死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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49 告げる過去と真実 前編

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 我が父モルゲンロート国王、ルドルフ・モルゲンロートは深いため息をついた。
 窓の外では雪がちらちらと舞い、部屋の中では暖炉の炎がはぜる音だけが響く。
 
 その瞳には、遠い過去の情景が浮かんでいるように見えなくもないですが。
 話すのをもったいぶっているようにしか見えないのは……なぜでしょうか。

「――これは私がまだ若かった頃、王位を継いだばかりの頃の話だ。フランツェスカ、お前も知っているだろう? モルゲンロートに未曽有の災厄が襲ったことを」

「ええ、存じ上げております。たしか私が生まれる少し前。長雨からの日照りで、地が裂け穀物は枯れて、地方では飢餓による死者で疫病が蔓延し民の命を数多く奪った……と」

「ああ、その報告を受けて私はすぐに議会を招集し支援をするように求めた。だが議会の連中は民の命より、自らの財産を守ることしか……考えていなかった。だから議会が出すことを許した国民への支援はごくわずかで、焼け石に水にもならんかった。だが諦めるわけにはいかない。私はかつて学び舎を共にした帝国の皇帝に助けを求めたんだ。するとある条件を提示され、それを呑む代わりに帝国は大規模な援助してくれたんだ」

「あの、お父様? それについては私が学んだ内容とかなり差異がございますが」

 範囲が広かった為、支援するまで時間はかかった。
 けれど、国から国民への支援は十分になされたと私は歴史の授業で学んでいる。

「当たり前だ。その事実は後になってから、議会上層部によって隠ぺいされたからな。自分達が不利になる証拠をあいつらは絶対に残さん。お前が真実を知らんのはあたりまえだ」

「隠ぺい? それに帝国に支援……?」

 私利私欲で国の根幹たる継承法を改定したモルゲンロートの議会なら、やっていても別におかしくはない。

「条件を呑むと皇帝はすぐに援助してくれた。だが、私に提示されたその条件は『皇帝の妹、皇女アダルハイダを正妃に迎え、その子を次代のモルゲンロート国王とする』というものだった。常識的に考えてそれはかなり破格の条件。あちらからしてみればモルゲンロートなど支援しても利がほとんどないに等しい。だが皇帝は私の状況をよくわかってくれていた、それに同腹の妹が友人の妻になるなら安心だとしてその条件を出してくれたんだ」
 
 そんな話は今まで一度も聞いたことがありません。
 亡くなったお母様がモルゲンロートに輿入れしたのは、両国の友好を結ぶためだったと聞かされています。

「……私、初めて知りました」

「けれど困った事に私はすでに婚約をしていた。相手はエーベルバッハ公爵家令嬢、カトリーナ。彼女とは幼い頃から共に育ち、とてもいい関係を築いていた。彼女が将来正妃となって私の隣に立つと思っていた。だが私は王として決断した。民を守る為にカトリーナには悪いが正妃ではなく側妃に甘んじてもらうことを。そしてその判断は……カトリーナにとって裏切りだった」

 クソ親父の声には後悔が滲んでいた。
 そして私はこの父でも後悔することがあるという事実に、少し衝撃を受けた。

「それは……でも、そうするしか民を救えなかった。その決断は王として褒められるべきことで、決して責められるようなことではないはずです」

 隣に座って話を一緒に聞いているフリードも、私の意見に同意しているようで黙って頷いています。
 王がまず考えなくてはいけないのは国の安定、自分の感情は二の次です。

「そう思うのはお前達が王族として、王位継承者として育ってきたから。ただの令嬢として何不自由なく育ったカトリーナには、私の決断は決して許されない裏切りだったんだよ」

「ですがお父様はその分、カトリーナ様を大事に……愛されておりましたでしょう?」

「愛……か。政略結婚の相手としてカトリーナとはいい関係を築いていたが、私達は愛し合ってなどおらんかった。互いが互いを利用する、そんな関係だった」
 
「えっ……」

 いつも二人仲良さそうに並んでいらっしゃるから、私はてっきり愛し合っておられるものとばかり思っていた。

「だがアダルハイダが来てからカトリーナの態度が急に変わった。まるで私を愛しているかのような……きっと私がアダルハイダのことを愛してしまったのがわかったのだろう」

「え、お母様のことを……お父様が!?」

 亡くなったお母様とクソ親父が仲良さそうにしていらっしゃる所なんて、私は一度も見たことがない。
 顔を合わせればいつも喧嘩していらっしゃったし。

「まあお前が驚くのも無理はない。私も最初はお前の母アダルハイダのことが苦手だった。あれは私に笑顔の一つ向けたりしないし、口を開けば辛辣なことばかり言ってきたからな。一度『私に気に入られようとは思わないのか? 愛想笑いの一つでもしたらどうだ』といったら、鼻で笑われたよ」

「お母様にそんなこと求めるなんて、無駄ですわ。小馬鹿にされましたでしょう?」

「ああ、その通り。しかも『そんなことしてなにになるのです? 貴方に嫌われようが、好かれようが、私が正妃となることに変わりはありませんわ。逆に嫌われている方が構われなくて楽ですし……そのまま嫌っておいていただけます? 私も貴方が嫌いですし』とか言うんだぞ、あの女は……酷いだろう」

「あら、お母様らしいお返事ですね。たぶん本気でそう思っていらしたのでしょう。嫌われておりましたのね、お父様」

 それは照れ隠しでも、意地を張ったのでもなんでもなく、間違いなくお母様の本音。
 お母様は裏表のない方でしたし、帝国の皇女としてお育ちになったせいか……かなり我が儘なでした。

「……そして驚いたことにアダルハイダは誰よりも強く聡明な女性だった。『愛は要りません、面倒ですから」と、結婚式の前日にアダルハイダは私に言ってくれたんだ。その言葉で私はなぜか救われたような気がした。アダルハイダは私の苦しみを理解してくれている、だからそう突き放すようなことばかり言ってくるのだと、ようやくわかったんだ」


 なぜそれで救われたような気になったのか私には、全く理解できません。
 ですが、お父様はその言葉が嬉しかったみたいです。

 ……娘なのでわかりますが。
 泥沼の三角関係とか面倒だから、私に惚れてくれるな……と、亡くなったお母様は思っていたに違いありません。
 そういう人だったのです、私のお母様は。

 だからそれは……お父様の事を考えての発言では絶対にないでしょう。
 でも、それを言うのは流石にお父様が可哀想なので言ったりはしませんが。

「それは……まあ、よかったですわね」

「ああ。そしてアダルハイダは、チェスを好んだ。普段私に会うのが面倒だと拒む彼女もチェスをしたいと言えば渋々だったが会ってくれた。これはその時のチェス盤だ。今もずっと手放せずにいる……」

 ……だからといって。
 どこにでも持ち運んでるのでしょうか、それ。
 実の父親ながら、少し気持ちが悪いですね。

「お母様は、チェスが大好きでしたからね。私もよく遊んでいただきました」

「だから夜が明けるまで盤を挟み語り合った。そして気づけば、私は彼女に恋をしていた」

 クソ親父は机の上に置かれた古びたチェスの駒を愛おしそうに撫でて、懐かしそうに微笑む。
 きっと、亡くなったお母様の事を思い出しているのでしょう。

 ……ですが、その行動はかなり気持ち悪いですね。
 きっと天国のお母様も呆れていることでしょう。

「お父様……」

「……だがそんな幸せは長く続かなかった。アダルハイダは重い病を抱えていた。私も最初からそれを知って結婚したが……まさかあんなに早く逝ってしまうとは思っていなかった」

「私が八歳の時、でしたね。お母様が亡くなられたのは」
 
 クソ親父は俯き、震える指先で目元を押さえた。
 薪がぱちりと音を立てて崩れ落ちる。

「アダルハイダがいなくなってからカトリーナは、あからさまにお前を攻撃するようになった」

「ヘルマがずっと、傍で守ってくれました」

「……そして私はお前を遠ざけ冷遇することでしか、彼女の憎悪からお前を守ることができなかった。フランツェスカ、誤解させたままですまなかった。だが私は常にお前を想っていた。愛していると口にはできなかったが、大切に思っていた」
 
 そして長い沈黙の後、クソ親父は呟く。

「フランツェスカ、私はまだお前に話さねばならぬことがある。そしてここからが一番重要なことなのだ」

 そう言ったクソ親父の顔は、いつになく真剣で。
 いつもの飄々とした態度はなく、まるで別人のようだった。
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