男の娘と暮らす

守 秀斗

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第6話:コンビニに雇われる一乗寺君

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 次の日。

 プロジェクトは、再度見直しみたいな状況になっている。
 ああ、サラリーマンは辛い職業だ。

 いつものように、夜中にヘトヘトになって家に帰る。
 アパートのドアを開ける。
 ジーンズ姿の一乗寺君が出てきた。

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 なんのこっちゃと思った。
 そう言った一乗寺君も慌てている。

「すみません、つい癖で」
「そういう仕事をしてたの。って、言うかさせられてたのか」

「そうですね。秋葉原の男の娘のメイド喫茶で働かされてました。店自体は割と普通だったんですけど」
「そう言えば、アキバもそういう店は少なくなったって噂を聞いたことがあるけど。もうオタクの街ではなくなったって。違うのかな。外国人の観光地になってしまったとか。オタクは消えて外人ばっかりとか」
「いえ、店は少なくなりましたけど、固定客はいますので。ところで、夕食はどうしますか」

「夕食はコンビニ弁当を買ってきたんだけど」
「そうですか。あの、よろしければ、毎日、僕が作りますけど」

 うーん、一乗寺君の料理は美味しいし、最近、物価高でコンビニ弁当も急騰してるんだよなあ。多少は節約するかな。

「ああ、じゃあ、明日からよろしく頼むよ。金を渡しておこう」
「はい、わかりました」
 
 そんなわけで、コンビニ弁当を温めると、一乗寺君が自分の分を作るのを待っている。
 そんな俺を見て、一乗寺君が声をかける。

「あ、お先にどうぞ、ご主人様」
「は、ご主人様?」
「す、すみません、癖になってまして」
「ああ、いいよ。それに待ってるよ」

 手際よく自分の夕食を作る一乗寺君。
 一緒に、夕飯を食べながら、いろいろと聞いた。

「そう言えば、売春させられたとか言ってたけど、どうなってるの」
「あの、その時は店じゃなくて、佐島の家で秘密でさせられてました。嫌だったんですけど、断ると佐島に殴る蹴るされるんで従っていたんです。でも、もう限界になって逃げ出したんです」

 ヒモみたいな生活をしてたのかね、あの佐島ってのは。

「一乗寺君は男の娘のメイド喫茶で人気あったの」
「えーと……それなりにあったと思いますけど……」

 何となく顔を赤くする男の娘の一乗寺君。
 まあ、その趣味の人には、これくらい可愛いとたまらないだろうなあ。
 この子、性格も良さそうだし。

 あれ、部屋を見回すと、ほとんど掃除していなかった小汚い部屋が整理整頓されてきれいになっている。

「ひょっとして、掃除とかしてくれたんだ」
「はい。あの、無料で泊まらせてくれたり食費を出してくれたりといろいろと山本さんには面倒かけたんで、せめて掃除くらいはしなきゃいけないと思って」

 なんだか家政婦を雇ったような気がしてきたなあ。

「そう言えば、例の元カレの清水さんはどうなったの」

 俺の質問に一乗寺君が暗い顔をしている。

「まだ、拘留されたままです。今日も会いに行ったんですが、清水さん本人は正当防衛を主張しているようですけど、警察には過剰防衛じゃないかって言われてしまったそうです。ただ、佐島の方から殴りかかったのは確からしいんです。弁護士さんにも会いました。多分、刑事事件としては不起訴処分になるんじゃないかって言ってました。でも、民事訴訟で大金を請求されるかもって感じなんです」

 背骨を折ってしまったのはまずいかなあと俺も思った。
 もし、身体麻痺とかになったら、かなり多額のお金を請求されるかもしれない。

 その元カレの清水って人は大変だろうなあ。
 まあ、俺には関係ないけど。

「けど、俺は疲れてるんで、悪いけどもう寝るから」

 睡眠薬を飲んでベッドに潜り込む俺。
 
「あの、いいですか……僕も入って」
「ああ、いいよ……」

 いつものようにパジャマ姿でベッドに入って来る一乗寺君。
 なんかいい匂いがするね。
 香水でも付けてるのか。

 どうでもいいや。
 すぐに寝た。

……………………………………………………

 翌朝、いつものように早期覚醒。
 すると、料理の匂いがしてくる。

 一乗寺君がテーブルの前で座っている。

「おはようございます。多分、そろそろ山本さんが起きてくると思って、朝食を準備しておきました」
「ああ、ありがとう」

 でも、食欲ないんだよなあ。
 と思ったら、一乗寺君の料理は美味しい。
 全部食べてしまった。

 すると、なぜか一乗寺君がまたおどおどした感じで俺に言ってきた。

「あの、すみません、昨日、言えなかったんですけど」
「なんだい」

「連絡先なんですけど、警察にはスマホの番号は教えたんですが、住所も聞かれて僕は佐島のとこに住んでたんですけど、もう、そこには二度と戻りたくないので、ここの住所を教えてしまったんですけど……」
「うーん、連絡はスマホに来るんだよね」
「そうですね」

「じゃあ、いいよ、それで」
「ありがとうございます。昨日は山本さんが怒るかもしれないと言えなかったんです」

 どうなんだろう。
 一応、暴力事件か傷害事件の警察沙汰になった関係者として住所を警察に知られることになったのか。

 けど、この男の娘は別に犯罪者じゃないもんなあ、むしろ被害者じゃないの。
 どうでもいいや、EDだし。って、EDは関係ないか。

「別に怒らないよ。じゃあ、俺は会社に行くんで」

 俺がカバンを持って玄関から出ると、また一乗寺君が言った。

「いってらっしゃいませ、ご主人様」
「え、ご主人様?」

 そして、また顔を赤くする一乗寺君。

「す、すみません、仕事の癖がまた出てしまって……」
「まあ、ええわ。そういや、君、学校はどうなってるの」

「中学で終わりです」
「そうなんだ。じゃあ、仕事とかどうするの」

「そこら辺、悩んでいるんですけど」
「その、男の娘喫茶とかはもう嫌なの」
「……あまり行く気はないですね。正直、うんざりです」

 この子の可愛さならすぐに売れっ子になれそうだけどなあ、その手の店で。

「うーん、そうだ、あの近くのコンビニでバイトでもしたらどうかな」
「そうですね。ちょっと面接に行ってきます。雇ってくれるかどうか、わかりませんけど」 

 あのバイトに逃げられて、過労死しそうなコンビニのオーナーならすぐに雇ってくれそうだけどなあと俺は思った。

……………………………………………………

 そして、深夜に帰宅。
 また一乗寺君が出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ……いや、お帰りなさい」
「ただいま」

 そして、夕食を作ってくれる。

「そう言えば、コンビニのバイトってどうなったの」

 一乗寺君が嬉しそうに答える。

「即、採用になりました」

 まあ、人手不足で疲労困憊、過労死しそうな、あのコンビニのオーナーさん、バイトに来てくれるなら外国人でも男の娘でも猫でも幽霊でも誰でもいいって感じだったもんなあ。

「勤務時間はちょっと変則的で、平日の午前五時から午前九時、午後一時から午後五時までなんです」
「ふーん、でも、君は学校とか行ってないからいいんじゃないの」

「でも、朝食を作ってから、出勤しますけど、その、料理の音が出て山本さんのご迷惑にならないかと思って」
「いや、大丈夫だよ。いつも、午前四時頃には起きてるからね」

「あれ、そうなんですか」
「早期覚醒ってやつだな。まあ、精神薬飲んでるんでな」

「……そうだったんですか、お仕事大変そうですね。あの、僕がいて、ご迷惑じゃないですか」
「ああ、いいよ、別に。料理も作ってくれるし、掃除もしてくれるんで、ありがたい」

 そうは言ったものの、この子と暮らしていていいのだろうかと思った。
 全くの他人だもんなあ。
 ただ、今はあんまり仕事以外のことは考えたくはない。

 どうでもいいやとも思ってしまうなあ。

 まあ、いいか。
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