妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)

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14.弱い女

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 だけど次の日も、そのまた次の日も。
 一週間が経っても、華凛が帰ってくることはなかった。


 その癖、憂炎の方は毎日馬鹿みたいに、まめまめしく通ってくる。
 どんなに遅くなっても宮殿を訪れる上、今にも倒れそうな青白い顔をした憂炎を見ていると、嫌でもイライラが募っていった。


(前みたいに自分の宮殿で一人寝しろっつーーの)


 奴の執務室と私室は目と鼻の先。わざわざ遠く離れた後宮まで足を運ぶ理由は無い。そんな時間があるなら、少しでも睡眠時間を確保すれば良いと心から思う。

 だけど、そう勧めたところで素直に頷くような男じゃない。わざわざ嫌味を口にするのも面倒だから、放置することに決めた。


 そんで、肝心の華凛が後宮に来られない理由はというと。


「忙しすぎるからな。後宮に遊びにやる時間がないんだ」


 痺れを切らして再び尋ねたわたしに対し、憂炎は全く悪びれることなくそう言い放った。


「そもそもここは、妃の親族だからってだけで簡単に入れる場所じゃないんだぞ。身体検査も受けないといけないし、手続きだって色々面倒なんだ」

「だけど……だからってさ!」


 わたし自身、後宮に入るときは色々と確認を受けた。武器を隠し持っていないかとか、実は男じゃないかとか、そういう面倒な検査だ。

 だから憂炎が言いたいことは分からないわけではない。


(でも、それじゃわたしが困るんだって!)


 早く後宮を出たい。
 元の生活に戻りたくて堪らないのに、いつまで我慢を強いられるのだろう。

 鍛えてないと、身体は日々鈍っていく。思い切り身体を動かして、思う存分汗を掻きたい。

 こんなゴテゴテしい服装に分厚い化粧、重い装飾品は嫌だ。身軽な服に身を包みたい。

 市井に出て楽しく過ごしたいし、好き勝手色んな場所に行きたい。


 だけど、何よりももどかしいことは、憂炎に対する自分の感情がちっとも説明できないことだった。


(本当に、どうしてわたしが妃なんだろうなぁ……)


 隣で微睡む憂炎を見つつ、ため息が漏れる。


 幼い頃の憂炎はわたしよりも小柄で、ヒョロヒョロしてて。だけど物凄い負けず嫌いだし、いつも誰よりも鍛錬していて。そんなあいつの側で、泥だらけになるまで走り回って、稽古に励むのが好きだった。

 わたしたちは男女というより、良き友・戦友のような間柄の方がしっくり来る――――女と認識されるだなんて、全く思っていなかった。


 それに、憂炎はとにかく女にモテる。整った顔をしているし、優秀だから当然だろう。

 だけど奴は、誰にも興味を示さなかった。どんな美女から声を掛けられても、眉一つ動かすことなく無視をする。何なら女性という生き物を恨んでいるんじゃないかって思う程だった。


 そりゃあ、皇太子になった以上、お世継ぎは必須で、そのためには妃が要るっていうのは分かる。


 だけど『身近な女性を選びたい』なんて理由なら、華凛の方を選んで欲しかった。

 だってあいつ、華凛のことは、目に入れても痛くないほど可愛がっているんだもの。わたしに対する態度とは大違い。あんな不機嫌な顔をするぐらいなら、最初に勧めた通り、華凛の方を選べば良かったんだ。


(もしかして、大事過ぎて手が出せない、とか?)


 憂炎は強い男だ。華凛みたいなか弱い女を相手に、己の欲をぶつけてはいけないと思ったのかもしれない。触れれば壊れそうな、繊細な見た目をした妹だ。そう思うのも無理はない。

 その点わたしは丈夫だし、ちょっとやそっとのことじゃ傷つかない――――きっと、そんな風に思ったのだろう。


(バカな奴)


 華凛だってちょっとやそっとのことじゃ傷つかない。
 妹は案外強かな女だ。憂炎を受け止められるぐらいの度量は持っている。
 何しろ、本人が憂炎の妃になることを望んでいるのだから、これ以上のことは無い。


(早く――――全てをあるべき形に戻せたら良いのに)


 妃として手が付いた以上、『凛風』が後宮を出ることは難しいかもしれない。
 それでも、妹である『華凛』を妃にすることは不可能では無いだろう。憂炎が強く望めば道はある。


 第一、わたしたち姉妹の入れ替わりさえ成立すれば、『凛風』と憂炎の離縁が成立しなくても問題はない。多少の不自由はあれど、長い時間をかけて『華凛』という人間をわたし色に塗り替えていけば良いだけのことだ。


「――――寝ないのか?」

「……え?」


 いつから起きていたのだろう。
 気づけば憂炎がこちらをガン見していた。

 眉間に皺を寄せ、唇を尖らせ、いかにも不服そうな表情を浮かべている。


「寝るに決まってるだろ。もう疲れたし」


 急いで目を瞑りながら、わたしは掛布を思い切りひっかぶった。
 それなのに、布越しになおも感じる粘着質な視線。全身に嫌な汗が流れ始める。


「凛風」


 熱っぽい声音。
 掛布が剥がれ、心臓が勢いよく跳ねた。

 唇に甘い熱。小さなリップ音が響き、脳みそが揺れる。

 頬や額に絶え間なく降り注ぐ憂炎の口付け。くすぐったくて、熱くて堪らない。
 獲物を前にした獣みたいな瞳。堅強な檻。全身を焦がすような強い欲を感じる。


「――――憂炎」

「なんだ?」


 身をよじっても止めてくれる気配なんてちっともない。思わずため息が漏れた。


「わたしは――――お前が思うより、ずっと弱い女なんだぞ」


 言葉にした後で、思わず目を見開いた。


(何言ってるんだ、わたし)


 こんなことが伝えたかったはずじゃない。
 ただ『止めろ』と――――そう言いたかった筈だ。


(自分で弱い宣言するとか、一体どんなアピールだよ)


 憂炎だって驚いてるし、何だか物凄く恥ずかしい。


「ごめん、やっぱ今の無し」


 そう言って掛布を手繰り寄せると、急いで己を覆い隠す。
 顔を見られたくない。頬が熱を持ち、情けない表情をしている自覚があった。


「凛風」


 だけど、憂炎は許してくれなかった。再び掛布を剥ぎ取り、内に炎を宿した紅い瞳で、真っ直ぐにわたしを見つめてくる。
 しっかりと絡められた指。間近に迫る熱に、心まで丸裸にされたような気分だ。


「おまえが弱いことは知っている。強さなんて求めてない。
ただ、俺はおまえに――――凛風に側にいてほしい」


 額がコツンと重ねられる。
 何でだろう。理由もなく涙が滲んできた。


「凛風」


 憂炎はほんの数ミリ離れた位置で静止し、じっとわたしのことを見つめていた。近すぎて彼の感情は読み取れない。けれど、望んでいることなら何となくわかる。


(なんで涙が止まらないんだろう)


 少しわかったと思うと、またすぐに遠ざかっていく。

 憂炎の気持ちも。
 わたしの気持ちも。
 全然、全然理解できない。


(でも今は)


 そっと首を伸ばして、憂炎に触れるだけのキスをする。
 その途端、それじゃ足りないとばかりに唇を強く吸われ、割り入られ、深く絡められた。


 まるで宝物を扱うかのように、優しく、温かく、慈しむかのような触れ合い。『華凛』を可愛がる時みたいに表面的な感じじゃなくて、もっと心の奥に訴えかけるような――――。


「凛風、俺以外のことは考えるな」


 思考が完全に停止する。
 何も――――憂炎のこと以外、考えられなくなる。

 胸を抉るような暴力的な熱に、わたしは今夜も翻弄されるのだった。
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