死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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42 晴れ晴れとした笑顔

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 私に用意されたのはシュヴァルツヴァルト王家の紋章が刻まれた豪奢な馬車。
 それはモルゲンロートからシュヴァルツヴァルトにやってきた時に乗ったフリード王太子の馬車より一回りほど小さいけれど、内装があの馬車よりも格段に豪華で可愛らしく――新車の匂いがした。

「この馬車は? 以前乗った馬車とは違うような……」

「これは、フリード王太子殿下が、フランツェスカ王太子妃殿下の為に新しくあつらえさせた馬車でございます。フランツェスカ様が快適にお出かけできるようにと、特に内装にこだわられまして……通常の予算の約三倍ほどかかっております」

「えっ、は? さ、三倍……!?」

 侍女に問いかければそんな回答が返ってきて、変な声が出た。
 
 ……王族が乗る馬車なんて元々馬鹿みたいに高いのに。
 予算の三倍とは、いったいなに考えてやがるのでしょうか?
 
「流石はフランツェスカ様でございます。フリード様からのご寵愛が深くていらっしゃる! 御子のご誕生も近いかもしれませんね……!」

「いや、はい……そ、そうですね」

 侍女の笑顔がまぶしい。
 そう言われた私は、乾いた笑みを浮かべるしかなかありませんでした。
  
 ――そして私を乗せた馬車は近衛騎士達が騎乗する馬に先導されてヴァイス公爵邸へと向う。

 王宮の門を抜けて街に出たところで窓を開ければ冷たい風が馬車の中に流れ込んできて、胸が高鳴った。
 王宮の外に出るのは久しぶりで、見るもの全てが新鮮に映る。

「王太子妃殿下、申し訳ありませんが窓をお閉めいただけませんか? どこで犯人が見ているか、わかりませんので」

「そうね、ごめんなさい。直ぐに閉めますわ」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません」

 ヴァイス公爵家に着くまでこのまま窓を開けて外の風を感じていたかったのですが、近衛騎士にそう言われてしまっては従うほかありません。
 彼らも私を守ろうとして、そう言っているだけなのはわかっておりましたので。
 
 そして閉じた窓越しに、シュヴァルツヴァルト王都の穏やかな街並みが緩やかに流れていきました。

 ――やがて馬車はゆるやかに止まり。
 近衛騎士のひとりが扉を開けると、目の前には白亜の美しい邸宅とヴァイス公爵夫妻の姿。

「王太子妃殿下、ようこそいらっしゃいました。加えてこの度は娘の不始末、お助け下さり誠にありがとうございました。王太子妃殿下が助けてくれなかったらどうなっていたことか……計り知れません」

「フランツェスカ王太子妃殿下。クラウディーヌのこと、本当にありがとうございます。その恩情に感謝を……そしてヴァイス家はフランツェスカ様を心より歓迎いたします。ごゆるりとくつろいでいってくださいませ」

 そう言って温かく迎え入れてくれたヴァイス公爵夫妻に、私は自然と笑顔になっていた。
 いくら一人娘であるクラウディーヌ公爵令嬢を助けたといっても、敵国出身の私をこれほどまでにあたたかく迎え入れてくれるとは思ってもみなかった。
 
 そして案内された庭園には季節の花々がそこらじゅうで美しく咲き誇っており、目を奪われる。
 
 そこへクラウディーヌ公爵令嬢が、少しだけ恥ずかしそうに俯きながら私の前にやってきた。
 その表情は以前のような挑発的なものではなく、年相応の少女のものでとても可愛らしかった。

「王太子妃殿下……いえ、フランツェスカ様。先日は本当にありがとうございました。あの時、まさか無礼を働いた私を庇ってくださるなんて思っておらずとても驚きました。心から感謝しております」

「顔を上げてください、クラウディーヌ公爵令嬢。もうあの件は過ぎたことで間違いは誰にでもあります。だから次、間違わなければそれでいいのです」

「フランツェスカ様……! あの日から……私は貴女様をお慕い申し上げております。なので是非フランツェスカお姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか……?」

「え……?」
 
 あの日、クラウディーヌ公爵令嬢は私に敵意を向けていた。
 
 ……なのに今、この子なんて言いました?
 お慕い? それにお姉様!?
 思考が全然追いつかない。
 
「嫋やかなのに勇ましくて。あの時の頼りがいのある後ろ姿が、今でも忘れられません」

「いえ、そんなことは……」

「それに王妃殿下にもフリード様にも全く屈することなく、凛とされていて……とても素敵でした! なので是非、フランツェスカお姉様と呼ばせてくださいませ」

 しかもクラウディーヌ公爵令嬢の瞳は今、親愛のようななにかを宿して私を見つめていて。
 なにがなんなんだか、よくわからない。

「ほ、褒め過ぎです、クラウディーヌ公爵令嬢。呼び方はまぁ……お好きなようになさっていただいても問題ありませんが……」

 純粋でどこまでも真っ直ぐな眼差しを向けられて、私は根負けしました。

「まぁ、本当ですか!? では、私のこともクラウディーヌと呼んでくださいませ!」

「え、ええ……わかりましたわ……クラウディーヌ」

 シュヴァルツヴァルトの人間は、名前で呼ばれるのが好きなのでしょうか? 
 フリードも初対面から名前で呼んで欲しいと、言っておりましたし。

「ありがとうございます! そして私はフランツェスカお姉様から受けたこのご恩を一生忘れません」

「ご恩なんてそんな、大したことでは……」

「なので私は決意したのです。このご恩に報いるべく、公爵家を継いで女公爵になり、貴女様をご支援いたします……」

「クラウディーヌが、公爵に?」

 王位継承権を持つ王女が女王になるより。
 令嬢が爵位を継いで、家の当主になるというのはとても難しいと聞きます。

 それはひとえに、貴族社会で女性の地位はあまり高くないから。
 王女はその血筋自体が特別ですし、王位継承権は揺るぎないもの。
 
 まあ……私のように、王位継承権があっても国王がそれを拒否したらそれで終了なのですが。

「はい。私がこの公爵家を継いで女公爵となり、父のような立派な軍人になるつもりです。以前から父に公爵家を継がないかと聞かれていたのですが……その時はまだ……フリード様が好きだったのでお断りしておりました」

「クラウディーヌ……」

「……ですが。ご安心ください、フランツェスカお姉様! もうフリード様に恋心はありません、今私がお慕いしているのは……フランツェスカお姉様なので! あ、もちろん変な意味ではございませんよ? 結婚相手はフランツェスカお姉様が選んだ相手にするつもりですが……」

「え……? 私が選んだ?」

「はい、どうせ政略結婚するならフランツェスカお姉様のお役に立ちとうございますので! なんなりとおっしゃってくださいね」

 そう言って微笑んだクラウディーヌの顔は、とても晴れ晴れとしていて。
 まるで春の陽気のように穏やかでした。
 
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