難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

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2章

41-1

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「いやぁ、助かりました。正直どうしたら良いのかもう、分からなくて……」

 「お待たせしましたー」とフルーツティーを提供してくれた店員に軽く会釈をし、目の前でアイスコーヒーを飲む人物に改めて頭を下げる。

「襲ってくれと言わんばかりにフラフラしてる観光客がいると思えば……まさか貴方だとは」

 カランッと氷をストローで掻き回した彼は、やや呆れ声でそう告げた。


――

「どうしたんです、道に迷ったんですか?」
 肩を掴みそう声を掛ける人物の方を、おそるおそる振り向く。
「あ、あれ……昨日の……」
「貴方は昨日のヒーラー……」
 俺の顔を見た彼は、眼鏡の奥の瞳を大きく開く。
 太陽の光を吸収してキラキラ輝く金髪の男は、昨日俺が助け……そして助けられたクラークだった。
「何をやってるんです、こんな所スラム街の入口で」
「あー、いや、その……迷子?」
「はい? ……保護者のイーサンさんはどこですか」
 その名前に一瞬「はて」と頭の中に疑問符が飛んだが、保護者と言われればもう、1人しかおるまい。
 引き続き俺は、眉を下げ苦笑する。
「保護……残念ながら今日は不在です」
「はぁ……」
 一瞬訝しげな顔をした彼だが、眉を下げて笑う俺の顔を見て全てを理解したのだろう。「こっちです」と自然に俺の腕を掴み、ツカツカと歩き始めてしまった。


――

「すみません、その……商店街メインストリートまで連れて来て貰っただけじゃなくて、お洒落なカフェでご馳走まで……」

 「それなりに歩いて疲れたでしょう、ひと休憩しませんか」と、無事観光客で賑わうエリアへと戻ってすぐに、クラークは俺にそう提案した。
 そこそこ重い酒瓶の袋を抱えていた俺はそれを喜んで受け入れる。……何故って、割と体力が限界に近かったから。

 半分程飲んだ、果実がゴロゴロと入った甘い香りの紅茶は決して安くは無いだろう。しかもここは富裕層エリア。
 「自分で買うしまぁいいか、今は甘いものが欲しい」とカウンターで注文を済ませるといつの間にかクラークが一緒に支払いを終えていたのだ。

「いづれ昨日のお礼を……とは思っていました、丁度良い機会です」
 それまで真顔だった彼がその時フワッと微笑み、それまで口内で遊んでいた果実がグッと喉奥に滑り込んだ。
「っ……けほっ、ごほ」
「何をやってるんです、大丈夫ですか? 子供じゃないんですから全く」
 咳き込む俺に、クラークが「ふっ」と軽く息を吹き出している。
 あれ……堅物そうな人だと思ってたけど、優しい笑顔するんだな

 ――その感覚は、イーサンの笑顔を初めて見た時と酷似していた。


「そういえば今更ながら、クラークさんはこの国の方なんですか?」
「いえ、住まいは別に。ここへはあくまで仕事で来ています」
「へぇ……こんな場所に」
「ご存知の通り、この国は人の欲望に溢れている……そういう場所では大きな金が動き易い、商売には持ってこいの場所なんです」
 この国のあらゆるところ……スラム街の内情にまで詳しい彼を、俺はてっきり現地の人間だと思っていたので少し驚き目を開いた。
「へ、へぇ。そういうもんなんですね……確か宝石を売ってるんでしたっけ」
「よく憶えていましたね。……あぁ、そうだ。丁度いい」
 そう言ってたクラークは、腰に付けていた小さな革カバンを片手でゴソゴソと探り、中から取り出した赤い箱をコトっとテーブルの上に置いた。

 片手で目の前に押し出され「なんだろう」と開けてみると、そこにはルビーに似た赤い宝石の付いたネックレスが存在していた。
 思わず箱を手に取り中身をじっと見つめる。大粒の宝石がひとつに金のチェーンが付いているだけのシンプルな物だが、間違いなく高価なものだろう。宝石の輝きが俺にそう囁いてる。

「なんでしょう、このネックレスは」

 これを見せてどうしようというのか、「彼女にいかがですか」なんて売り付けられでもするのだろうか……残念ながらガタイの良い彼氏しか俺には居ないんだが。
 こんな華奢なネックレス、あの逞しい首へ付けた瞬間に弾け飛びそうなものである。

「昨日の礼です。女性物ですが貴方にはお似合いでしょう」
 
 まさかの俺宛てだった。

 いやまぁ確かに……線は細いよ、色白だよ? にしたってよ。
「えーっと、それはどういう意味で……?」
 何となく彼の言わんとせんことを察して、俺の笑いぼくろが何度か引き攣る。
「言葉の意味そのままです」
 いやその、真っ直ぐな瞳で言われると反応に困るんだが。
「えっ……え?」
「あぁ、それとも現金の方が宜しいですか?」
 俺の困惑が「現物給付は嫌だ」と捉えたのか、再びクラークがカバンをゴソゴソと探り始めたので、慌てて両手を振り否定する。
「いやいやいやそうじゃなくて、こんな立派なもの受け取れませんって!! そもそも別にお金が欲しくてやった事ではありませんし……」
 手にしていた赤い箱を、ズズっと彼の前に押し戻すと、彼は「理解できない」という風に首を傾げる。
「珍しい事を言うんですね。まぁでも、受け取ってもらえますか。この国でヒーラーから治癒を施してもらうのはこれくらいの価値があります。ましてや自分は庶民の出、そんな人間が治癒魔法を受けるなど奇跡に近い事なのですから」
「そんな……」
 確かに希少価値が高いという事は分かっていたけど……奇跡、だなんてそれ程までなのか。
 だからイーサンは浜辺でクラークを助けようとした時、嫌な顔をしたのかな……俺の身を案じて。
 あの時の彼の、曇らせた顔を思い出しキュッと心が締め付けられ、つい下唇を噛んでしまう。

「世界全体で、癒し手ヒーラーは枯渇しています。この国だって例外ではない。金が全てのこの街では、治癒を受けることが出来る人間は富裕層のみ。下層の人間は……全てを諦め、耐えるしかないのです」

 そう言ってテラスの方に目を向けるクラークの顔は、どこか寂しげにも見えた。

「そん、な……」

 テーブルの上に置いた両手を、キュッと握る。
 地域が異なれば、確かにそれぞれの価値観が生まれるだろう。
 それでも、苦しむ人を助けられない……そんな癒し手って…

「……そんな顔しないでください。別に貴方を困らせたくてこんな話をした訳ではありません」

 固く結ばれた手が、それよりひと回り大きな手に包まれる。
「……っっ!? クラークさん……?」
「なんでしょうか」
 想像すらしていなかった彼の行為に、思わず目を見開く。
 アタフタした様子の俺をクラークは暫くの間、何も言わず不思議そうに眺めていた。
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