死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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 ――あれから数日。
 ようやくフリードが目を覚ました。

 すぐに目が覚める、あの時は皆がそう思っていました。
 けれど、傷口からなにか悪いものでも入ったのか三日三晩フリードは酷い高熱に苦しんだ。

 そして私は三日三晩フリードの看病をした。
 それは罪悪感からなのか、フリードを心配してるからなのか自分でもわからない。

 けれど看病をしているとフリードが時折熱に魘されて「フランツェスカ」と、私の名前を呼ぶ。

 それが無性にうれしくて胸が苦しかった。
 
 そして今日の朝、フリードの熱はようやく下がり意識を取り戻した。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。私はもう大丈夫ですので……そんな顔なさらないでください」

「……なにが大丈夫なんですか」

「えっと、その、フランツェスカ?」

「どうしてあんなことなさったのですか。フリードはご自分の立場……わかってます?」
 
「あ、いや……それは……」

「フリードはこの国の王太子なんですよ? 貴方にもしものことがあればどうなるのか、わかっていらっしゃらないのですか!?」

 気が付けば、つい声を荒げてしまっていた。
 怒鳴るつもりなんてなかった。
 
 『助けてくれて、ありがとう』
 目が覚めたら一番に、それを伝えたかったのに。

「……すみません。ですが、あの時は考えるより先に身体が動いてしまって」

「どうして私なんかを庇ったのですか」

 感情が溢れだして抑えられない。

「それは貴女が私の妻だから……」

「……王太子の貴方と違って私の代わりなんていくらでもいますし、私は敵国だった国の王女です。それに私は……貴方に冷たい態度ばかりとっていました。それなのにどうして……」

 自分で言っておいて胸が痛くなった。
 私にはそこまでして守られる価値なんてない。
 それにフリードが命を懸けて守る理由もないはずなのに。
 
「貴女の代わりなんてどこにもいませんよ、フランツェスカ。貴女は私にとって特別な女性です」

「……適当なこと言わないでください。そんなこと言っても私には通じませんよ」

 なにを言い出すのかと思えばまたそんなことを。
 そんなこと言っても、はぐらかされてあげるつもりはありません。

「別に許して貰おうと思って言ったわけではありません。私は貴女を失いたくなかった。だから庇った。ただそれだけです」

「なんですかそれは、ちっとも意味がわかりません。はぐらかしてないでちゃんと説明してください」

「フランツェスカ。私は……貴女のことが好きなんです」
 
「は……?」

 ……今、なんて?
 え、好き? フリードが私を?

 そんなまさか、ありえない。

「だから貴女の代わりなんてどこにもいません」

「なっ……、まだ寝ぼけているんじゃないですか? とりあえず、もう寝てください。私は帰りますから……」

 顔が熱い。
 息が苦しくて心臓が早鐘を打つ。
 
 フリードと顔を合わせるのかどうしようとなく恥ずかしくなって、今すぐここから逃げ出したくなった。

「フランツェスカ。あの日の言葉は謝って許されることではないと、私も重々承知しています。ですが……私に一度だけ機会をください」
 
 そう言ったかと思えばフリードは、ふらふらの身体でベッドから降りようとする。

「え、ちょ、なにしてるんですか貴方は! まだ安静にしていなくては……」

「貴女に謝罪を、きちんとしたくて……それに……」
 
「謝罪など結構です! だから大人しく寝ていてください! ……って、フリード!?」

 そしてフリードは私の静止も聞かず。
 おぼつかない足取りでベッドから降りて、床に膝をついた。

「え、なに? ちょっ、いったいなにをしようとしているのですか、それ……!」

「本当に申し訳ありませんでした。あの時の私はどうかしていた。ですから、もう一度だけ……初めからやり直す機会を……いただけませんか?」

「ちょ、止めてください! 土下座って、貴方ご自分の立場わかってます!?」

 ……王太子が土下座!?
 なにしてんのこの人っ……!

「フランツェスカ……」

 しかもまるで捨てられた子犬のように、見上げてくる顔があまりにも……おかしくて。
 
 それに私は……屈せざる負えませんでした。

「わかりました、もうわかりましたから……! 許しますから! 私も、大人げなく拗ねてごめんなさい! だから……もうそれっ、もう止めてください……!」

「許して、いただけるのですか?」 

「はい、許します! ですからとりあえず、床から立ち上がっていただけませんか? 身体に障りますし、誰かに見られでもしたら……」

「あ、それなんですが……身体に力が入らなくて、一人では立てそうにないんです。なのでフランツェスカ……手を貸していただけますか?」
 
「……ほんとにもう、仕方ありませんね」

 そう言って差し出した私の手を、フリードはそっと握りしめた。

 その温もりが心地よくて。
 失わずに済んでよかったと、心からそう思えた。

 ちょうどその時でした。
 ――勢いよく私達のいる部屋の扉が開かれたのです。

「え、なに」

「なんですか……」

 ――そしてそこにいたのは。
 シュヴァルツヴァルト国王とリーゼロッテ王妃殿下、そして……クソ親父でした。
 
「……ん? そこでなにをやっているんだ、お前達は」

「あらまあ、思っていたより、ずいぶんとお元気ですのね?」

「フランツェスカ。お前……病人にいったいなにをさせているんだ……?」

 部屋の扉を開けた親達は私達の姿を見るや否や、そう言って生暖かい視線を向けてきたのです。

「ちっ、ちが……違います! これは、えっと、その……!」

「ふふふっ、フリードったら。もうフランツェスカさんの尻に敷かれているのね? やっぱり血は争えませんわね、クラウスもよく私に土下座して謝りになるのよ? 可笑しいわよね」

 弁解しようとした瞬間。
 そう言って王妃殿下がくすくすと笑い始めた。

「リーゼロッテ! お前、余計なことをいうなっ……!」

 そんな王妃殿下に国王陛下は、恥ずかしそうに顔を赤らめて止めさせようとする。

「まあまぁ、いいじゃないかクラウス。私も昔はよくアダルハイダに小言を言われていたものだ、別に恥ずかしがることはない……」

 のんきに笑うクソ親父。
 でも『アダルハイダ』という名前に、心臓がどきりと跳ねた。
 クソ親父の口からお母様の名前が出るのなんて、いつぶりのことでしょうか。

「……それでお父様? ここにいったいなんのご用でしょうか?」

「この間お前に言っただろう? 事情を話すと。彼が起きたならこちらに来なさい」

 クソ親父はそう言って、私達を別室に来るよう促したのです。
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