死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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50 告げる過去と真実 中編

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「……それにまだ話さねばならぬことがある。ここからが一番重要なんだ」

「まだ、なにかあるのですか?」

 クソ親父はそう言って椅子から立ち上がり、暖炉の火をじっと見つめた。
 その炎の奥に、過ぎ去った過去を見ているようだった。

「アリーシアは……お前の妹ではない」

 その言葉に、部屋の空気が凍りついた。

「え? それはいったいどういう……」

「……私達の間に愛はない、あるのは利害関係。だからカトリーナに相談せずとも、特に問題ないだろうと私は考えた。だが……それは私の間違いだった。カトリーナは私の事を愛してくれていたんだ、ずっと……」

「あの、アリーシアが私の妹ではないとは……それはどういう意味でしょう?」

 私が問うと、クソ親父は苦しげに目を伏せる。
 嫌な予感しかしない。
 
「カトリーナを最初に裏切ったのは私だ。だから彼女が誰かにすがったとしても、私には責める資格などない」

「あの、お父様……?」

 自嘲したように、クソ親父は笑う。
 
 「悦に浸っていないで結論をさっさと話せ」と言わなかったのは、私のせめてもの優しさ。
 クソ親父には感謝して欲しいです。

「リヒター公爵がカトリーナの事を以前から慕っていたことは知っていた。だからリヒター公爵は傷付いたカトリーナの心の隙に入り込んで……彼女を慰めたんだ」

「それは、つまり……」

 絶望したように顔を覆うクソ親父。
 側妃に浮気されたことがよっぽど嫌だったのでしょう。
 
 ですが、その絶望した顔をみていると。
 ……溜飲が下がってくるのはなぜでしょうか。

「やがて、カトリーナに子ができた。彼女は、腹の子が私の子だと信じたかったのだろう。いや……本当にそう信じていたのかもしれぬ。だが生まれた赤子の顔を見た瞬間、カトリーナは完全に壊れてしまった。アリーシアは――リヒター公爵に、あまりにも似すぎていたから……」

「どうして、二人を罪に問わなかったのですか」

 アリーシアがリヒター公爵の娘?
 それはつまり……レナードとアリーシアが異母兄妹ということになります。

 でもあの二人は――。
 
「リヒター公爵家の力が強かったからだ、その真実を暴けばモルゲンロートそのものが揺らいでしまう。だから私は、沈黙を選んだのだ。それにこれは私が彼女を裏切ったからだ。これはその報いだと思ったんだ。どうせ国を継ぐのは第一王女であるフランツェスカ、お前だからな。だがその判断こそが、そもそもの間違いだった」

 クソ親父は拳を握りしめて、震えていた。

「間違いとは?」
 
「年月が経ち、いつのまにか国庫はほぼ空になっていた。そこを見計らったかのようにリヒター公爵が国に金を差し出してきた。そして彼は富をもって国を……王権を支配し始めたんだ」

 そう言って壁を叩いたクソ親父の拳は、怒りに震えていた。

「国庫が空!? そんな報告、私は受けておりませんが……」

「当然だ。、将来王位に就くといってもお前はまだ幼く……わずか十歳だった。まだ政治の中心には立たせられなかった」

「幼くても私は王位継承者として、教育を受けていました! そのくらいのこと……」

「教えられていたのは上辺だけだろう? 国の裏側――本当の金の流れまでは誰もお前に見せなかった。宰相も財務大臣も、リヒター公爵の息がかかっていたからな。そして私は……お前にはなにも知らぬままでいてほしかった。守りたかったから」

「守る? 私を?」

「お前は綺麗すぎるんだ。民のために動こうとするその思いが、彼らには恐ろしかった。もしお前が真実を知れば、必ず動く――そう確信した。だから私はお前が受け取る情報を操作し、真実を遮断した」

「それではまるで、私は……! 傀儡……ではありませんかっ!」

「……そうだ。だがお前を傀儡にしたのはこの私だ。お前を、生かすために」

「そんな……」

 私は唇を噛む。
 
 ……私は父に守られていた。
 けれどそれは、あまりにも残酷な守り方。

「そしてお前の王配に我が息子レナードをと、リヒター公爵が私に言ってきた。私はすぐに反対した。それだけは絶対に許してはならぬ、それを許せばお前まで傀儡としてリヒター公爵に利用されてしまう。それにこれ以上彼に力を握らせたらモルゲンロートがとんでもないことになる。だからあらゆる手を使って阻止しようとした。だが議会はもはや私の声を聞かなかった。彼らにとって私はもうそこにいるだけのお飾りにすぎなかったんだ」

 レナードが私の婚約者になったのは、社交界で彼は人気があるから。
 王家と貴族との関係を良好に保つのにちょうどいいからだとばかり思っていた。 

「私はなにも……」

 ……私はなにも知らなかった。
 なのになんでもわかっている気になっていた。  

 国を率いていける、そう思っていた。
 私は鳥籠の中の鳥、だったのに。
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