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2.縁結び、婚活エージェントを頼まれる
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「そういう神様は、綺麗ですね」
亀甲菱をちらした白の狩衣は、この物資不足には信じられないくらいぜいたくに裁った極上品。
差し袴の下では足袋をはかない白い素足がひょいひょいと動いている。
「都会では景気がいいらしいけど、このあたりじゃ全然ダメ。物の値段ばかり上がって、みんな暮らしがしんどいんですからね」
咲耶子は言い聞かせる。
浮世離れしている神様には、リアルな暮らしの苦しさなんかわからないんだろうけど。
(お供えが少なくなったのだって、暮らしが苦しいからよ。暮らしを良くしてくれるなら、いくらでもお供えしてくれるでしょうけどね)
明治の御代が大正に変わって七年目。
世の中好景気にわいているらしいけど、ここ瀬戸内の小さな田舎町ではそんなことはない。
なのに物の値、特にお米の値が上がっているのだけは都会と一緒で、ほんと割に合わないと咲耶子は思う。
「うちの神社もそうだから。私の着物の新調なんて、とてもできません」
ネル地の雑巾を、神様の目の前にぶら下げる。
「これだって母の寝間着をほどいたものよ。私が夜なべして……」
「おお、ムカデの脚のような縫い目だと思うた。なるほどそなたの手縫いであったか」
大真面目な顔をして、神様は雑巾の縫い目をじっと見る。
(そこじゃない!)
つっこみたくなるのを、咲耶子はぐっとこらえた。
怒っても仕方ないことは、わかっていたから。
もっと神様の損得に関わる言い方にしなくちゃと、考える。
(そうだ。これなら!)
「暮らしが大変だから氏子さんも減るでしょうね。街へ働きに出る人も多いし」
「なんと申した? 生まれ育った土地を捨てる者がいるのか?」
神様の顔色が変わった。
普段は琥珀色の瞳も、金色に変わっている。
「いるわよ? 食べられなかったらそうするでしょう?」
「う……むぅ……。貧しいからと故郷を捨てるのか? 昔はそんな罰当たりな者はいなかった」
「いつのことをおっしゃってますか? 今は大正の御代ですよ」
土地に縛られる人がないではないけど、ほとんどの人にはどこに住むかを自分で決める自由がある。
「人が減ると困る。我はこの地の氏神だ。住まうものがいなければ、我は存在できない」
「ですから神様も少し我慢して……」
供え物に文句を言うなと言いかけたら、神様がしゅたりと立ち上がった。
「ならば! ならば豊かな男をこの町にいつかせよ。豪族の息子を連れてくれば良い」
「豪族なんて、今はいません」
「米や衣や土地を持つ者だ。人より多くな」
(お金持ちの息子ってこと? こんな田舎町に来てくれるかしら?)
そういえばと、咲耶子は思い出す。
東京のなんとかいう財閥の息子が、静養に来てるって。
雑貨屋の三郎丸商店で聞いたような……。
「咲耶子、そなた縁結びをせよ。この神社の存亡がかかった務めだ。否やはあるまいな?」
この上もなく美しい微笑で、神様はびしりと咲耶子に命じた。
亀甲菱をちらした白の狩衣は、この物資不足には信じられないくらいぜいたくに裁った極上品。
差し袴の下では足袋をはかない白い素足がひょいひょいと動いている。
「都会では景気がいいらしいけど、このあたりじゃ全然ダメ。物の値段ばかり上がって、みんな暮らしがしんどいんですからね」
咲耶子は言い聞かせる。
浮世離れしている神様には、リアルな暮らしの苦しさなんかわからないんだろうけど。
(お供えが少なくなったのだって、暮らしが苦しいからよ。暮らしを良くしてくれるなら、いくらでもお供えしてくれるでしょうけどね)
明治の御代が大正に変わって七年目。
世の中好景気にわいているらしいけど、ここ瀬戸内の小さな田舎町ではそんなことはない。
なのに物の値、特にお米の値が上がっているのだけは都会と一緒で、ほんと割に合わないと咲耶子は思う。
「うちの神社もそうだから。私の着物の新調なんて、とてもできません」
ネル地の雑巾を、神様の目の前にぶら下げる。
「これだって母の寝間着をほどいたものよ。私が夜なべして……」
「おお、ムカデの脚のような縫い目だと思うた。なるほどそなたの手縫いであったか」
大真面目な顔をして、神様は雑巾の縫い目をじっと見る。
(そこじゃない!)
つっこみたくなるのを、咲耶子はぐっとこらえた。
怒っても仕方ないことは、わかっていたから。
もっと神様の損得に関わる言い方にしなくちゃと、考える。
(そうだ。これなら!)
「暮らしが大変だから氏子さんも減るでしょうね。街へ働きに出る人も多いし」
「なんと申した? 生まれ育った土地を捨てる者がいるのか?」
神様の顔色が変わった。
普段は琥珀色の瞳も、金色に変わっている。
「いるわよ? 食べられなかったらそうするでしょう?」
「う……むぅ……。貧しいからと故郷を捨てるのか? 昔はそんな罰当たりな者はいなかった」
「いつのことをおっしゃってますか? 今は大正の御代ですよ」
土地に縛られる人がないではないけど、ほとんどの人にはどこに住むかを自分で決める自由がある。
「人が減ると困る。我はこの地の氏神だ。住まうものがいなければ、我は存在できない」
「ですから神様も少し我慢して……」
供え物に文句を言うなと言いかけたら、神様がしゅたりと立ち上がった。
「ならば! ならば豊かな男をこの町にいつかせよ。豪族の息子を連れてくれば良い」
「豪族なんて、今はいません」
「米や衣や土地を持つ者だ。人より多くな」
(お金持ちの息子ってこと? こんな田舎町に来てくれるかしら?)
そういえばと、咲耶子は思い出す。
東京のなんとかいう財閥の息子が、静養に来てるって。
雑貨屋の三郎丸商店で聞いたような……。
「咲耶子、そなた縁結びをせよ。この神社の存亡がかかった務めだ。否やはあるまいな?」
この上もなく美しい微笑で、神様はびしりと咲耶子に命じた。
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