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4.神様、自分でしてください
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「ああ、五崎財閥の、たしかご次男が静養にいらしてるよ」
黒目がちの目を少しだけ見開いているから、父は少し驚いているみたい。
(私が殿方に興味があるって、珍しいんだろうな)
学校のこと、家のことに追いまくられて、殿方どころじゃなかったから。
そしてそれは今も変わってないんだけど。
「お父様はお目にかかったのですか?」
「いや、代理の方がご挨拶においでになった。ご令息はお忍びの静養中だから、お付き合いはご遠慮させてほしいとね」
五崎家といえば、日本で三本の指に入る財閥家だ。
こんな田舎町にいる咲耶子でも、名前くらいは知っている。
「五崎の若君が、どうしてこんな田舎に?」
「どうしたんだい? よそ様のおうちの事情を聞きたがるものではないよ」
微笑んではいたけど、父の目は厳しかった。
こういうとこ、神職の父はくそ真面目なのだ。
小さな町の神主には、地元の情報が知らず知らず集まってくる。
それは聞いて聞かないフリをするのが神職。
「神様の前だから、みんな油断して話してるんだ。忘れてはいけないよ」
こういうびしっとした父は好きだ。
凛々しくてかっこいいと思う。
できればこの凛々しさ、生活の、主に家計のために向けてくれたらいいのにとも思うけど。
(まあ無理だろうな。営業努力って言葉、多分知らない人だから)
「はい、お父様。ごめんなさい。気をつけます」
「もう遅いから、早くおやすみ」
「はい、お父様」
ガタガタと音をたてて障子戸が閉まる。
午後八時。
朝の早い咲耶子の家では、たしかに「もう遅い」時間だった。
(灯りの油ももったいないし)
お針の始末をしたら寝た方がいい。
(明日、神様に叱られるだろうな)
薄い布団に入ると、すとんと眠りに落ちていた。
しゅる……。
袴の帯を締める時の、この音が好きだ。
ぎゅっと両腕に力を入れて帯を引いて、父の腰で締めて結ぶ。
「いってらっしゃいませ」
手燭を持った父に、咲耶子は三つ指をついて見送る。
早朝四時過ぎには始まる、咲耶子の家の儀式のようなものだ。
(袴、だいぶくたびれてたな)
洗い張りしないといけないんだろうけど、咲耶子はお裁縫が苦手だ。
(困ったな)
町の洗い張りやに出すと、当然だけど無料じゃない。
(お米でなんとかしてもらおう)
最近の米の値上がりで、この町では現金よりお米を持って行った方が喜ばれる。
こんな時のために、咲耶子はお米を始末して暮らしている。
そしてその米は、母の兄、咲耶子には伯父が、毎年秋にたっくさん持ってきてくれる。
(ほんとに伯父様には足を向けて寝られない)
そんなことを思いながら、朝のご飯のために竈に火を熾す。
釜の中身は米と麦が半々だ。
一日分をまとめて炊く。
(混ざらないように今日は気をつけないと。昨日はかなり麦が入ってたから)
父と咲耶子のお弁当には、できるだけ白米ばかりを詰める。
びっしり浮き上がった麦を避けて、底に沈んだ白米だけをすくって入れるのだけど、これがなかなか難しい。
昨日は失敗して、完全に麦飯状態のお弁当だった。
「咲耶子さん、今日は麦のごはんですのね」
仲良しの美奈子さんに悪気がないのは知っている。
でも花が咲いたように美しい、美奈子さんのお弁当にはちょっとだけ引け目を感じてしまった。
朝の炊事と食事を済ませたら、参道の掃き掃除。
そしていよいよ本殿の拭き掃除だ。
(神様に途中経過、報告しないとなんだけど……。怒るだろうな)
本殿へ続く石段を上がりながら、咲耶子は首を振る。
(いや、縁結びとか無理でしょう。私のどこにそんな暇があるっていうのよ)
そうだ。
咲耶子にそんなことを頼む方がどうかしている。
(自分でしたらいいでしょ)
もし怒られたら、そう言ってやろう。
黒目がちの目を少しだけ見開いているから、父は少し驚いているみたい。
(私が殿方に興味があるって、珍しいんだろうな)
学校のこと、家のことに追いまくられて、殿方どころじゃなかったから。
そしてそれは今も変わってないんだけど。
「お父様はお目にかかったのですか?」
「いや、代理の方がご挨拶においでになった。ご令息はお忍びの静養中だから、お付き合いはご遠慮させてほしいとね」
五崎家といえば、日本で三本の指に入る財閥家だ。
こんな田舎町にいる咲耶子でも、名前くらいは知っている。
「五崎の若君が、どうしてこんな田舎に?」
「どうしたんだい? よそ様のおうちの事情を聞きたがるものではないよ」
微笑んではいたけど、父の目は厳しかった。
こういうとこ、神職の父はくそ真面目なのだ。
小さな町の神主には、地元の情報が知らず知らず集まってくる。
それは聞いて聞かないフリをするのが神職。
「神様の前だから、みんな油断して話してるんだ。忘れてはいけないよ」
こういうびしっとした父は好きだ。
凛々しくてかっこいいと思う。
できればこの凛々しさ、生活の、主に家計のために向けてくれたらいいのにとも思うけど。
(まあ無理だろうな。営業努力って言葉、多分知らない人だから)
「はい、お父様。ごめんなさい。気をつけます」
「もう遅いから、早くおやすみ」
「はい、お父様」
ガタガタと音をたてて障子戸が閉まる。
午後八時。
朝の早い咲耶子の家では、たしかに「もう遅い」時間だった。
(灯りの油ももったいないし)
お針の始末をしたら寝た方がいい。
(明日、神様に叱られるだろうな)
薄い布団に入ると、すとんと眠りに落ちていた。
しゅる……。
袴の帯を締める時の、この音が好きだ。
ぎゅっと両腕に力を入れて帯を引いて、父の腰で締めて結ぶ。
「いってらっしゃいませ」
手燭を持った父に、咲耶子は三つ指をついて見送る。
早朝四時過ぎには始まる、咲耶子の家の儀式のようなものだ。
(袴、だいぶくたびれてたな)
洗い張りしないといけないんだろうけど、咲耶子はお裁縫が苦手だ。
(困ったな)
町の洗い張りやに出すと、当然だけど無料じゃない。
(お米でなんとかしてもらおう)
最近の米の値上がりで、この町では現金よりお米を持って行った方が喜ばれる。
こんな時のために、咲耶子はお米を始末して暮らしている。
そしてその米は、母の兄、咲耶子には伯父が、毎年秋にたっくさん持ってきてくれる。
(ほんとに伯父様には足を向けて寝られない)
そんなことを思いながら、朝のご飯のために竈に火を熾す。
釜の中身は米と麦が半々だ。
一日分をまとめて炊く。
(混ざらないように今日は気をつけないと。昨日はかなり麦が入ってたから)
父と咲耶子のお弁当には、できるだけ白米ばかりを詰める。
びっしり浮き上がった麦を避けて、底に沈んだ白米だけをすくって入れるのだけど、これがなかなか難しい。
昨日は失敗して、完全に麦飯状態のお弁当だった。
「咲耶子さん、今日は麦のごはんですのね」
仲良しの美奈子さんに悪気がないのは知っている。
でも花が咲いたように美しい、美奈子さんのお弁当にはちょっとだけ引け目を感じてしまった。
朝の炊事と食事を済ませたら、参道の掃き掃除。
そしていよいよ本殿の拭き掃除だ。
(神様に途中経過、報告しないとなんだけど……。怒るだろうな)
本殿へ続く石段を上がりながら、咲耶子は首を振る。
(いや、縁結びとか無理でしょう。私のどこにそんな暇があるっていうのよ)
そうだ。
咲耶子にそんなことを頼む方がどうかしている。
(自分でしたらいいでしょ)
もし怒られたら、そう言ってやろう。
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