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第8話:元気のない一乗寺君
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さて、翌日。
職場からの帰り道。
俺は少しほっとしている。
今日は金曜日だ。
明日、土曜日は会社に行かなくていいんだ。
嬉しいぞ。
実際のところ、土日は寝ているだけなんだけどなあ。
すっかり人生に疲れている。
でも、まあ、職場でパワハラ上司に怒鳴られるよりは全然ましだけどな。
そして、例によって一乗寺君が作ってくれる夕食。
美味しいなあ。
うむ、この食事を作ってくれるだけで、俺は一乗寺君と一緒に住んでいて嬉しいぞ。
しかし、その一乗寺君の元気が無い。
あまり喋らない。
「どうしたの、一乗寺君。例の空手家の清水さんがまずい状況になったの」
「いえ、そちらの方はまだどうなるかわからない感じです……」
そして、押し黙ってしまう一乗寺君。
「もしかして、体調悪いの。それとも、あのコンビニの店長がパワハラ野郎だったとか」
「いえ、コンビニの仕事は順調です」
「でも、なんか悩みがありそうなんだけど」
ちょっと、また黙ってしまう一乗寺君。
そして、少しずつ話始める。
「今日、早朝の仕事が終わった後、母の見舞いに行ったんです。都内ですけど」
「ああ、精神病院に入院しているお母さんのところだね」
精神病に嫌悪感を抱く人もこの世間一般には結構いるが、俺も精神科クリニックに通っているので、一乗寺君の母親が精神病だとしても特に気にはならない。むしろ同病相憐れむって感じだな。
「二度と来るな、顔も見たくないって言われて……」
「え、なんで」
「僕が睡眠薬を盗んだのがバレてしまったようなんです」
「なんで。どうして、薬を盗んだの」
睡眠薬なら捨てるほど俺は持ってるがなあ。
なんだか、精神薬ってどんどん溜っていくんだよ。
医者が念のためってことで少し余分にくれるもんだから、どんどん増えていくんだよなあ。
おっと、一乗寺君のお母さんの話だっけ。
「佐島のとこから逃げたかったんです。それで、睡眠薬をビールに入れて飲ませようとして、この前、母のお見舞いに行った時に盗んじゃったんです」
「その、お見舞いの時に逃げられなかったの」
「佐島が見張ってたし、病院までも佐島の自動車に乗ってたんで無理でした」
病院の人に相談すればいいのにと思ったが、病院も迷惑かねえ。
うまく、警察と連携とれなかったのかなあ。
まあ、結局、佐島ってのは暴力団員じゃなかったから、民事不介入の原則とかで警察も相手にしてくれなかったかもしれん。
あれ、そもそも一乗寺君は何で俺の家の前で寝てたんだ。
思い出したぞ。
あの時、アルコールの匂いがしたなあ、一乗寺君から。
「最初に君と会った日なんだけど、君はお酒を飲んでたよねえ」
「そうです。あの日は病院から盗んであった睡眠薬をビールに混ぜて、佐島たちに出したんです。それで連中が寝込んだら逃げるつもりだったんですけど、お前も飲めって言われて。僕、お酒とか苦手なんですけど『俺の酒が飲めないのか!』って、殴られて仕方なく飲んだんです。そんなに飲みませんでしたが。それで、佐島たちが眠った後、逃げ出して清水さんのとこに向かったんですけど」
「アルコールと睡眠薬の併用はまずいけどねえ。相性が悪いぞ、すぐに眠くなったりする」
しかし、佐島ってのも、俺のパワハラ上司と似たようなことしやがったんだな。
酒の強要とか最悪だよな。
二十歳前の女の子に無理矢理飲ませるなよ。
おっと、男の娘か。
まあ、あのパワハラ上司はさすがに殴りはしなかったけどなあ。
「そうなんですか。ただ、僕も必死だったんで」
「ああ、いや、君を非難するつもりはないよ」
「それで都電に乗って、ここの近くの駅で地下鉄に乗り換えるはずだったんですけど。その、駅が離れていて、おまけに夜遅かったものですから終電に間に合わないかもって気付いたんです。自分も薬の影響なのかお酒のせいかよくわからない感じで頭がフラフラして、どこか公園でもないかなあ、ベンチで眠るしかないかなあって歩いていて、気が付いたら山本さんのアパートの玄関の前で寝込んじゃったんです……本当に申し訳ありません」
あの時、どうも、一乗寺君がフラフラした感じだったなあと俺は思い出した。
アルコールだけじゃなくて睡眠薬のせいか。
「いや、別に謝らなくてもいいよ」
「……ありがとうございます……それで、僕が睡眠薬をくすねたのが防犯カメラに映っていたんですよ。それがバレて、母は病院を追い出されるところだったんです。何とかそれは病院側が不問にしてくれましたが。でも、今日、お見舞いに行ったら、すごく怒られて……」
「まあ、盗んだのはまずいよねえ。でも、佐島の件を言えばよかったのに」
「いえ、すぐに面会は終わりました。母はかなりおかしくなってるんです……もう、だめですね」
辛い人生だなあ、まだ十八才なのに。
なんだかものすごく、一乗寺君のことがかわいそうになってきた。
「一乗寺君のお母さんって、その、なんで入院することになったの」
「……元々、心の弱い人だったんですけど……いろいろとありまして、父と兄は事故で死んでしまったし、それで入院することになって……」
夫と息子が亡くなって、ショックでおかしくなってしまったのかなあ。
一乗寺君は話したがらない感じがしたので、それ以上聞くのはやめた。
「俺には何も出来ないけど、その、もうだめとか考えるのはよくないんじゃないかなあ。おっと、偉そうかな」
「……いえ、ありがとうございます……」
そして、また黙ってしまう一乗寺君。
俺は自分の両親や姉、兄の顔を頭に浮かべる。
家族全員元気だ。
ケンカもしたことがあるけど、まあ、普通の家庭だな。
全員、健康だし。
おっと、俺はEDだけどなあ。
まあ、あまり一乗寺君の家族のことを聞くのはやめようと思ったのだけど。
職場からの帰り道。
俺は少しほっとしている。
今日は金曜日だ。
明日、土曜日は会社に行かなくていいんだ。
嬉しいぞ。
実際のところ、土日は寝ているだけなんだけどなあ。
すっかり人生に疲れている。
でも、まあ、職場でパワハラ上司に怒鳴られるよりは全然ましだけどな。
そして、例によって一乗寺君が作ってくれる夕食。
美味しいなあ。
うむ、この食事を作ってくれるだけで、俺は一乗寺君と一緒に住んでいて嬉しいぞ。
しかし、その一乗寺君の元気が無い。
あまり喋らない。
「どうしたの、一乗寺君。例の空手家の清水さんがまずい状況になったの」
「いえ、そちらの方はまだどうなるかわからない感じです……」
そして、押し黙ってしまう一乗寺君。
「もしかして、体調悪いの。それとも、あのコンビニの店長がパワハラ野郎だったとか」
「いえ、コンビニの仕事は順調です」
「でも、なんか悩みがありそうなんだけど」
ちょっと、また黙ってしまう一乗寺君。
そして、少しずつ話始める。
「今日、早朝の仕事が終わった後、母の見舞いに行ったんです。都内ですけど」
「ああ、精神病院に入院しているお母さんのところだね」
精神病に嫌悪感を抱く人もこの世間一般には結構いるが、俺も精神科クリニックに通っているので、一乗寺君の母親が精神病だとしても特に気にはならない。むしろ同病相憐れむって感じだな。
「二度と来るな、顔も見たくないって言われて……」
「え、なんで」
「僕が睡眠薬を盗んだのがバレてしまったようなんです」
「なんで。どうして、薬を盗んだの」
睡眠薬なら捨てるほど俺は持ってるがなあ。
なんだか、精神薬ってどんどん溜っていくんだよ。
医者が念のためってことで少し余分にくれるもんだから、どんどん増えていくんだよなあ。
おっと、一乗寺君のお母さんの話だっけ。
「佐島のとこから逃げたかったんです。それで、睡眠薬をビールに入れて飲ませようとして、この前、母のお見舞いに行った時に盗んじゃったんです」
「その、お見舞いの時に逃げられなかったの」
「佐島が見張ってたし、病院までも佐島の自動車に乗ってたんで無理でした」
病院の人に相談すればいいのにと思ったが、病院も迷惑かねえ。
うまく、警察と連携とれなかったのかなあ。
まあ、結局、佐島ってのは暴力団員じゃなかったから、民事不介入の原則とかで警察も相手にしてくれなかったかもしれん。
あれ、そもそも一乗寺君は何で俺の家の前で寝てたんだ。
思い出したぞ。
あの時、アルコールの匂いがしたなあ、一乗寺君から。
「最初に君と会った日なんだけど、君はお酒を飲んでたよねえ」
「そうです。あの日は病院から盗んであった睡眠薬をビールに混ぜて、佐島たちに出したんです。それで連中が寝込んだら逃げるつもりだったんですけど、お前も飲めって言われて。僕、お酒とか苦手なんですけど『俺の酒が飲めないのか!』って、殴られて仕方なく飲んだんです。そんなに飲みませんでしたが。それで、佐島たちが眠った後、逃げ出して清水さんのとこに向かったんですけど」
「アルコールと睡眠薬の併用はまずいけどねえ。相性が悪いぞ、すぐに眠くなったりする」
しかし、佐島ってのも、俺のパワハラ上司と似たようなことしやがったんだな。
酒の強要とか最悪だよな。
二十歳前の女の子に無理矢理飲ませるなよ。
おっと、男の娘か。
まあ、あのパワハラ上司はさすがに殴りはしなかったけどなあ。
「そうなんですか。ただ、僕も必死だったんで」
「ああ、いや、君を非難するつもりはないよ」
「それで都電に乗って、ここの近くの駅で地下鉄に乗り換えるはずだったんですけど。その、駅が離れていて、おまけに夜遅かったものですから終電に間に合わないかもって気付いたんです。自分も薬の影響なのかお酒のせいかよくわからない感じで頭がフラフラして、どこか公園でもないかなあ、ベンチで眠るしかないかなあって歩いていて、気が付いたら山本さんのアパートの玄関の前で寝込んじゃったんです……本当に申し訳ありません」
あの時、どうも、一乗寺君がフラフラした感じだったなあと俺は思い出した。
アルコールだけじゃなくて睡眠薬のせいか。
「いや、別に謝らなくてもいいよ」
「……ありがとうございます……それで、僕が睡眠薬をくすねたのが防犯カメラに映っていたんですよ。それがバレて、母は病院を追い出されるところだったんです。何とかそれは病院側が不問にしてくれましたが。でも、今日、お見舞いに行ったら、すごく怒られて……」
「まあ、盗んだのはまずいよねえ。でも、佐島の件を言えばよかったのに」
「いえ、すぐに面会は終わりました。母はかなりおかしくなってるんです……もう、だめですね」
辛い人生だなあ、まだ十八才なのに。
なんだかものすごく、一乗寺君のことがかわいそうになってきた。
「一乗寺君のお母さんって、その、なんで入院することになったの」
「……元々、心の弱い人だったんですけど……いろいろとありまして、父と兄は事故で死んでしまったし、それで入院することになって……」
夫と息子が亡くなって、ショックでおかしくなってしまったのかなあ。
一乗寺君は話したがらない感じがしたので、それ以上聞くのはやめた。
「俺には何も出来ないけど、その、もうだめとか考えるのはよくないんじゃないかなあ。おっと、偉そうかな」
「……いえ、ありがとうございます……」
そして、また黙ってしまう一乗寺君。
俺は自分の両親や姉、兄の顔を頭に浮かべる。
家族全員元気だ。
ケンカもしたことがあるけど、まあ、普通の家庭だな。
全員、健康だし。
おっと、俺はEDだけどなあ。
まあ、あまり一乗寺君の家族のことを聞くのはやめようと思ったのだけど。
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