死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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57 超えてはならない一線。

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56

 ――その日の午後。
 ささやかなお茶会を開いた。

 主催はもちろん、私フランツェスカ。

 麗らかな午後の日差しが差し込む王宮の一室。
 テーブルの上には、冬の花をあしらった白磁のティーセット。
 香ばしく焼かれた焼き菓子の甘い香りと、お茶の香りが優雅に漂う。

 場の雰囲気は我ながら完璧で、至って普通のお茶会に見えることでしょう。
 
 このお茶会に招待したのは。
 この国、シュヴァルツヴァルトの国王クラウスと、その妃リーゼロッテ。
 そして……我が父ルドルフの三人。
 
「お忙しい中、お越しいただきありがとうございます」

 笑顔を浮かべて席へ案内すると。
 皆様、予想通りご機嫌です。

「ご招待ありがとう、フランツェスカさん。とっても嬉しいわ」

「私まで呼んで貰えるとはな? 娘をもつというのはこんな感じなのか。ルドルフ」

「……いや、私も娘の茶会に呼ばれたのはこれが初めてだ。そういえばフランツェスカが茶会など開いているのを、私は一度もみたことがないな?」

 私の茶会に招かれたことが皆様大層嬉しいようで、笑顔を浮かべ口々に感謝を述べている。
 
 ……だけど。
 私が視線を向けると居心地が途端に悪くなるらしく、次第に目を合わせてくれなくなりました。

 白磁のポットから注がれる茶の香りが、ゆるやかに立ちのぼる。
 その華やかな甘い香りとは裏腹に、場の空気は次第に重くなっていく。

 国王夫妻は優雅な笑みを浮かべているけれど、やっぱりどこか居心地が悪いようで。
 互いに視線を交わしていらっしゃいます。
 
 そして我が父ルドルフも私の笑顔になにか違和感を覚えているようで、どこか落ち着きがありません。
 
「……さて。本日は、皆様にどうしてもお伺いしたいことがありまして。お招きいたしました」

 手に持ったカップをソーサーにそっと戻して。
 私は柔らかな笑顔を浮かべ、話し始める。

「まあ……なにかしら? なんでも言ってちょうだい。フランツェスカさんの頼みならなんでも答えてさしあげましてよ? だって私達、もう家族でしょう?」
 
「そうだな。なんでも言ってみると言い、遠慮はいらんぞ」

 シュヴァルツヴァルト国王夫妻は優しげな声で、私に続きを促します。
 そして父ルドルフは、少し戸惑いながらも私の様子を窺っております。

「急に改まってどうした。なにか、あったのか……?」

 そして父ルドルフはといえば。
 私のこういった態度は初めてなので、少し驚いているようでした。

「まぁ、嬉しい! ではお伺いしてもよろしいですか? 帝国とモルゲンロートの条約が違反された場合についての制裁内容」

「っ……なんだそれは?」

 父ルドルフの顔が一瞬、凍り付く。
 けれどすぐに元の軽薄な笑みに戻ります。
 
「……お父様は制裁についてもご存知だったのしょう? この間、帝国の援助についてお話になっていらっしゃいましたもの」

「さぁ、なんだったかな……?」

「……約定を破った場合、その制裁としてモルゲンロートは帝国の属国とされ、王族は全員処刑。貴族は例外なく全ての財産を没収、そして爵位を剥奪されて平民へと落とされる。というものですわ」

「……それを、誰に聞いた」
 
 私がそう問えば。
 父ルドルフの声が低くなり、顔からどこか投げやりで軽薄な笑みが消え去っていく。

 その様子に私はさらに笑みを深める。

 ……やはりこれが例の置き土産の正体。
 よくもまあこんなことを隠していたものです。 
 
「ある方からお手紙をいただきました。さて、お父様。その罰則があるとわかった上で私をこの国に嫁がせた……その真意をお聞かせ願えないでしょうか?」

「お前には関係のないことだ。お前はもうシュヴァルツヴァルトの王太子妃なんだから……」

「……関係ない? 笑わせないでいただけますか、このクソ親父」

「な……!?」

 ――その瞬間、場の空気が一瞬で張り詰めた。 

 そして私の暴言に父ルドルフはぎょっとして、言葉を詰まらせる。

 そんな私達親子の様子に。
 話を黙って聞いていた国王クラウスとリーゼロッテ王妃も思わず息を呑んでいらっしゃいます。 

「シュヴァルツヴァルトに嫁にこようが、モルゲンロートが私の大事な国である事になんら変わりはありません。なのに……なに勝手に属国に落とそうとしてやがりますの?」

「フランツェスカ……?」

「あまり私の事を怒らせないでいただけます? いくら実の父親でも……許しませんよ」

 ……絶対に許しません。
 超えてはならない一線を超えたのだから。
 
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