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15.暇と妃と侍女の野望(1)
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(暇だ。ビックリするぐらい暇)
長椅子に姿勢を崩して腰掛けながら、わたしは大きなため息を吐く。
当初の予想通り、日中、妃としての生活は単調を極めていた。
着飾って、お茶飲んで。
また着飾って、またお茶飲んでの繰り返し。
暇すぎて頭が禿げそうだ。
頼みの綱である華凛は、しばらくの間後宮には戻れないらしい。誰に読まれても大丈夫なように、当たり障りのない手紙を送ったら、『ごめん』と一言だけ返事が来た。余程忙しいのだろう。
(憂炎の奴、せめて他に妃を送り込んでくれたらなぁ。そしたら少しは張り合いがあるのに)
現状、憂炎の後宮にはわたしの他に妃が居ない。
現皇帝――憂炎の本当の父親だ――の後宮とは、行き来が出来ないわけじゃないものの、でっかい門で区切られている。
このため、わたしは広大な敷地の中、殆ど一人で暮らしているようなものだった。
正直言って、体力バカの憂炎の相手を毎夜するのはしんどい。事務仕事で堪った鬱憤を、閨で晴らしているんじゃないかと邪推してしまうレベルだ。
それにわたしは、自分と対等に接してくれる話し相手が欲しい。ただでさえ閉鎖的な空間の中、側に居るのは主従関係にある侍女や宦官だけ。張り合いが無いし、つまらない。
その点、妃同士ならば身分的にはあくまで対等だ。
仲良くするも良いし、向こうが後宮特有のドロドロ愛憎劇を望むなら、そういう演技をするのもやぶさかではない。
暇よりマシだ。
そう思って、憂炎に妃を増やすよう提案してみたんだけど、物凄い形相で却下された。
(良いじゃんねぇ。自分の娘を後宮に送り込みたいって人間が、列を連ねて待ってるんだからさーー)
武の高官であるわたしの父親――――その娘である『凛風』を東宮妃にしたことで、ヤキモキしている人間はとても多い。
自分の権力を拡大させたい中央政権の人間だけじゃなく、諸国の王族、地方の有力者まで、そのラインナップは充実している。皆が次代の皇帝――――憂炎に取り入りたがっているのだ。
だけど、得をするのは何も妃を送り込む側の人間だけじゃない。
妃が増えることは、後ろ盾の少ない憂炎の地位を盤石にすることに繋がる。ただでさえ隠匿された皇太子なのだ。皇太后に対抗するためにも、味方は多い方が良い。
つまり、婚姻とは一方通行ではないウィンウィンの関係と言えるだろう。
(だけどなぁ、もう一回提案したら今度はガチギレするだろうなぁ、あいつ)
妃を増やすよう提案したときの憂炎は、まるで般若みたいな顔をしていた。紅い瞳が地獄の炎みたいにメラメラ燃えてて、さすがのわたしも後退ってしまったほどだ。
全く、何がそんなに気に喰わないのか理解できない。
「――――失礼いたします」
そのとき、侍女の一人がわたしの前にやってきた。
彼女は彩鮮やかな数種類の菓子に、湯気の立ったティーポットを携えている。どうやらまたお茶の時間らしい。
(正直言って要らないんだけど)
そうは言っても、この子の仕事はわたしにお茶を出すことだし、華凛が帰ってきたときに宮殿の状況が様変わりしているって状態は避けたい。あの子には少しでも快適に過ごしてほしいもの。
「ありがとうね、暁麗」
暁麗は実家から連れてきた侍女ではなく、現皇帝の後宮で働いていた宮女だ。
『凛風』が入内する時、後宮内のことを知っている娘がいた方が良いってことで、優秀だった暁麗を侍女として引き抜いたらしい。実際にお願いしている仕事は、小間使いや毒見役で申し訳ない限りだ。
「とんでもございません。それで、本日はどれから味見――――いえ、毒見いたしましょう?」
ジュルリと音を立てつつ、暁麗が尋ねる。貧しい生まれなのだろうか。食い意地の張っている暁麗は、結構図太くて逞しいと思う。
見た目だって全然悪くない。
帝の目に留まれば、お手付きになれる程に――――――。
「そうよ! 悪くないんじゃない?」
「はい?」
いきなり声を上げたわたしを、暁麗は不思議そうな目で見遣る。わたしは彼女の手を取ると、そっと顔を覗き込んだ。
「ねぇ、暁麗? もしも……もしもよ? お菓子をお腹いっぱい食べられるようになったら嬉しいわよね」
「はぁ……まぁ、そうなれば夢のようでございますが」
「夢なんかじゃないわ! ここはそれを叶えられる場所なんだもの」
そうよ。
ここは元の身分なんて関係なしに、寵愛一つでトップまで上り詰められる場所なのだ。
後宮の主――――憂炎が望みさえすれば、侍女であろうと手付きになれる。
妃への格上げだって夢ではない。
外から妃を連れてこられないなら、内側に用意すれば良いだけのこと。
(そうと決まれば行動あるのみ)
ニヤリと口角を上げつつ、わたしは暁麗に照準を定めた。
長椅子に姿勢を崩して腰掛けながら、わたしは大きなため息を吐く。
当初の予想通り、日中、妃としての生活は単調を極めていた。
着飾って、お茶飲んで。
また着飾って、またお茶飲んでの繰り返し。
暇すぎて頭が禿げそうだ。
頼みの綱である華凛は、しばらくの間後宮には戻れないらしい。誰に読まれても大丈夫なように、当たり障りのない手紙を送ったら、『ごめん』と一言だけ返事が来た。余程忙しいのだろう。
(憂炎の奴、せめて他に妃を送り込んでくれたらなぁ。そしたら少しは張り合いがあるのに)
現状、憂炎の後宮にはわたしの他に妃が居ない。
現皇帝――憂炎の本当の父親だ――の後宮とは、行き来が出来ないわけじゃないものの、でっかい門で区切られている。
このため、わたしは広大な敷地の中、殆ど一人で暮らしているようなものだった。
正直言って、体力バカの憂炎の相手を毎夜するのはしんどい。事務仕事で堪った鬱憤を、閨で晴らしているんじゃないかと邪推してしまうレベルだ。
それにわたしは、自分と対等に接してくれる話し相手が欲しい。ただでさえ閉鎖的な空間の中、側に居るのは主従関係にある侍女や宦官だけ。張り合いが無いし、つまらない。
その点、妃同士ならば身分的にはあくまで対等だ。
仲良くするも良いし、向こうが後宮特有のドロドロ愛憎劇を望むなら、そういう演技をするのもやぶさかではない。
暇よりマシだ。
そう思って、憂炎に妃を増やすよう提案してみたんだけど、物凄い形相で却下された。
(良いじゃんねぇ。自分の娘を後宮に送り込みたいって人間が、列を連ねて待ってるんだからさーー)
武の高官であるわたしの父親――――その娘である『凛風』を東宮妃にしたことで、ヤキモキしている人間はとても多い。
自分の権力を拡大させたい中央政権の人間だけじゃなく、諸国の王族、地方の有力者まで、そのラインナップは充実している。皆が次代の皇帝――――憂炎に取り入りたがっているのだ。
だけど、得をするのは何も妃を送り込む側の人間だけじゃない。
妃が増えることは、後ろ盾の少ない憂炎の地位を盤石にすることに繋がる。ただでさえ隠匿された皇太子なのだ。皇太后に対抗するためにも、味方は多い方が良い。
つまり、婚姻とは一方通行ではないウィンウィンの関係と言えるだろう。
(だけどなぁ、もう一回提案したら今度はガチギレするだろうなぁ、あいつ)
妃を増やすよう提案したときの憂炎は、まるで般若みたいな顔をしていた。紅い瞳が地獄の炎みたいにメラメラ燃えてて、さすがのわたしも後退ってしまったほどだ。
全く、何がそんなに気に喰わないのか理解できない。
「――――失礼いたします」
そのとき、侍女の一人がわたしの前にやってきた。
彼女は彩鮮やかな数種類の菓子に、湯気の立ったティーポットを携えている。どうやらまたお茶の時間らしい。
(正直言って要らないんだけど)
そうは言っても、この子の仕事はわたしにお茶を出すことだし、華凛が帰ってきたときに宮殿の状況が様変わりしているって状態は避けたい。あの子には少しでも快適に過ごしてほしいもの。
「ありがとうね、暁麗」
暁麗は実家から連れてきた侍女ではなく、現皇帝の後宮で働いていた宮女だ。
『凛風』が入内する時、後宮内のことを知っている娘がいた方が良いってことで、優秀だった暁麗を侍女として引き抜いたらしい。実際にお願いしている仕事は、小間使いや毒見役で申し訳ない限りだ。
「とんでもございません。それで、本日はどれから味見――――いえ、毒見いたしましょう?」
ジュルリと音を立てつつ、暁麗が尋ねる。貧しい生まれなのだろうか。食い意地の張っている暁麗は、結構図太くて逞しいと思う。
見た目だって全然悪くない。
帝の目に留まれば、お手付きになれる程に――――――。
「そうよ! 悪くないんじゃない?」
「はい?」
いきなり声を上げたわたしを、暁麗は不思議そうな目で見遣る。わたしは彼女の手を取ると、そっと顔を覗き込んだ。
「ねぇ、暁麗? もしも……もしもよ? お菓子をお腹いっぱい食べられるようになったら嬉しいわよね」
「はぁ……まぁ、そうなれば夢のようでございますが」
「夢なんかじゃないわ! ここはそれを叶えられる場所なんだもの」
そうよ。
ここは元の身分なんて関係なしに、寵愛一つでトップまで上り詰められる場所なのだ。
後宮の主――――憂炎が望みさえすれば、侍女であろうと手付きになれる。
妃への格上げだって夢ではない。
外から妃を連れてこられないなら、内側に用意すれば良いだけのこと。
(そうと決まれば行動あるのみ)
ニヤリと口角を上げつつ、わたしは暁麗に照準を定めた。
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