死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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47 あとで絶対ぶん殴る

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 ――シュヴァルツヴァルト王宮。
 白い大理石の床を、近衛騎士達がフリードの身体を抱きかかえて慌ただしく駆け抜けていく。
 
 そして運ばれていくフリードの姿を、私はただそこで見送ることしかできない。

「フリード……」

 気付けば祈るように、その名を呼んでいた。
 私なんかを庇ったせいでフリードは今、生死の境をさまよっている。
 
 ……思い上がっていた。
 自分のことくらい自分で守れると、誰かに守られる必要なんかないのだと。

 その間違った考えと行動が今回の事態を招き、フリードに重傷を負わせてしまった。

 罪悪感に胸が押しつぶされそうになる。

「――おい、止血を急げ!」

 フリードが運ばれた部屋の前で立ち尽くしていると、医師達が慌ただしく動きまわるのが見えた。
 
 それなのに私はただここでフリードの無事を祈り、待つことしかできない。
 そんな無力な自分が嫌になる。

「神様お願いします、どうか……」

 ――いったいどれくらい時間が経ったのか。
 その場で祈りを捧げていると、フリードが運ばれた部屋の中から医師達の安堵の声が漏れ聞こえてきた。

「――止血終わりました! 血圧も徐々にですが回復してきています!」

「そうか! なら直ぐに陛下にご報告を……!」
 
 その言葉を聞いた瞬間、身体から力が抜けて床に座り込んでしまった。
 そして涙が、ポタポタとこぼれ落ちた。

「っ……フリード、よかった」
 
 ……よかった。
 本当に、本当に……よかった。

「フランツェスカさん」

 優しい声で名を呼ばれた。

 声のする方へ顔を向ければ。
 リーゼロッテ王妃殿下が侍女達を後ろに従えて、こちらにやってきていました。

「リーゼロッテ王妃殿下……!」
 
 その声を聞いて、やっと我に返る。
 慌てて涙を拭うけれど、溢れだした涙は全然止まってくれない。

「フランツェスカさん、貴女が無事で本当によかった。さぞ怖かったでしょう……? もう大丈夫ですからね」
 
 王妃殿下は私のそばにそっとしゃがみ込まれて、優しく手を取ってくれた。
 まるでそれが当たり前のことのように。

「……でも、私のせいで、フリードが……私が思いあがっていたせいで……!」
 
 声が震える。
 胸が詰まって言葉が出てこない。

 そんな私に王妃殿下は小さく息を吐いて微笑んだ。
 
「フランツェスカさんのせいなんかじゃないわ。それにフリードは自分の意思で貴女のことを守ったの。それは誰かに命じられたわけでも、義務でもない。あの子は貴女を……なによりも大事に想っているのよ」

「リーゼロッテ王妃殿下……」

「それに、うちの子がこれくらいの怪我でどうにかなるわけないわ。だからもう泣かないでフランツェスカさん、貴女は泣き顔より笑顔のほうが似合っていますよ」
 
 そう言って優しく微笑んだリーゼロッテ王妃殿下。
 その笑顔に、思わずこちらまで笑顔になってしまう。

「リーゼロッテ王妃殿下。フリードは本当に、優しくて強い方……ですね」

「ええ。だから貴女が泣く必要なんてどこにもないの。ね? フリードならすぐに元気になりますから」

 そう言って、王妃殿下と私が立ち上がった瞬間。
 廊下の向こうから、声が響いた。

「――国王陛下がお越しです」
 
 その場の空気が一変する。
 やってきたのは、シュヴァルツヴァルト国王。
 それとその隣に、見慣れた顔があった。

 モルゲンロート国王、我が父である。

「……っ」

 私がなにも言えず固まっている間に、王妃は親しげに微笑んで迎えた。
 
 その態度に違和感を覚えた。
 王妃殿下の態度はまるで、旧友に対するようなものだったのだから。

 そしてシュヴァルツヴァルト国王は医師からの報告を聞き終え、ゆっくりと頷いた。
 
「命に別状がないならそれでいい、愚息もそのうち起き上がってくるだろう。さて……こうやって顔を合わせるのは久しぶりだな、ルドルフ。いや……今はモルゲンロート国王と呼んだ方がいいか?」

「……この間退位したからルドルフでいい。クラウス、お前にそう呼ばれるとなんだかむず痒くて気持ちが悪いからな……」

 クソ親父はそう言って、肩をすくめる。

「ルドルフ、お前……気持ち悪いとはなんだ。こちらは一応気を使ってだな……?」

 そして二人の国王は視線を交わし、まるで少年のように笑い合った。

 ……え。
 ちょ、ちょっと待ってください?
 なんですかその雰囲気。

 リーゼロッテ王妃殿下も小さな溜息をついて笑う。
 
「まったく……昔からなにも変わらないのね、貴方達は……」

「……は? えっと……お二人は……知り合い、なんですか?」

 ……昔から?
 え、それ……どうゆう?

「……ああ、言っていなかったが。君の父君、ルドルフとは昔、帝国の学術院で共に学んだ仲だ。あいつは真面目で理屈っぽいくせに、時々信じられない無茶をする。……まあ、昔から悪友みたいなもんだ」

「悪友……?」
 
「そうだ。私が国のために動くなら、こいつは民のために動く。国は違っても、信頼できる相手だよ」

 そう言ってシュヴァルツヴァルト国王は愉快そうに笑った。

「なんだ、今日はやけに私を褒めるじゃないか、クラウス。なにか後ろめたいことでもあるのか?」

「馬鹿言うな、お前の娘の前だからだ。それに、実際そう思っている」

「……そうか。それにしてもまさか数十年後に、お互いの息子と娘がこうして一緒になるとはな。不思議なもんだ」

 そしてクソ親父もどこか楽しそうに笑う。
 そんな風に笑うこの人を、私は一度も見たことがありません。

 ……冗談じゃない。
 こっちは混乱で頭が回らないというのに、なに楽しそうに笑って話しているのですか。
 話したくはありませんが、後でちゃんと説明させましょう。
 
「――さて、そろそろ本題に入るが」
 
 シュヴァルツヴァルト国王の表情が、一瞬で王のものに変化した。
 
「お前が例の件でここに来ていることは聞いている。ただ、娘に一言くらい説明をしてやってもよかったんじゃないか? 自分の事なのになにも知らんというのも可哀想だと私は思うのだがな……」

 その言葉にクソ親父は目を伏せて、疲れたように息を吐いた。
 
「……あの時は、そんな余裕はなかった。監視の目もあったしな。それにすべてはフランツェスカを守るためだ」

「え、私を……守る?」
 
 思わず声が出た。

 ……私はそんなこと知りませんし、聞いておりません。
 監視の目? 私を守る為?
 全部寝耳に水で、わけがわかりません。

 そしてクソ親父の方を見れば。
 その顔はこれまで一度も見たことがないような、とても真剣なものだった。

「娘の命を狙う輩が今は表立って動いている。これはもうモルゲンロートだけに限った話じゃない。この国でも……すでになにか起きているはずだ」

 シュヴァルツヴァルト国王は、うちの父親の言葉に神妙な顔で短く頷く。
 
「……ああ、すでに報告は受けている。君の娘自身がそれに気付いて未然に防いだがな」

「そうか……」

 王妃殿下からは微笑が消え、その場の空気が凍りついた。

「……あの。私にも事情を説明して頂いてもよろしいですか?」

 自分に関わる事なのに完全に蚊帳の外。
 私はなにも知らされていない。

「フランツェスカ。お前に説明するのは、彼が起きてからだ。今は時間がない」

「なっ……また適当にはぐらかすおつもりですか!」

「はぐらかすのではない。どうせ彼にも話す必要があるからな、まとめて説明するだけだ」

 そう言ってクソ親父はシュヴァルツヴァルト国王夫妻と、どこかへ消えていった。
  そしてその場に一人残された私は。

「あのクソ親父、後で絶対に……ぶん殴る……」

 ……そう、決意を固めたのです。

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