難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

文字の大きさ
72 / 92
1章

36

しおりを挟む
『その日世界この国は、俺たちの敵となった』

 教会正面の扉を出た先は、想像を絶するものだった。

 そこには、俺たちが生きて愛した……あの美しい王都アトランティウムの姿は何処にもなかったのだから。
 閉じられた門の向こうには、まるでゾンビ映画かのように、かつてヒトだったのであろう生き物達が押し寄せている。

「突破するしかねぇか」
 先頭に立っていたギルバートとアレフが、光り輝く槍と黒龍巻き付く大剣を構える。
「とりあえずここは私たちで抑えよう。残りの者は間を掻い潜って先に行け。……もしかしたらもう……アトランティムはダメかもしれないな」
 俺の心に、どうしようも無い不安が過ぎる。

 ――アトランティウムはダメかもしれない。

 ならばこの先、俺たちはどうなってしまうのだろうか。

『先生! お茶淹れましたよー』
『アオさーん! ちょっと診てくれよ!』

 あの穏やかで優しい時間を……もう取り戻す事は出来ないのだろうか。
 人とは思えない叫び声が耳に入る度、不安と恐怖が身体中を蝕み、俺はぎゅっと目を閉じる。
「俺の、所為で……」
 そんな弱った心を、手から伝わる熱が勇気づけてくれる。
「大丈夫だ、今は何も考えるな。余計な事は考えず、アオはただ俺に着いてくればいい」
 耳元で囁かれたそんな言葉に、俺は何度も「うん、うん」と頷いた。

「もう間もなく、防護壁が破られます。……皆、準備はいいですか」
 キーファのいつに無い真面目な様子に、その場の全員が息を飲み、そして静かに頷いた。
「……よし、行くぞォ!!」
 イーサンの威勢の良い声を合図に、ギルバートとアレフが外へと飛び出していく。

「こっちだ、アオ」
 2人が切り開いた道に、4人は飛び込む。イーサンが片手で剣を振るい、襲いかかるアンデッドを蹴散らしながら前へと進む。
「おい、イーサン! ……間違いない、もう此処この国はダメだ。外へ逃げるぞ」
少し離れた場所から、アレフの大きな声が響く。
「とりあえずここは俺らに任せて行け! ……聖域だ、ミアランジェで落ち合うぞ!! 全員……何がなんでも生き延びろよ」
 続けて聞こえて来たギルバートの言葉に、イーサンも相応の声で返事を返す。


 しばらく走り続けていると、大きな通りに出た。ここは先日、ライザ王子の生誕パレードが行われていた場所。
 ――あの時はキラキラとしていたのに。
 壊された店の看板があちらこちらに散らばり、道端に咲き誇っていた白い花々は踏み躙られてしまっている。

 もう……あの頃の見る影もない。

 向かいから『グァァァ……』と唸り声が聞こえる。
「正面から来ます、キーファ!!」
「はいっす。準備出来てます……よっ、と」
 尚も行き手を阻む狂信者を、大地より這い出づる大樹の根がその足を止める。そいつらを踏み台に、飛び越えてくるアンデッドの騎士達は、赤黒い閃光が瞬く間に切り刻んでいった。

「此処は俺達が……逃げてください、早く!!」
 ジェイスのその言葉に、それ迄真っ直ぐ走っていた俺の腕が右に大きく引っ張られる。
「命令だ。お前ら、必ず生きろ!!」
 イーサンの叫び声を最後に路地へと入り、ついに2人の姿は見えなくなってしまった。
「団長達も、気を付けてくださいっすよー」
 そんなキーファの明るい声が聞こえた気がして、空いた手をぎゅっと胸の前で握った。

 ――皆、どうか……どうか無事で逃げ延びてくれ。




 割れた街灯の破片が散らばる道を、腕を引かれどれだけ走っただろうか。
 足は縺れ、息は絶え絶えになるが、走るのを止める訳にはいかない。何よりイーサンは、俺を片手で庇いながら次々と襲い来る奴らを薙ぎ払っている。これ以上彼の足を引っ張るなんて出来ない。

『知らない、こんな展開。ゲームには無かった』

 俺の心にそんな言葉が過ぎる。
 国を追われるような展開なんて……あるはずがない。

 先程から膝が笑っている。
 それでも、大きな背中を必死に追い掛けた。

『いや、もう此処は……ゲームとは別世界になってしまったんだ。……転生者の存在によって』
 俺は転生者だ。
 そして恐らくフタバ……アークも転生者なのは間違いない。2人の存在によって、この世界は大きく変わってしまったのか。


 余計な事を考えていたせいか、割れたレンガに足が取られる。
 ――正直、もう足も息も限界に近付いていた。

 傾く身体を、漆黒のロングコートを翻した男が抱き留めた。
「大丈夫か、アオ。悪い……無理させてるな」
「んな、こと……っは、ふ……大丈夫だから、俺こそ……足でまといでごめん……」
「そんな言い方するな。足でまといなんかであるものか」
「……うん、ごめん。ありがとう……イーサン」
 そのまま強く抱き締められた2人の影は、まるで元より1つのもののようだった。
「安心しろ。何があっても、お前のことは必ず護る。……お前さえ居れば、俺は……」
 応えるように、背中へと回した腕に力を込める。
「イーサン……」
 眼前には、漆黒に彩られた夜空絶望が広がっている。それでもこの温もりだけは手放すまいと、身体の全てで彼を抱き締める。


「……アオ、いいか。俺の後ろから離れるな、絶対だ」
 何かに気が付いたイーサンが後ろ手に俺を庇い、正面に剣を向ける。今俺たちが立っている場所は袋小路になっていたようで、いつの間にか周りをアンデッド達が囲んでいた。
「かかって来いよ、バケモン共がァ……!!」
 一斉に飛びかかってくる敵たちを、青い軌跡が横に描かれ、それらを一気にふたつの塊へと変えていく。
 だが尚も後ろから襲ってくる敵の数は無尽蔵。
 キリがない。イーサンだって、かなり消耗しているはず。なにか……何か手が無いか。
 その時、腕にキラッと光る物が嵌って居ることに気が付いた。
 それはアークが欲しがっていた、例の腕輪。どさくさ紛れでいつの間にか腕に嵌めていたのか。
「……確かキーファが、これはソーサラーの魔具だって言っていた。これで召喚術を行えば、空から逃げる事だって出来るかもしれない」
 思い付いたとばかりに一瞬明るくなった表情は、次の瞬間再び暗いものへと変わった。
「……だめだ、魔導書……教会に置いてきたままだ……」
 レオンに腕輪を奪われた時、一緒に腰へ携えていた魔導書は床へ落としたままにしてしまっていた。
「ピッ、ピッ」
「ん? ピーちゃん?」
 それまで静かに、俺の背中に張り付いていたピーちゃんの手が、腕輪をペチペチと叩く。
「これを……?」
「ピ、ピピッ!」
 ピーちゃんは次に、自分の頭をさわさわと撫でる動きをして見せた。
「頭を撫でろって事……?」
 言われるがまま、ピーちゃんの頭を撫でる。すると突然その白いモフっとした体が、目を開けられない程の光に包まれた。
「う、そ……! え、ピー、ちゃん……?」
「なんだ、アオ。何が……」
 強い光に、イーサンが気が付かない筈もない。
 彼が振り向いた先にあったのは、呆然と立ち尽くす俺と、見た事も無いほど大きな、そして神々しい光を放つ純白の大鳥が……そこに君臨していた。
「イー、サン……あの、ピーちゃんが……」
 目を白黒させてる俺の身体をイーサンは急いで横に抱くと、瞬く間にその鳥の背に乗り込んだ。
「やるな、トリ。いいぞ、そのまま飛んで……アトランティウムから脱出しろ」
「キィィィィ!!」
 高らかに咆哮を上げたピーちゃんは、暗い空へと羽ばたき始めた。


 >>>
 
 眼下のアトランティウムはもう、目視が出来ないほどに小さくなってしまった。
 ピーちゃんは一気に雲間を抜け、上へ上へと飛び続る。
 
 雲の上は、それはそれは綺麗な星空が広がっている。
 
今はそれを、イーサンの胸にもたれ掛かりながらゆっくりと眺めていた。
「やっと落ち着いたな」
 後ろから覆われた彼の体温は、他のどんなものよりも心の安寧を俺に与えてくれる。
「うん、……良かった。皆、無事かな」
「大丈夫だろ。なんせ殺したって死なない奴らだからな」
「た、確かにそう言われると」
 優しく頭を撫でる彼の手の動きで身体から、一気に力が抜ける。

 ――色々考えなければならない事が山積みではある。
 フタバのこと。
 転生者のこと。
 腕輪のこと。
 アークとレオンのこと。

――「

 最後にアークはそう言った。
 前世の俺の名前は結城蒼生ゆうきあお
 どうして、奴がその名を知っている。
 ……まさか? ……いやでもそれ以外有り得ない。
 どんな確率なんだよ。

 ……だなんて。

 頭が痛い。色んな事が一遍に起きすぎた。今はもう……思考が上手く働きそうにない。

「……愛してる、アオ」
「ど、どうしたの急に……」

 突然耳に掛けられた甘い声に、俺は少し恥ずかしそうに彼の方へと頭を向ける。
「また色々悩んでいるんだろ? ……今は何も考えなくていい。俺に愛されている事だけ考えていろ」
「イーサン……」
 イーサンこそ、途轍も無く疲れて……仲間とは散り散りになって不安があるだろうに。

 本当に優しすぎるよ。

「大丈夫だ、俺が付いてるから、安心しろ」
「うん、……あのね、正直不安はある。だけどイーサンが一緒だから平気だよ。……俺はイーサンが居れば、充分だから」
 いつの間にか俺は、自分の気持ちを素直に口にする事が出来るようになった。今までだったら「大丈夫だから」そんな上っ面の言葉で終わらせていただろう。……これも全部、彼を愛したからこそ出来るのだろうか。
「アオ……。あぁ、俺もだ。お前さえ居れば、何処に行っても構わない。例え違う国で生きる事になろうが、お前さえ俺の傍に居ればそれでいい」
「うん……愛してる、イーサン」
 首を後ろに傾け、彼と口付けを交わしながら俺は改めて心に誓った。


――例え全世界が敵になったとしても、生きる場所が奪われたとしても……俺は貴方イーサンを、愛し続ける――


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強推し活!!推しの為に転生して(生まれて)きました!!

藤雪たすく
BL
異世界から転移してきた勇者様と聖女様がこの世界に残した大きな功績……魔王討伐?人間族と魔族の和解?いや……【推し】という文化。 【推し】という存在が与えてくれる力は強大で【推し活】の為に転生まで成し遂げた、そんな一人の男の推し活物語。

転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。 酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。 性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。 そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。 離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。 姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。 冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟 今度こそ、本当の恋をしよう。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!

モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。 その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。 魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。 その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?! ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

猫になった俺、王子様の飼い猫になる

あまみ
BL
 車に轢かれそうになった猫を助けて死んでしまった少年、天音(あまね)は転生したら猫になっていた!?  猫の自分を受け入れるしかないと腹を括ったはいいが、人間とキスをすると人間に戻ってしまう特異体質になってしまった。  転生した先は平和なファンタジーの世界。人間の姿に戻るため方法を模索していくと決めたはいいがこの国の王子に捕まってしまい猫として可愛がられる日々。しかも王子は人間嫌いで──!?   *性描写は※ついています。 *いつも読んでくださりありがとうございます。お気に入り、しおり登録大変励みになっております。 これからも応援していただけると幸いです。 11/6完結しました。

処理中です...