死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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59 ならば私が動く

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「その判断が、どれだけ多くの血を流したか理解しておられますか。王だからといって民を蔑ろにしていいはずがありません!」

 国王夫妻相手に正々堂々と、そう言い切ったフリード。

 その姿に、不謹慎かもしれないけれど胸が高鳴った。
 
 同じ立場にいる者で、この気持ちを理解し合える者などこれまで一人もいませんでした。
 民のために怒れる王族など、どこにもいないと諦めていたのに。

 隣に立つフリードは今、私と同じ憤りを胸に抱いてくれている。
 
 その事実がどれほど嬉しく、心強いことか。

「フリード、一緒に怒ってくれてありがとう」
 
 気づけば、感謝の言葉を口にしていた。

「いえ、そんな……」

 私の言葉に驚いたように振り返ったフリードは、戸惑いがちに微笑んだ。
 その微笑みに、胸が熱くなっていくのを感じる。
 
 ――そして気付いたのです。
 過去を嘆くだけでは、なにも変わらない。
 怒りに呑まれたままでは、誰も救えない。
 
 誰かが動かなければ、また同じ悲劇が繰り返されるだけ。

 ならば私が動くしかありません。
 私が変える。救ってみせる。
 モルゲンロートを、助けを求める国民を。

 迷いはもうどこにもない。
 
 まずは、現状を知ることから始めなければいけません。
 そして協力してくれる味方を探す。

 やることがいっぱいで目が回ってしまいそうですが、迷いが消えたおかげで気分は晴れやか。
 やる気がみなぎってきます――。
 
 
 ――それからすぐ。
 フリードが国王夫妻と長時間に及ぶお話し合いをしてくれて、今の現状について直ぐに知ることができました。
 
 けれど、ご両親との話し合いを終えたフリードはどこか複雑な表情。

「フリード、どうなさいました? あまりにご気分が優れないご様子ですが」

 そう尋ねると、フリードは苦笑しながらも答えてくれた。

「……両親ですが、同席した宰相にこっぴどく叱られていました。宰相も今回のことは知らされていなかったようで『国益を求めるのは王の務め。だが民を見捨てて得る利益になんの価値がある』と、両親は叱責されていました」

「まぁ……アーレンス公爵が?」

 宰相、アーレンス公爵といえば。
 私をフリードの当て馬として、最大限有効活用しようとしていた方。
 
 なにを考えているかわからない雰囲気がクソ親父そっくりで、苦手でしたが。
 雰囲気が似ていただけで、中身は天と地ほど違ったらしいです。
 ……もちろん、我が父が地の方です。
  
 そんな宰相にも真実を告げず、国王夫妻は独断で動かれていたと。
 まあ……言えませんよね、民の命を犠牲にして国益を得ようとしていたなんて。

「そして宰相は、私に王位を譲るようにと言っておられましたよ『王位は王たる資格があるものに譲れ、貴方にはもうその資格がない』と父上におっしゃっておられて」

「フリードに王位を……? あのアーレンス公爵が……」

 以前アーレンス公爵にお会いした時はフリードに王位はまだ早いと言っておられましたが、考えが変わったみたいです。

 確かにフリードは初めて会った時よりも、凛々しくなったように見えます。

 ……私、立派な当て馬になっていたらしいです。

「父がなにも言い返せず引き下がるのを、私は初めて見ました。そして宰相に叱責された父上は、そのまま奥にとぼとぼと下がっていきましたよ。そうなるのも当然の話ですね」 

「フリード。私達はアーレンス公爵に感謝を伝えなくてはなりませんね」

 誰かの思い通りの行動をしていたという事実が、少々癪に障りますがここは抑えましょう。
 アーレンス公爵でなければ、国王夫妻をそこまで追い詰めることができなかったのですから。
 
「……はい。ただ私も耳が痛いことばかり言われるので、彼は苦手ですけど。今日も隣で聞いていて、自分が叱られているような気分になりましたから」

 そう言って、フリードは少し照れくさそうに笑いました。
   
 そして肝心の協力者なのですが。
 どこかで話を聞きつけたらしいヴァイス公爵とクラウディーヌ公爵令嬢が、突然王宮まで押し掛けてきて。

「今こそ娘の恩を返す時。なんなりとお申し付けください、王太子妃殿下」

「フランツェスカお姉様を、お傍でお支えするために参上いたしました! 是非ご一緒させてくださいませ」 

 ――と、見事なまでの勢いで。
 協力すると名乗りを上げてくれました。
  
 モルゲンロートに向かう際は護衛の騎士だけではなく、国軍までお供してくれるとのこと。
 
 ……ありがたい申し出なのですが。
 それをすると確実に侵略と間違われるので。

「それはたぶん、侵略と間違われてしまいますから……国軍はちょっと……お気持ちはたいへん嬉しいのですが……」
 
 そう言って必死で止めましたが、満面の笑みに押し切られてしまい。
 ……断ることができませんでした。
 
 そしてクソ親父と一緒に行動していた第三騎士団まで「姫様を守るのが我らの使命」と言って名乗りを上げてくれました。
 
 ……これは一応ですが。
「お父様のことはいいの?」
 と、彼らに尋ねると。

「姫様のもとに来るのに丁度よかったから従っていただけで、これ以上付き合う義理はございません」 
 ――とのことで。

 元国王なのに部下に嫌われ過ぎていて、笑いがこみあげてきます。
 うちの父親、どれだけ人望がないのでしょう。
 
 ――同時に。
 即位後、議会が協力してくれなかったのは、クソ親父が皆に嫌われていたからなのではないかと。
 ……ふと、思い付いたのですが。
 
 それを口に出すのは流石に憚られるような気がしたので、そっと胸の内に留めておくことにいたしました。

 私には追い討ちをかけてとどめを刺すような、そんな趣味はありませんので。
 
 ――ただし、騎士達から直接。 
「貴方に従っていたのは姫様の元へ来るためでしたので、もう貴方に従う義理はございません」
 ……と言われて。

 衝撃を受けるクソ親父に心の中で『ざまぁみろクソ親父』と、言ってしまったのは秘密です。
 
 
「フランツェスカ。ひとつだけお聞きしてもいいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

「これからモルゲンロートに向かうわけですが。……全部終わったらシュヴァルツヴァルトに、戻ってきてくれますよね?」

「そんなの、当たり前じゃないですか。私は……貴女の妻ですよ?」

「っ……フランツェスカ!」

「……ただし、お飾りですけど?」

 一応新婚ではあるのだけれど、私達はどこまでも清らかな関係。
 いわゆる、白い結婚。

「……フランツェスカ? 全部終わったら覚悟しておいてくださいね、本当の妻にしてさしあげますから」

「あら、それは大変! ではそれまでに私はフリードに恋をしなければいけないということですね? でないと約束を破ることになってしまいますから」

 それはあの日の約束。
 私がフリードのことを好きになるまで、指一本触れないという。

「え、してないんですか!?」

「してるんですか? 自分ではよくわかりません」

 そんなことを言いながらも。
 ――フリードの言葉に胸がドキドキと早鐘を打ったのを、私は気付かないふりをした。
 
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