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1章
26-1
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「とりあえずこれで明日から、診療所は再開出来るな」
翌日早朝から、俺は新しい診療室に顔を出していた。
俺が覚醒したせいで魔法の使い方を忘れてしまい、暫く診療所を閉めていたあの時。再開してすぐ訪れた皆が「本当に再開してくれて良かった」と、口々に言っていたのを思い出し、なるべく早い再開をと考えていた。
「患者さんの症状書いたノートは火事で燃えちゃったから新しく作るとして……受付周りはシャーロットさんがやってくれたし、残るは俺の使う診療室か」
本当にここは、元あった診療室と瓜二つになっていた。
受付カウンターをひと通り確認し、診察室に入った俺は奥の滅菌棚へと向かう。
「ベッドも机もイスもあるし……まぁ、さすがに処置器具は無いけれど」
引き戸になっているそれを開くが、中には何も入って居ない。
「あれば、いざと言う時の安心感はあるけど、もう殆ど魔法で治療しているし。うーん、でも重症の時はあると便利なんだよなぁ」
とは言え、消し炭になってしまった器具たちが戻っては来ない。幾ら求めたとて、現代日本で使用していた医療器具が幻想夜想曲の何処に有ろうか。
「パタン」と棚の扉を閉じ、少し肩を落としながら机の方に足を向けた。
「イーサン、新しい魔導書用意してくれたんだ」
ブックスタンドには分厚い魔導書が3冊程立て掛けてある。「燃えてしまったし、使い慣れてたけれど新しいもの買わなきゃな」なんて思考を読まれたのか、それまで使って居たものと同じものが用意されている。
彼の気遣いに頬を緩ませていると、背後から「カタンッ」と物音がした。
「……? ……え……?」
音がしたのは、明らかに滅菌棚の方だった。
……確かに自分は先程、元あった医療器具を求めはした。
「いやまさか……だからって、都合よくあるとかそんな……」
二の足を踏んだが、確認しない訳にもいかない。
ドクンドクンと鼓膜が心音に包まれ、気付けば口の中がカラカラに乾いている。
恐る恐る扉に手を掛ける。先程は何も無かった、間違いない。
意を決して、両手で観音開きのそれをバッと開ける。
「……なんで、あるんだよ」
落胆の声が漏れた。
どうして……どうしてここでも起こる。これはもう『怪現象』と言っても過言ではない。
ものの数分前まで伽藍としていた棚の中に、今は銀色の器具が所狭しと並んでいる。
震える手で持針器に手を伸ばす。手に馴染む重さの、紛れもない……日本の医療現場でよくお目にかかるそれに間違いがない。
「今度イーサンに、相談してみるか」
心の底から気味が悪いが、あって困るものではない。そんな複雑な思いを抱えたまま、一先ず手にした器具を戻し扉をパタンと閉めた。
>>>
「お疲れ様、アオ。準備は整ったか?」
会議室の後片付けを済ませ執務室に戻ると、ソファに腰掛けたイーサンが顔だけこちらに向けて訊ねてきた。
「うん、バッチリ。直ぐにでも再開出来そうだよ」
流れるように隣に腰掛けた俺は、そのままイーサンの身体に擦り寄る。すると彼も自然な流れで俺の肩に腕を回したので、もっと密着をしたくて彼の身体に腕を回した。
「そうだ、キーファがクッキーを用意している。食べるか?」
「わっ、かわいい! いただこうかな」
皿に並べられたクッキーはハート型になっており、真ん中に真っ赤なジャムが乗っている。そんな見るだけで可愛らしいクッキーを口に含むと、程よい甘さが体全体に広がり、凝り固まった身体が解れていくかの様だった。
「美味しい。……イーサンも食べなよ、甘過ぎないから好きだと思うよ?」
恐らくまだ手を付けてないなであろう彼の口元に、皿から取った1つのクッキーを運ぶ。
「……またそれか」
頬を染めた彼が、眉を寄せながら俺の事を睨んでいるが、いつぞやのカフェで味をしめた俺には全く効果がない。
「ほら、イーサン。あーん」
「……っ……」
満面の笑みで迫る俺の圧に負けたイーサンが、恥ずかしそうに口を開く。
……あぁ、何度見ても堪らないな、このイーサンの顔。
「おいし? ね、イーサン」
「……美味いよ…」
目を泳がせ赤い顔のままモグモグと口を動かす大好きな彼を、嬉しそうにじっと見つめる。
「……天変地異の訪れか」
「団長、照れるって感情知ってたんすね!!」
「っ……くくっ、はは……あのイーサンが……顔真っ赤に……アレフでさえ見た事ないんじゃないか……」
外野からのそんな声に、俺はハッと正気を取り戻した。
そうだった。今ここ、2人きりの空間じゃなかった……
壊れたロボットの様にギギギ……と3人が居る方向に顔を向けると、そこには三者三様の驚き顔があった。「あー、やらかしたー」と焦ったところでもう遅い。
ジェイスは見てはいけないものを見たかのように顔を逸らしているし、キーファは逆に目を輝かせている。ギルバートに至ってはもう、腹がよじ切れるほど笑っていた。
「おい、アオ」
後ろから強めに呼ばれ「なに?」と振り返ると、いきなり後頭部を強く掴まれ、唇が重なる。ちゅくちゅくと舌を吸われ漸く唇が解放された頃には、先程とは真逆で、俺の方が真っ赤に茹で上がっていた。
「ちょ、皆居るのに」
「……さっきのお返しだ」
困り顔の俺に、イーサンは満足げに微笑んでいて……そんな顔に、また俺の心臓はきゅっと掴まれてしまう。
「もう、イーサン酷い」
なんて、ひとつも酷いなんて思っていない顔で大きな身体にぎゅっと抱き着いた。
「……もういいですか。今後の話がしたいのですが」
眉間に色濃いシワを刻んだジェイスが、勢いよく俺たちの正面にある窓を勢いよく開ける。
「いやー、無事バカップルになったんすねお2人! おめでとうございますいやすごい! 本当にバカ!!」
キーファはパチパチと手を叩いているし、ギルバートは「良かったなぁ……お母さん嬉しいよ」なんて、出てもいない涙を拭っていた。
翌日早朝から、俺は新しい診療室に顔を出していた。
俺が覚醒したせいで魔法の使い方を忘れてしまい、暫く診療所を閉めていたあの時。再開してすぐ訪れた皆が「本当に再開してくれて良かった」と、口々に言っていたのを思い出し、なるべく早い再開をと考えていた。
「患者さんの症状書いたノートは火事で燃えちゃったから新しく作るとして……受付周りはシャーロットさんがやってくれたし、残るは俺の使う診療室か」
本当にここは、元あった診療室と瓜二つになっていた。
受付カウンターをひと通り確認し、診察室に入った俺は奥の滅菌棚へと向かう。
「ベッドも机もイスもあるし……まぁ、さすがに処置器具は無いけれど」
引き戸になっているそれを開くが、中には何も入って居ない。
「あれば、いざと言う時の安心感はあるけど、もう殆ど魔法で治療しているし。うーん、でも重症の時はあると便利なんだよなぁ」
とは言え、消し炭になってしまった器具たちが戻っては来ない。幾ら求めたとて、現代日本で使用していた医療器具が幻想夜想曲の何処に有ろうか。
「パタン」と棚の扉を閉じ、少し肩を落としながら机の方に足を向けた。
「イーサン、新しい魔導書用意してくれたんだ」
ブックスタンドには分厚い魔導書が3冊程立て掛けてある。「燃えてしまったし、使い慣れてたけれど新しいもの買わなきゃな」なんて思考を読まれたのか、それまで使って居たものと同じものが用意されている。
彼の気遣いに頬を緩ませていると、背後から「カタンッ」と物音がした。
「……? ……え……?」
音がしたのは、明らかに滅菌棚の方だった。
……確かに自分は先程、元あった医療器具を求めはした。
「いやまさか……だからって、都合よくあるとかそんな……」
二の足を踏んだが、確認しない訳にもいかない。
ドクンドクンと鼓膜が心音に包まれ、気付けば口の中がカラカラに乾いている。
恐る恐る扉に手を掛ける。先程は何も無かった、間違いない。
意を決して、両手で観音開きのそれをバッと開ける。
「……なんで、あるんだよ」
落胆の声が漏れた。
どうして……どうしてここでも起こる。これはもう『怪現象』と言っても過言ではない。
ものの数分前まで伽藍としていた棚の中に、今は銀色の器具が所狭しと並んでいる。
震える手で持針器に手を伸ばす。手に馴染む重さの、紛れもない……日本の医療現場でよくお目にかかるそれに間違いがない。
「今度イーサンに、相談してみるか」
心の底から気味が悪いが、あって困るものではない。そんな複雑な思いを抱えたまま、一先ず手にした器具を戻し扉をパタンと閉めた。
>>>
「お疲れ様、アオ。準備は整ったか?」
会議室の後片付けを済ませ執務室に戻ると、ソファに腰掛けたイーサンが顔だけこちらに向けて訊ねてきた。
「うん、バッチリ。直ぐにでも再開出来そうだよ」
流れるように隣に腰掛けた俺は、そのままイーサンの身体に擦り寄る。すると彼も自然な流れで俺の肩に腕を回したので、もっと密着をしたくて彼の身体に腕を回した。
「そうだ、キーファがクッキーを用意している。食べるか?」
「わっ、かわいい! いただこうかな」
皿に並べられたクッキーはハート型になっており、真ん中に真っ赤なジャムが乗っている。そんな見るだけで可愛らしいクッキーを口に含むと、程よい甘さが体全体に広がり、凝り固まった身体が解れていくかの様だった。
「美味しい。……イーサンも食べなよ、甘過ぎないから好きだと思うよ?」
恐らくまだ手を付けてないなであろう彼の口元に、皿から取った1つのクッキーを運ぶ。
「……またそれか」
頬を染めた彼が、眉を寄せながら俺の事を睨んでいるが、いつぞやのカフェで味をしめた俺には全く効果がない。
「ほら、イーサン。あーん」
「……っ……」
満面の笑みで迫る俺の圧に負けたイーサンが、恥ずかしそうに口を開く。
……あぁ、何度見ても堪らないな、このイーサンの顔。
「おいし? ね、イーサン」
「……美味いよ…」
目を泳がせ赤い顔のままモグモグと口を動かす大好きな彼を、嬉しそうにじっと見つめる。
「……天変地異の訪れか」
「団長、照れるって感情知ってたんすね!!」
「っ……くくっ、はは……あのイーサンが……顔真っ赤に……アレフでさえ見た事ないんじゃないか……」
外野からのそんな声に、俺はハッと正気を取り戻した。
そうだった。今ここ、2人きりの空間じゃなかった……
壊れたロボットの様にギギギ……と3人が居る方向に顔を向けると、そこには三者三様の驚き顔があった。「あー、やらかしたー」と焦ったところでもう遅い。
ジェイスは見てはいけないものを見たかのように顔を逸らしているし、キーファは逆に目を輝かせている。ギルバートに至ってはもう、腹がよじ切れるほど笑っていた。
「おい、アオ」
後ろから強めに呼ばれ「なに?」と振り返ると、いきなり後頭部を強く掴まれ、唇が重なる。ちゅくちゅくと舌を吸われ漸く唇が解放された頃には、先程とは真逆で、俺の方が真っ赤に茹で上がっていた。
「ちょ、皆居るのに」
「……さっきのお返しだ」
困り顔の俺に、イーサンは満足げに微笑んでいて……そんな顔に、また俺の心臓はきゅっと掴まれてしまう。
「もう、イーサン酷い」
なんて、ひとつも酷いなんて思っていない顔で大きな身体にぎゅっと抱き着いた。
「……もういいですか。今後の話がしたいのですが」
眉間に色濃いシワを刻んだジェイスが、勢いよく俺たちの正面にある窓を勢いよく開ける。
「いやー、無事バカップルになったんすねお2人! おめでとうございますいやすごい! 本当にバカ!!」
キーファはパチパチと手を叩いているし、ギルバートは「良かったなぁ……お母さん嬉しいよ」なんて、出てもいない涙を拭っていた。
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