優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由

棚丘えりん

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3章 都大会(1年目)

55話 中村綾乃の駆ける理由・立ち上がる敗北者

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 ずーん。
 陽子、歌、綾乃は、そんな効果音を醸し出しながら、スタンドでぼんやりとトラックを眺めていた。
 昼食にはあまり手がつけられていない。
 
 午前にあった、400mと1500mの予選で敗退した3人だ。
 それぞれ全力を発揮できたし、何か大きな失敗をしたというわけではない。
 ただ、ただ力が及ばなかったのだ。
 
「分かってはいたけど、やっぱり……都大会から急にレベル上がるなぁ」
「60秒台じゃ全く相手にならなかったですね……」
「私も、4分50秒台じゃ、今の力じゃ”勝負”できないって、よく思い知らされた」

 各校3人までの出場枠を獲得できれば出られる地区予選とは違い、都大会は各地区を勝ち抜いてきた選手のみが出場できる。
 上位と下位の実力差が大きいため、地区予選ではある種の”ラッキー組”が発生することもある。
 しかし都大会では実力で足切りされているため、そういったことは稀だ。
 当然のことではあるが、予選から”勝ってきた”選手達と戦わなくてはならない。
 都大会の予選とは”地元で鳴らした俊足”達が、最も多く現実を知るラウンドでもある。
 中学時代の陽子もまた、このラウンドで消える選手の一人だった。
 中学1年、2年と都大会までは進んだが、予選で健闘はするもギリギリ準決勝に進めない、そんな結果で敗退している。
 そして中学3年で瑠那に負けず本来の実力を発揮できていたとしても、やはりここで敗退していただろう。

 400mは2人とも60秒台をマークし、歌がセカンドベストを、陽子がベストを更新した。
 しかしながら3着まではいずれも59秒台までで占められており、タイムで拾われたのも60秒0台までだった。
 1500mも綾乃が4分57秒で自己ベストを更新するが、あと10秒……4分47秒クラスでなければ準決勝には進めない。
 
「せめて60秒切り……ベストタイムで59秒台の力がなければ、次のラウンドに進むチャンスすらないですね」
「そうだね。でも……うちの組の先頭は57秒台だったんだけど、凄く遠く感じた……仮に59秒を出せたとして、やっぱり”勝負”にはならないと思う。そしてマイルで戦わないといけないのは、そういった速い選手達だから……」
「遠いね。道のりが。まだまだすごく、遠い」

 綾乃は一言一言、噛み締めるように言葉を吐いた。
 
 3人は、マイルリレーのリザーバーを務めることになっている。
 コンディションによるが、安定して60秒台のラップを刻める実力も持っている。
 しかし、ベストメンバーは遥か先だ。
 瑠那と麻矢は58秒台、美咲は57秒台で走る。
 エースの蒼に至っては、過去に53秒台を出したこともある。

 練習中は、自分の方が遅いという自覚はあっても、そこまでの差を感じさせられているわけではない。
 蒼はハードな練習をセーブしているし、瑠那は体力不足でむしろ終盤は遅くなる。
 麻矢や美咲は練習を引っ張る存在だが、体力のある陽子達3人は、それに食らいついていける実力も、根性も持っている。
 だからこそ、どこか、自分も同じレベルにいると錯覚していた。
 同じと言わずとも、仲間として遜色のないステージで走れていると思っていたのだ。
 
 大会は、個人種目は、そうした幻想を冷酷に打ち砕く。
 練習と本番は違う。
 練習の1秒と本番の1秒は違う。
 練習の敗北と本番の敗北は違う。
 負ければ、”次”を走る権利すら与えられない。
 
「四継も400mも……自分は予選で戦えるって思っていました。むしろ、戦えなきゃいけない。瑠那が、先輩達が決勝を戦うのに、自分が予選すら戦えないなんてあり得ないって。でも、現実は甘くないですね」

 陽子は、結果を出せない自分に不甲斐なさを感じた。
 先ほど行われた100mの予選では、麻矢と瑠那が1着で準決勝進出を決めている。
 調子を確認するかのような軽い走りながら、危なげなく。
 自分とは大違いだ。

「そうだね……甘くないよ。けど、それでも、バトンを任された以上は、走り続けなきゃいけない」

 歌は責任感が強い。
 しかし、その責任を満足に背負うには、実力がまだ足りていない。
 走る度に負け、負ける度に自分を追い込み、奮い立てる。
 中学時代から続くループ。
 それでも負けたレースの直後は落ち込んでしまう。
 走り続けなきゃいけない、そう言いながらも、立ち上がるには時間がかかる。
 
「ごめんね、雑魚な先輩2人で。本当は3年の先輩達みたいにカッコ良く勝ってきたいんだけど……。でも陸上って、そういう競技だから。自分の弱さを、不甲斐なさを、客観的な数字で示され続ける……ほんと、クソみたいな仕様」

 綾乃はそう言うと立ち上がり、歌と陽子に手を差し出す。

「だからこそ、私達は立ち上がり続けなきゃ。心の弱さが数字になる前に。明日の自分に、今日の自分が言い訳をしないで済むように」

 よいしょっと手を引き、2人を立たせる。

「さぁ2人とも、立って! サブトラ行くよ! 今日の最終種目、四継走るんでしょ! 入念にアップしとかなきゃ!」
 
 都大会の前半戦、綾乃の出番はもう無い。
 800mとマイルを後半戦に残すが、それは来週の話だ。
 今週はいつまでも座り込んで、いじけることができてしまう。
 しかし、だからこそ、自分は座ってはいられない。
 弱い自分のまま今日を終えないために、綾乃は立ち上がる。
 負けた仲間を取り残さないために、綾乃は手を引いて歩く。
 
 この残酷な世界では、心が折れれば全てが終わる。
 しかし、心が折れない限り、立ち上がり続ける限り、明日の自分はさらに速く、強くなれる。
 だからと言って、勝てるかは分からない。
 自分が強くなると同時に、ライバル達も成長しているのだ。
 だから、結果は誰にも分からない。
 努力が報われるなんて、誰も保証してくれない。
 それでも、綾乃は立ち上がり続ける。
 それでも、綾乃は仲間の手を引き続ける。
 誰一人、本当の敗北者にしてしまわないように。
 それが、誰よりも優しく前向きな、平凡な少女のエゴ願いだから。
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