死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

文字の大きさ
50 / 68

50 告げる過去と真実 中編

しおりを挟む
50



「……それにまだ話さねばならぬことがある。ここからが一番重要なんだ」

「まだ、なにかあるのですか?」

 クソ親父はそう言って椅子から立ち上がり、暖炉の火をじっと見つめた。
 その炎の奥に、過ぎ去った過去を見ているようだった。

「アリーシアは……お前の妹ではない」

 その言葉に、部屋の空気が凍りついた。

「え? それはいったいどういう……」

「……私達の間に愛はない、あるのは利害関係。だからカトリーナに相談せずとも、特に問題ないだろうと私は考えた。だが……それは私の間違いだった。カトリーナは私の事を愛してくれていたんだ、ずっと……」

「あの、アリーシアが私の妹ではないとは……それはどういう意味でしょう?」

 私が問うと、クソ親父は苦しげに目を伏せる。
 嫌な予感しかしない。
 
「カトリーナを最初に裏切ったのは私だ。だから彼女が誰かにすがったとしても、私には責める資格などない」

「あの、お父様……?」

 自嘲したように、クソ親父は笑う。
 
 「悦に浸っていないで結論をさっさと話せ」と言わなかったのは、私のせめてもの優しさ。
 クソ親父には感謝して欲しいです。

「リヒター公爵がカトリーナの事を以前から慕っていたことは知っていた。だからリヒター公爵は傷付いたカトリーナの心の隙に入り込んで……彼女を慰めたんだ」

「それは、つまり……」

 絶望したように顔を覆うクソ親父。
 側妃に浮気されたことがよっぽど嫌だったのでしょう。
 
 ですが、その絶望した顔をみていると。
 ……溜飲が下がってくるのはなぜでしょうか。

「やがて、カトリーナに子ができた。彼女は、腹の子が私の子だと信じたかったのだろう。いや……本当にそう信じていたのかもしれぬ。だが生まれた赤子の顔を見た瞬間、カトリーナは完全に壊れてしまった。アリーシアは――リヒター公爵に、あまりにも似すぎていたから……」

「どうして、二人を罪に問わなかったのですか」

 アリーシアがリヒター公爵の娘?
 それはつまり……レナードとアリーシアが異母兄妹ということになります。

 でもあの二人は――。
 
「リヒター公爵家の力が強かったからだ、その真実を暴けばモルゲンロートそのものが揺らいでしまう。だから私は、沈黙を選んだのだ。それにこれは私が彼女を裏切ったからだ。これはその報いだと思ったんだ。どうせ国を継ぐのは第一王女であるフランツェスカ、お前だからな。だがその判断こそが、そもそもの間違いだった」

 クソ親父は拳を握りしめて、震えていた。

「間違いとは?」
 
「年月が経ち、いつのまにか国庫はほぼ空になっていた。そこを見計らったかのようにリヒター公爵が国に金を差し出してきた。そして彼は富をもって国を……王権を支配し始めたんだ」

 そう言って壁を叩いたクソ親父の拳は、怒りに震えていた。

「国庫が空!? そんな報告、私は受けておりませんが……」

「当然だ。、将来王位に就くといってもお前はまだ幼く……わずか十歳だった。まだ政治の中心には立たせられなかった」

「幼くても私は王位継承者として、教育を受けていました! そのくらいのこと……」

「教えられていたのは上辺だけだろう? 国の裏側――本当の金の流れまでは誰もお前に見せなかった。宰相も財務大臣も、リヒター公爵の息がかかっていたからな。そして私は……お前にはなにも知らぬままでいてほしかった。守りたかったから」

「守る? 私を?」

「お前は綺麗すぎるんだ。民のために動こうとするその思いが、彼らには恐ろしかった。もしお前が真実を知れば、必ず動く――そう確信した。だから私はお前が受け取る情報を操作し、真実を遮断した」

「それではまるで、私は……! 傀儡……ではありませんかっ!」

「……そうだ。だがお前を傀儡にしたのはこの私だ。お前を、生かすために」

「そんな……」

 私は唇を噛む。
 
 ……私は父に守られていた。
 けれどそれは、あまりにも残酷な守り方。

「そしてお前の王配に我が息子レナードをと、リヒター公爵が私に言ってきた。私はすぐに反対した。それだけは絶対に許してはならぬ、それを許せばお前まで傀儡としてリヒター公爵に利用されてしまう。それにこれ以上彼に力を握らせたらモルゲンロートがとんでもないことになる。だからあらゆる手を使って阻止しようとした。だが議会はもはや私の声を聞かなかった。彼らにとって私はもうそこにいるだけのお飾りにすぎなかったんだ」

 レナードが私の婚約者になったのは、社交界で彼は人気があるから。
 王家と貴族との関係を良好に保つのにちょうどいいからだとばかり思っていた。 

「私はなにも……」

 ……私はなにも知らなかった。
 なのになんでもわかっている気になっていた。  

 国を率いていける、そう思っていた。
 私は鳥籠の中の鳥、だったのに。
しおりを挟む
感想 348

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

冤罪で処刑された悪女ですが、死に戻ったらループ前の記憶を持つ王太子殿下が必死に機嫌を取ってきます。もう遅いですが?

六角
恋愛
公爵令嬢ヴィオレッタは、聖女を害したという無実の罪を着せられ、婚約者である王太子アレクサンダーによって断罪された。 「お前のような性悪女、愛したことなど一度もない!」 彼が吐き捨てた言葉と共に、ギロチンが落下し――ヴィオレッタの人生は終わったはずだった。 しかし、目を覚ますとそこは断罪される一年前。 処刑の記憶と痛みを持ったまま、時間が巻き戻っていたのだ。 (またあの苦しみを味わうの? 冗談じゃないわ。今度はさっさと婚約破棄して、王都から逃げ出そう) そう決意して登城したヴィオレッタだったが、事態は思わぬ方向へ。 なんと、再会したアレクサンダーがいきなり涙を流して抱きついてきたのだ。 「すまなかった! 俺が間違っていた、やり直させてくれ!」 どうやら彼も「ヴィオレッタを処刑した後、冤罪だったと知って絶望し、時間を巻き戻した記憶」を持っているらしい。 心を入れ替え、情熱的に愛を囁く王太子。しかし、ヴィオレッタの心は氷点下だった。 (何を必死になっているのかしら? 私の首を落としたその手で、よく触れられるわね) そんなある日、ヴィオレッタは王宮の隅で、周囲から「死神」と忌み嫌われる葬儀卿・シルヴィオ公爵と出会う。 王太子の眩しすぎる愛に疲弊していたヴィオレッタに、シルヴィオは静かに告げた。 「美しい。君の瞳は、まるで極上の遺体のようだ」 これは、かつての愛を取り戻そうと暴走する「太陽」のような王太子と、 傷ついた心を「静寂」で包み込む「夜」のような葬儀卿との間で揺れる……ことは全くなく、 全力で死神公爵との「平穏な余生(スローデス)」を目指す元悪女の、温度差MAXのラブストーリー。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

何か、勘違いしてません?

シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。 マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。 それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。 しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく… ※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

処理中です...