すようなそんな感覚。
そして部屋の中に足を踏み入れると、奥の机の前にはフリードと国王陛下がいた。
そしてその向かい側の席には、縄で後ろ手に手を縛られたレイチェルが座っていて。
胸がズキリと痛んだ。
「――フランツェスカ!?」
私達二人の姿に、真っ先に声を上げたのはフリードだった。
薄氷のような青い瞳が驚きに見開かれる。
「なぜここに……!? ここは危険です、お部屋でお待ちくださいと私は申し上げたはずです。母上もどうして……」
私はフリードをまっすぐに見つめ、口元に微笑を浮かべた。
「ええ、聞いておりました。ですが、これは私自身の問題。ただ大人しく部屋で待っているだけなんて、できません」
私の言葉に、フリードが苦虫を噛み潰したような表情になる。
そしてその瞳には怒りとも焦りともつかない感情が一瞬浮かんだが、私は目を逸らさなかった。
「……どうして貴女は私を素直に頼ってくれないんですか。やはり私を……信用できませんか」
「フリードを信用できる、できないの問題ではありません。私は私のことを人任せにはしたくないだけです」
そして私は、レイチェルの前まで歩み寄った。
その足音が部屋の中に響きわたる度に、胸が苦しくなっていく。
「……レイチェル? 話を聞かせて欲しいの」
私の声に顔を上げた彼女の目は、涙で濡れていた。
その瞳には怯えと後悔、そしてどこか覚悟の色も混じっているように見えた。
「っ……」
「……大丈夫よ、レイチェル。私は怒ってないわ。どうしてあんなことをしたのか聞きたいだけ。なにか事情があったのでしょう?」
私の声は不思議なほど穏やかだった。
なぜかそこに怒りの感情はなく。
どうしてあんなことをしたのか、知りたいという純粋な思いだけだった。
レイチェルは唇を噛み、震える声で答える。
「王太子殿下、王太子妃殿下……本当に申し訳ございません。謝って済むとは考えておりません。ですが一言どうしても謝りたかった」
「レイチェル……」
「……私には娘がおります。年の頃は王太子妃殿下と同じくらい。ですがあまり勉強のできない子で、学問に厳しい寄宿舎にいれていたんです。ですが……私が王太子妃殿下付の侍女に選ばれてすぐ……娘は寄宿舎からいなくなったとの知らせが届いて……」
レイチェルは声を絞り出すように続けた。
その目からは、とめどなく涙が流れていた。
「え……」
「それで……あくる日、一通の手紙が家に届いたのです。手紙には『王太子妃に毒を盛れ、失敗すれば娘は殺す。通報しても無駄だ、お前のことは監視している。三日経つごとに娘の爪を剥いで送る、早くしろ』と、書いてあって……! 手紙には毒と、血の付いた娘の髪が……」
息を呑んだ。
やはりレイチェルは、脅されていた。
「それなら……どうして? どうしてちゃんと私に毒を盛らなかったの? あれじゃお茶の中になにか入ってると言っているようなものじゃない」
「――できるわけがありません! 貴女はまだ成人したばかりの……子どもじゃないですか! 娘と年も大してかわらないのに、いつも気丈に振舞っておられて……」
「……どうして、今日ここに? 自首なんてしたら娘さんが危険にさらされてしまうのに」
「娘が今日の昼、家に帰ってきたんです。生きていました。髪は切られていましたし殴られた後もありましたが命に別状はありませんでした。そして娘が泣きながら私に『早く自首しようお母さん、信頼して任させてくれた王太子殿下をこれ以上裏切っちゃ駄目』と……そう言われて。私はとんでもないことをしてしまったと……」
目頭が熱くなった。
後ろでは王妃殿下がハンカチを取り出し、目元をおさえている。
そしてフリードは頭を搔きむしり、苛立ちをごまかしているようだった。
その仕草に滲む焦りと苛立ちが、痛いほどに伝わってくる。
フリードがなにに怒っているのか、私には少しわかる気がした。
きっと、フリードは自分を責めているのだろう。
「――よく勇気をだした。無罪放免とはいかぬが……命だけは助かるよう、取り計らおう」
そう告げて国王陛下は深いため息を吐き出した。
その言葉に、レイチェルは嗚咽を漏らしながら床に額を押し付けて啜り泣いていた。
1,828
あなたにおすすめの小説
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから
ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。
彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる