16 / 35
16.暇と妃と侍女の野望(2)
しおりを挟む
その夜。
いつものように、憂炎は宮殿にやってきた。
「――――――凛風はどこだ?」
普段着ている女官服ではなく、美しく着飾った暁麗を、憂炎が片眉を上げて見下ろしている。
「はぁ……凛風さまは湯浴み中でして」
気まずそうに視線を彷徨わせつつ、暁麗は答えた。
湯浴み中なんていうのは真っ赤な嘘だ。
だってわたし、本当は部屋の隅にあるでっかい壷の中に隠れてるんだもん。
音声だけじゃなく、ちゃんと状況が見えるよう、壷にちっちゃな穴まで空けた。
これで憂炎がどんな反応をするか、バッチリ見届けられる。
我ながら完璧な作戦だ。
「それで? 君のその格好は誰が?」
どうやら暁麗は無事、憂炎の興味を引けたらしい。良かった。渋る侍女たちを説得して、ドレスや化粧でメイクアップさせた甲斐があったってもんだ。
(これは……もしかしたらイケるんじゃない!?)
心臓をドキドキさせながら、わたしはゴクリと唾を呑む。
久しぶりにワクワクしてきた。興奮で身体がソワソワする。
「凛風さまです。なんでも、わたしが着飾ったところが見て見たいとのお話で」
「なるほど、あいつの暇つぶしか」
憂炎は小さく笑いながら、ため息を吐く。
うん、間違ってない。
これはわたしの暇つぶしだ。
だけど、今このときだけじゃなく、早くここから逃げ出したいわたしと、これから先長い時間を後宮で過ごす華凛のための、壮大な暇つぶし。
その最初の一手だ。
上手くいけば、退屈な後宮ライフが充実し、一気に楽しくなる。
きっとそうに違いない。
「大変だな、お前らも」
「いえ……わたしは可愛い服が着られて嬉しいですし、美味しいものももっとたくさん食べたいです」
「はぁ? 美味しいもの?」
暁麗の瞳は、野心でギラギラと輝いていた。
(いいぞ! その調子!)
心の中で檄を飛ばしつつ、わたしは手に汗を握る。
「殿下の寵愛をいただけたら、今よりも幸せになれますから」
「……まあ、そうだよな。普通はそう思うよな。綺麗な服を着て、美味いもの食って――――」
憂炎は呟きながら、どこかへ向かって歩き出した。
さっきまで小さく見えていた憂炎が、少しずつ少しずつ大きくなっていく。
近すぎて最早顔が見えない。
アイツの服が目の前の小さな穴を塞いで、壺の中が真っ暗になって――――って、あれ?
「夫に一途に愛されたら、幸せって感じるものだよな。
な、凛風?」
パカッと軽快な音が鳴り、頭上に眩い光が射し込む。
恐る恐る顔を上げると、凶悪な笑みを浮かべた憂炎が、わたしのことを見下ろしていた。
「え? あ……憂炎? 来てたんだ?」
その場に屈んだままのわたしを、憂炎がヒョイと抱き上げる。口の端を引き攣らせ、眉間に皺をくっきりと刻み、ギラギラと瞳を光らせて。何でか知らないけど、こいつの逆鱗に触れてしまったらしい。
「あーーーーその、暇で暇で堪らなくてさ。侍女の皆とかくれんぼしてたんだよねぇ。だってさぁ、あまりにもすることが無いし――――――」
「そうか」
弁明を聞いているのかいないのか。憂炎はそのままわたしを横抱きにすると、スタスタと歩き始めた。
満面の笑み。だけど、目がちっとも笑っていない。
(怖っ! 何でそんなに怒ってるの?)
得体が知れないものは恐ろしい。全身から血の気が引き、心臓がバクバク鳴り響く。
「だったら俺は、おまえが暇だと感じる余裕を無くさないといけないな、凛風」
「はぁ!? どういう意味だ!? 暇は暇だろう?」
どう足掻いたところで、ここに居る以上、暇なことに変わりない。そんなこと、最初から分かりきったことだというのに。
「……お前は少し、思い知った方が良い」
「だから、何を!?」
後宮にいる以上、わたしがこの生活に満足することは無い。だけど、今それを伝えたところで、火に油を注ぐようなものだろう。
(っていうか、こいつ)
聞き間違いじゃなければ、憂炎はさっき『夫に一途に愛されたら、幸せだと感じる筈だ』なんて言っていた。
わざわざ、このわたしに向けて。
皇太子と妃は『夫婦』――――そう呼べなくもない。
だけど、あいつが言ったのは一般論であって、わたし達に当てはまるものではないはずだ。
きっと、そう。そうに違いない。
だけど。
(なんか、めちゃくちゃ身体が熱い)
火照った頬を憂炎に見せないようにしながら、わたしはそっと目を伏せたのだった。
いつものように、憂炎は宮殿にやってきた。
「――――――凛風はどこだ?」
普段着ている女官服ではなく、美しく着飾った暁麗を、憂炎が片眉を上げて見下ろしている。
「はぁ……凛風さまは湯浴み中でして」
気まずそうに視線を彷徨わせつつ、暁麗は答えた。
湯浴み中なんていうのは真っ赤な嘘だ。
だってわたし、本当は部屋の隅にあるでっかい壷の中に隠れてるんだもん。
音声だけじゃなく、ちゃんと状況が見えるよう、壷にちっちゃな穴まで空けた。
これで憂炎がどんな反応をするか、バッチリ見届けられる。
我ながら完璧な作戦だ。
「それで? 君のその格好は誰が?」
どうやら暁麗は無事、憂炎の興味を引けたらしい。良かった。渋る侍女たちを説得して、ドレスや化粧でメイクアップさせた甲斐があったってもんだ。
(これは……もしかしたらイケるんじゃない!?)
心臓をドキドキさせながら、わたしはゴクリと唾を呑む。
久しぶりにワクワクしてきた。興奮で身体がソワソワする。
「凛風さまです。なんでも、わたしが着飾ったところが見て見たいとのお話で」
「なるほど、あいつの暇つぶしか」
憂炎は小さく笑いながら、ため息を吐く。
うん、間違ってない。
これはわたしの暇つぶしだ。
だけど、今このときだけじゃなく、早くここから逃げ出したいわたしと、これから先長い時間を後宮で過ごす華凛のための、壮大な暇つぶし。
その最初の一手だ。
上手くいけば、退屈な後宮ライフが充実し、一気に楽しくなる。
きっとそうに違いない。
「大変だな、お前らも」
「いえ……わたしは可愛い服が着られて嬉しいですし、美味しいものももっとたくさん食べたいです」
「はぁ? 美味しいもの?」
暁麗の瞳は、野心でギラギラと輝いていた。
(いいぞ! その調子!)
心の中で檄を飛ばしつつ、わたしは手に汗を握る。
「殿下の寵愛をいただけたら、今よりも幸せになれますから」
「……まあ、そうだよな。普通はそう思うよな。綺麗な服を着て、美味いもの食って――――」
憂炎は呟きながら、どこかへ向かって歩き出した。
さっきまで小さく見えていた憂炎が、少しずつ少しずつ大きくなっていく。
近すぎて最早顔が見えない。
アイツの服が目の前の小さな穴を塞いで、壺の中が真っ暗になって――――って、あれ?
「夫に一途に愛されたら、幸せって感じるものだよな。
な、凛風?」
パカッと軽快な音が鳴り、頭上に眩い光が射し込む。
恐る恐る顔を上げると、凶悪な笑みを浮かべた憂炎が、わたしのことを見下ろしていた。
「え? あ……憂炎? 来てたんだ?」
その場に屈んだままのわたしを、憂炎がヒョイと抱き上げる。口の端を引き攣らせ、眉間に皺をくっきりと刻み、ギラギラと瞳を光らせて。何でか知らないけど、こいつの逆鱗に触れてしまったらしい。
「あーーーーその、暇で暇で堪らなくてさ。侍女の皆とかくれんぼしてたんだよねぇ。だってさぁ、あまりにもすることが無いし――――――」
「そうか」
弁明を聞いているのかいないのか。憂炎はそのままわたしを横抱きにすると、スタスタと歩き始めた。
満面の笑み。だけど、目がちっとも笑っていない。
(怖っ! 何でそんなに怒ってるの?)
得体が知れないものは恐ろしい。全身から血の気が引き、心臓がバクバク鳴り響く。
「だったら俺は、おまえが暇だと感じる余裕を無くさないといけないな、凛風」
「はぁ!? どういう意味だ!? 暇は暇だろう?」
どう足掻いたところで、ここに居る以上、暇なことに変わりない。そんなこと、最初から分かりきったことだというのに。
「……お前は少し、思い知った方が良い」
「だから、何を!?」
後宮にいる以上、わたしがこの生活に満足することは無い。だけど、今それを伝えたところで、火に油を注ぐようなものだろう。
(っていうか、こいつ)
聞き間違いじゃなければ、憂炎はさっき『夫に一途に愛されたら、幸せだと感じる筈だ』なんて言っていた。
わざわざ、このわたしに向けて。
皇太子と妃は『夫婦』――――そう呼べなくもない。
だけど、あいつが言ったのは一般論であって、わたし達に当てはまるものではないはずだ。
きっと、そう。そうに違いない。
だけど。
(なんか、めちゃくちゃ身体が熱い)
火照った頬を憂炎に見せないようにしながら、わたしはそっと目を伏せたのだった。
3
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる