充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第六章 生徒編

第二十五話 妹よ、俺は今震えています。

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 コタローは主のもとへ急ぐ。ミルの慌てようからただ事でないのは容易にわかった。

 目に飛び込んできたのは、主が貴族らしき男の胸ぐらを掴む姿。普段温厚な主からただならぬ怒気がにじみ出ている。

 トキオの護衛を女神様より賜ったコタロー。だが、今はもう関係ない。トキオに心底惚れ込んでいる。聖獣として生を受けたコタローにとって、トキオこそ唯一無二の主。神を除き、生涯トキオ以外の人物に仕える気はない。

 主を不快にさせる者など万死に値する。心優しき主は無駄な殺生を好まないため今迄は見逃してきたが、コタローは常にそう思っていた。だからこそ、主のもとにたどり着いた自分が取った行動、放った言葉に自分自身で驚く。

『なりません、トキオ様!』

 すでに聖獣である自分をも超えたステータス。全力を出せぬ燕の姿では敵う筈もない。それでもコタローは主を止めるため必死で腕にしがみつく。

『トキオ様!トキオ様!』

 必死で念話を飛ばす。声を届けようと羽をバタつかせ、必死で自分をアピールする。それでも主は手を放そうとしない。

『トキオ様!トキオ様!』

 諦めない。諦める訳にはいかない。主の夢を前進させるため、充実した人生を送っていただくため、あとでどれだけの罰を受けようとも絶対にこの男を殺させてはならない。

『トキオ様!トキオ様!』

 もう少し。もう少しで、心同じくした同胞が駆けつける。人型を取る同胞なら止められる。声が届く。それまで、なんとしてもこれ以上の攻撃をさせてはならない。


 ♢ ♢ ♢


 目に飛び込んできたのは、怒気を込めて貴族らしき男の胸ぐらを掴む師匠と、それを必死で食い止めようとするコタロー様。慌てて講堂に飛び込んできたミルの様子からも、サンセラは大方の状況が飲み込めた。

 師匠の正面に回り込み、胸ぐらを掴んでいる手を握る。

「師匠、落ち着いてください!」

 第一声でそんなことしか言えぬ自分。だが、落ち込んでいる暇はない。貴族を殺してしまえば師匠の夢は遠のく。教師を続けられないかもしれない。師匠に充実した人生を送っていただけるのなら、自分は殺されてもかまわない。

「師匠!師匠はこんなことの為に力を得た訳ではない筈です!」

 胸ぐらを掴んだ手は緩まない。それでも声を掛け続ける。師匠を止められるのは自分達しか居ない。

「師匠!ミルは無事です!講堂で子供達が待っています!」

 力は緩まない。緩むどころか、さらに力が加わった。この男がミルに何らかの危害を加えようとしたのだ。そうでなければ、あの温厚な師匠がこうまで怒りを露わにする筈がない。

「師匠!チセセラ様とカミリッカ様が見ておられますよ!」

「・・・知世」

 ようやく力が緩む。コタロー様と同時に力を込めて、師匠の手を男から剥ぎ取る。

「サンセラ・・・コタロー・・・」

 放心状態で自分達の名を呟く師匠。こんな師匠は見たことが無い・・・




「よ、よくやった!お前を家臣にしてやる!そのままその男をひっ捕らえよ!」

「黙れ!口を開くな!これ以上言葉を発するのなら、その首引きちぎるぞ!」

「なっ!」

 サンセラは必死に耐えた。背中越しに戯言をほざいた貴族らしき男への怒りを必死に堪えた。師匠を止めた以上、自分が手を出すわけにはいかない。

「き、きき、貴様・・私は伯爵だぞ!」

「だから何だ、このクズが!」

「なっ、なんだ、その態度は!貴様、その男のことを師匠と呼んでおったな。そうか、まったく、師匠が師匠なら弟子も弟子だ」

「許せん!」

『お、落ち着け、サンセラ殿!』

 トキオの腕から離れ、サンセラの背中にしがみつくコタロー。そこへ駆けつけた、マーカス、オスカー、ガイアソーサの三人も一緒になってサンセラを必死で止める。そんな中、ブラックモン伯爵へ一直線に向かう男が。

「ジャズ!貴様、許さんぞ!」

「げっ、オリバー!ぶへっ」

 問答無用でブラックモン伯爵に殴り掛かるオリバー男爵。

「痛っ、や、やめろ・・オリバー・・痛っ、殴るな」

「黙れ!貴様だけは許さん!」

 一方的に殴られ続けるブラックモン伯爵。助けを求めようと必死で周りに目を向けると、見知った顔が一人。

「ア、 アマヤ、オリバーを止めてくれ!」

「黙りなさい、この大馬鹿者が!オリバー、私にもやらせなさい!」

 およそ教育者とは思えない発言にブラックモン伯爵は唖然とする。一方的に殴られ続ける中、防御しながら誰でもいいからオリバー男爵を引きはがしてくれる人物を探す。殴られ続けること数分、ようやくそれができる人物を発見すると、縋るように名前を叫んだ。

「ブ、ブロイ公爵!・・オリバーを・・弟を止めてくれ!」

 恐ろしいほど冷たい視線をブラックモン伯爵に浴びせるブロイ公爵。声を発することなく顎だけで指示を出すと、隣にいたクルトが止めに入る。

「叔父上、もうその辺りで・・」

「止めるな、クルト!この男だけは・・」

「気持ちは皆同じです。ですが、門の外とはいえ、ここは教会です」

「ハァ、ハァ・・・くそっ!」

 クルトの言葉に、オリバー男爵の拳はようやく止まる。その隙に立ち上がるブラックモン伯爵。すぐさまブロイ公爵に抗議する。

「ブロイ公爵、この責任をどう取られる!ことと次第によっては出るところに出て、然るべき措置を取らせてもらうぞ!」

 爵位が上とはいえ、今回は自分が被害者。ブラックモン伯爵はここぞとばかり強気に出た。

「黙れ、痴れ者が!貴様こそ、自分が何をしたかわかっているのだろうな!」

 ブロイ公爵の迫力に一瞬たじろぐブラックモン伯爵。確かに組合を通さず冒険者を引き抜こうとしたのは自分に非があるが、ここまでの仕打ちを受ける程のことではない。ブラックモン伯爵はどうしてオリバーやブロイ公爵にこれ程の怒りを向けられているのかわかっていなかった。

「冒険者組合を通さなかったからといって、ここまでされるいわれはない。断固抗議する。そちらの出方いかんでは王家に申し出ても構わんのだぞ」

「そんなことは大した問題ではない!」

「だったら、何をそんなに怒っておるのだ!?」

「つくづく救えん男だな。貴様は我が領土の宝である子供を足蹴にしようとしただろうが!その罪、許さんぞ!」

「はっ、何かと思えば、そんなことに腹を立てていたのか。私は伯爵だ。オクラド領主だ。孤児を蹴飛ばしたところで何の問題もない」

「正気か、貴様。ブルジエ王国に、貴族だからといって何の罪も犯していない、ましてや子供を害してよいなどという法は無い」

「罪なら犯しておる、不敬罪だ。あのガキは私に生意気な態度を取った」

 ブロイ公爵だけでなく、ここに居る貴族は皆あきれて言葉が出なかった。確かに貴族意識が高く身分を重んじる者は居る。だからといって何をしてもいい訳ではない。読み書きや計算だけでなく貴族としての正しい在り方も学ぶため、特例を除き貴族には王都の学校へ通うことが義務付けられているのだ。この男は自分に都合のいいことしか聞く耳を持っていない。

「もうよい、話にならん。貴様は生涯トロンへの立ち入りを禁ずる。即刻、立ち去れ!」

「いくら公爵家とはいえ横暴が過ぎるぞ。話にならんのはこちらだ」

「領主として、トロンを害する者を領内に入れることはできん」

「ふざけるな!こちらとしては今回の件、王家に訴え出てもかまわんのだぞ!」

「好きにしろ。ただし忘れるなよ、ジャズ ブラックモン。我がブロイ公爵家にとって、貴様は明確な敵だ!」

 両者は完全に落としどころを失う。もとより、ブロイ公爵に引く気はない。利は自分にあると高を括っていたブラックモン伯爵の誤算はそこにあった。経済面でも軍事面でも劣るブラックモン伯爵家が単独でブロイ公爵家と事を構えても勝ち目はない。脅し文句だった王家への訴え、最早ブラックモン伯爵にはその道しか残されていない。

「あとになって吠え面をかくなよ」

 こうなれば一刻も早く王都へ向かい、王家に訴え出るのが得策だ。ブロイ公爵家に先行を許せば、有ること無いこと何を言われるかわかったものではない。

「行くぞ!こんな僻地は、こちらから願い下げだ」

 精一杯の捨て台詞を残してこの場を後にするブラックモン伯爵。腰を抜かしていた護衛達もそれに続く。

 この期に及んで、ブラックモン伯爵は事態を正確に把握していない。ブロイ公爵の覚悟を見誤っている。今現在、ブラックモン伯爵が考えているのは、折角良い商談がまとまり、沢山の素材を入手することができたのに、売りさばく前に余計な仕事が増えてしまったということ。経済力や軍事力だけがすべてではない、貴族には貴族のやり方がある。こうなれば少しでも良い条件を勝ち取り、ブロイ公爵家から和解金をたんまり頂いてやろうと本気で考えている。和解などありえないというのに。

ここからは時間との勝負だと考えているブラックモン伯爵は、二時間後にはトロンの街を立った。



 ♢ ♢ ♢


 ブラックモン伯爵が教会を去った後、トキオはようやく我に返る。オリバー男爵が大暴れしたことも、ブロイ公爵とブラックモン伯爵が舌戦を繰り広げていたことも、トキオは認識していない。それ程までに我を失っていた。

「サンセラ・・・俺は・・・」

「心配には及びません。師匠は怒りが頂点に達した状態でも、しっかりと自制されていました。師匠がその気になれば、あの男は一瞬で命を刈り取られています」

 問題はそこではない。

 自分自身で「不動心」を解除した。怒りを解き放った。俺が決断した。

 コタローやサンセラが止めに来てくれなければ、いつまで自制できていたかなんてわからない。自らがそう望んだ。

 誰でもない。俺自身が、怒りに任せて自分を解き放ってしまった。

 俺が持つ加護とスキル、圧倒的な基本ステータス。それを知りながら、怒りの感情を優先させた。

 化物を野に放った。

 こんな奴に教師をする資格があるのか?

 子供達に先生と呼ばれる資格があるのか?

 わからない・・・自分が、わからない・・・



 震える両手を暖かい慈悲が包む。

「・・・マザーループ」

 優しい眼差し。きっと彼女は、あの男に怒りをぶつける姿を見ていたとしても同じ眼差しを向けてくれるだろう。だからこそ危険だ。目の前の男は、化物になりえる。

「・・・反省室を使わせてください」

「トキオさん・・・」

 俺には、もう一度自分が何者なのかを見つめ直す必要がある。

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