産土神(うぶすながみ)様に婚活エージェントを頼まれました

yukiwa

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3.父に聞こう

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「いたっ……!」
 
 針が左の人差し指をついた。
 血が出るほどじゃないのは神様の加護のおかげなんだけど、それでも痛いものは痛い。
 
 手元の単着物ひとえを、咲耶子は恨めしそうに見る。
 毛織の上等の生地だけれど、つんと樟脳の臭いがする。
 元は母の普段着だったものだ。

 高等女学校の授業で入用だから、仕方なくほどいた。
 同級生には裕福な家の娘が多いから、ほとんどの子は新しい生地で仕立ているけど仕方ない。
 そんなことより気になるのは、今手元にある単着物が元よりずっとひどい出来になっていることだ。

(お裁縫、苦手なんだもの)

 母を失くしてから家のことは咲耶子が一人でやってきたけど、お裁縫だけはどうしても上手にならない。
 夜、薄暗い中の作業になるから目が疲れる。
 そのうえに臭いんだから。

(ナタネ油ならいいんだけどな……)

 咲耶子の家では、灯りの油はクジラだった。
 煤も煙も臭いけど、とにかく安いからだ。
 
 暗いし、臭いし。
 そんな中でいやいや縫物をして、上手になるはずがない。

「あー、もうやめた!」

 学校の課題提出はまだ少し先だ。
 いざとなったら隣の三郎丸商店のおかみさんにお願いしよう。
 そう決めて、咲耶子は行儀悪く足を投げ出した。
 
「どうするのよ?」

 見上げた天井に問いかける。
 今朝、学校へ行く前に神様から命じられたあの件だ。

(縁結び?)

 花も恥じらう十七歳のオトメになんて難題を。
 
(初恋もまだだっていうのに)

 でも神様に言わせれば、「もう十七歳」らしい。

「女子は十三にもなれば嫁ぐものだろう。そなたはなにゆえ独り身でおる?」

 腹が立つほど真面目な顔で言うから、嫌味ではないらしい。
 時代錯誤というか、ズレているというか。
 
(まあいつものことだけど……)
 
 いちいちこんなことで怒っていたら、神様とは話せない。
 それにしても縁結びなんて、とんでもない難題だ。
 婚儀の式次第ならよく知っているけど、そこまでの過程はまるで知らないんだから。
 はぁ……と大きなため息をついた時、障子戸の向こうでこほんと咳払いがした。

「咲耶子、いいかい?」

 父の声だった。


「はい、お父様」

 急いで姿勢を正すと、ガタガタと滑りの悪い音をたてて障子戸が開いた。

(明日にでも蝋を塗っておかないと……)

 納戸にまだ、使い古しの蝋燭が残っていたと思う。

「明後日、吉田の義兄上がおいでになるから。おまえにご用がおありだそうだよ」

 ほわんとした浮世離れした口調だ。
 この父、町で知らない人はいない美貌の神主だ。
 ついでに言うと、亡くなった母は瀬戸内界隈に聞こえた美貌の娘だったらしい。
 だからその娘の咲耶子も美しい娘だと言われているけど、そうだろうかと思う。
 
「お嬢さんはいつも慎ましくしておいでになるから」

 氏子さんたちはそう言ってくれるけど。
 父だって贅沢をしているわけじゃない。
 なのに四十歳を超えてまだ、青年のような透明感を失わない。
 
(素材が違うんだと思うわ)

「咲耶子? どうかしたかい?」

 思わず父の顔に見惚れて、ぼーっとしていた。
 
「疲れているなら早くやすみなさい。繕い物は明日でいいじゃないか」

 父、気遣ってくれているのはわかる。
 でも繕い物と着物の仕立てをいっしょにしないでほしい。
 
(いくらお裁縫が下手だからって……)

 ちょっと言い返そうとして、はっと思いついた。

(父なら知ってるかも)

 東京のなんとかいう財閥の息子のことだ。
 こんなズレた父でも、この地方の名士だ。
 この町の情報は入ってくるはず。

「伯父様のことはわかりました。ところでお父様、東京からどなたかおみえになっているのですか?」

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