【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

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第三章 影が差す

03 歯痒さ

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「知ってるか? 特進コースの新倉って奴が行方不明なんだってさ」

 朝のSHRショートホームルームが終わり、秋山が教室を去るや否や、健斗けんとがクラス全体に尋ねるように大きな声で言った。

「行方不明? マジ?」最初に吉田よしだが反応した。「初耳なんだけど。いつからよ」

「一昨日の火曜日から家に帰ってないんだって」健斗の代わりにるりかが答えた。「学校には来てたみたいだから、帰宅途中に何かあったのかも?」

「わたしも今初めて聞いた」

「俺も」

「うちも」

「新倉って確か書道部の奴で、段持ちじゃなかったか?」

「家がお金持ちで、両親は教師だって聞いた事があるよ。違ったっけ?」

「父親は教育委員会、母親は確か中学教師」

 佐藤さとうの問いには亜衣が答えた。

「まさか金目的の誘拐!?」

「そういえば去年か一昨年にも、高校生が誘拐されそうになった事件があったよね! K県の何処ら辺だったかは忘れたけど」

 教室内が徐々に騒がしくなってきた。

「はいはい皆、もうちょい静かに」公彦きみひこが口元で人差し指を立てた。「あんまりうるさいと、隣のクラス辺りから注意されちゃうからさ」

 新倉の話題はまだ続いていたが、公彦がやんわり注意を促してからは、それぞれが声の大きさに気を遣った。まるで今にも沸騰しそうだったやかんが、火を消すか弱めた事で落ち着いたようだなと麗美は思った。

「ねえねえ」公彦が麗美の肩をシャーペンのペン尻部分で軽くつっついた。「新倉君てどんな子? 朝比奈あさひなさん知ってる?」

「あー、うん、一昨日知った」

「一昨日?」

「亜衣ちゃんと千鶴ちゃんの三人で美術室に行く途中、階段ですれ違ったんだ。その時に亜衣ちゃんに教えてもらった」そこまで言ってから、麗美は声を小さくした。「ジロジロ見て馬鹿にしたように笑ってきて、ヤな感じだった。性格悪いんだって」

「あ、そうなんだ……?」公彦は微かに苦笑を浮かべた。

 麗美が千鶴の方に目をやると、丁度千鶴もこちらを向いたところだった。どちらからともなく手を振ると、後ろの公彦も真似をしてニッと笑った。


「れ~みちゃんっ!」

 帰りのSHR──新倉に関する話は一切出て来なかった──が終了するや否や、亜衣が麗美の席までやって来た。

「あ、今日はいいや」

「まだ何も言ってないのに!」

「え、また美術部のお誘いじゃないの?」

「うん、まあその通りだけど! その通りなんだけどっ!」亜衣は悔しそうに拳を振るわせた。

「え、もしかして勧誘ノルマでもあるの……?」

「宗教団体じゃないんだから!」

「麗美さん、今日はどうするんですか?」

 千鶴と、更にその後ろから七海もやって来た。

「今日はすぐ帰る。夕方母親と待ち合わせしてるから」

「あ、なーんだそうだったんだ!」

 亜衣は笑顔で七海の背中をバシリと叩いた。

「いや痛いわ。何だ急に」

「何となく」

「亜衣さん、良かったら今日も参加していいですか?」千鶴が小さく挙手しながら言った。「一昨日のちぎり絵、結構楽しかったんで」

「勿論だよ~!」亜衣は千鶴に抱き付いた。

「わたしも今日は家の用事があるから、このまま帰る」七海は亜衣から麗美の方を向いた。「途中まで一緒に帰ろ?」

「うん」

 麗美が椅子から立ち上がった時だった。

「朝比奈さんそのままストップ!」

「え……?」

 窓側から一列目、後ろから二番目の席の向田むこうだが走り寄って来た。女子の学級委員で、千鶴程ではないが短い黒髪に、黒縁の眼鏡を掛けている。以前は紫縁の眼鏡を掛けていたが、雷音チャラメガネにお揃いだと言われた次の日の朝一で買い替えたという噂がある。

「はい、そのまま動かないでね。ちょっとごめんなさいねーっ!」

 向田は麗美の足元にしゃがんで手を伸ばすと、すぐに立ち上がった。

「どうしたの向田ちゃん」

「いやあ、これ落としちゃって」

 向田の右の掌には、すっかり丸まった小さな白い消しゴムが一つ。

「あ、それを転がしちゃったと」

「そうなのそうなの。朝比奈さんの足のすぐ近くで止まったのはいいけど、いつ踏んじゃってもおかしくなかったから──」

 向田が軽く右手を動かした拍子に消しゴムが落ち、教室後方のドアまで転がっていった。

「あー、落ちた落ちたほら!」

「わああっしまった! またやっちゃった!」

 向田は慌てて麗美の席の後ろを通って消しゴムを追い掛けた。麗美たちだけでなく、その光景を目にしていた生徒たちの間で笑いが起こる。

「向田ちゃんドジっ子だなぁ~!」

「ちょっとしたコントだよね」

「本当だね」

 麗美は亜衣や七海と共に向田の様子を目で追いながら笑っていたが、千鶴だけは自分を見ている事に気付いた。

「……千鶴ちゃん?」

「何かを──」

 向田の悲鳴に近い声が上がった。自分のつま先で消しゴムを蹴ってしまい、廊下に飛び出してしまったらしい。

「あんなに消しゴムに翻弄される奴は初めて見たぞ」

 山田やまだがぼやくと、再び笑いが起こった。

「あーもう、心配だからちょっと行ってくる!」

「あ、わたしも~」

 亜衣と七海は向田の後を追った。二人が離れると、麗美はどうしたのかと問うように千鶴に目配せした。

「麗美さん……今のわたしたち、何か忘れてませんか」

「それって、この間の違和感と同じ?」

「ええ。でもごめんなさい、自分で言っておきながら全然はっきりわからないんです。頭にもやが掛かったような。うう、このままの状態は何か気持ち悪いなあ」千鶴は頭を抱えた。

 ──また〝あいつ〟が何かしたんだ。わたしたちの記憶に干渉して。

 麗美はゴクリと唾を呑み込んだ。

 ──でも……一体何を? 何を忘れさせたの?

「消しゴム無事だったよ~」

「ども、ご迷惑お掛けしましたっ!」

 亜衣と七海、向田が戻って来た。

「ああ、なら良かったです」

「千鶴ちゃんたちは何話してたの?」

「いやまあ、ちょっとした事です」

 麗美はいつ再会出来るのかわからない、謎多き美しい友人の笑顔を思い出していた。

 ──絵美子、どうしよう? 全然わかんないよ。

〝麗美、しばらくわたしに会いに来ちゃ駄目〟

 ── わたしには何にも出来ないの?

 麗美は歯痒さと無力な自分に苛立ち、唇を噛み締めた。
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