6 / 8
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
「あなたは……どうしたい?」切ない問いかけ
しおりを挟む
*
夢から目覚めたイリアが、静かにまぶたを開けると、すぐ目の前にフェイランの顔があった。
夜明け前の淡い光が、こちらをのぞき込む彼の顔を浮かび上がらせる。
「……陛下?」
かすれた声に、フェイランがわずかに身を引く。気まずそうに息をついたその姿に、イリアの胸が不思議とざわめいた。
「どうされたのですか?」
「眠れなかった」
短い答えのあと、フェイランはベッドの端に腰を下ろした。その背中はいつものように拒絶するものではない。
何か話したいことがあるのかもしれない。イリアが身体を起こし、見守っていると、彼はぽつりとつぶやく。
「……結婚請願書を書こうと思う」
思いもよらない言葉に、イリアはまばたきをした。
「請願書……ですか?」
「そうだ。王の署名をもって、正式な婚姻として記録する文書だ。本来ならば、すでに提出されるべきものだったが……」
振り返ったフェイランは、わずかに視線をそらす。
「いずれ離縁するつもりだった。だから、必要ないと思っていた」
イリアは何も言えずに黙っていた。
側妃として扱うことなく、王都のはずれにある屋敷に住まわせようとしていたのだ。
今なら、わかる。その決断はもっとも侮辱的であるにも関わらず、彼はそれを優しさだと思っていたのだと。
「……責められても仕方がない。だが今は、あなたにみじめな思いをさせたくない」
思わず、イリアはフェイランの背中にすがるように、ひたいを押し付けていた。
「私は、何も……何も気にしてはおりません。私は……」
言われるがままに嫁いできただけ……。
そう言いかけて、イリアは唇をかんだ。それを言葉にしたら、ひどく彼も自分も傷つける気がした。
「あなたは……王になど興味はないのだろう?」
何を誤解したのか、フェイランはあざけるように小さく笑った。
違う。……今は違う。彼は誤解している。だけど、きっぱりと否定できない。少なくとも、父から結婚するよう言われたときは、伯爵家の対面ばかり考えていたのではないか。
そんな自分が何を言っても、傷ついた彼に信用などしてもらえないだろう。
「あなたは……どうしたい?」
フェイランは戸惑いを浮かべた顔で、イリアの肩に触れた。
もしかしたら、務めを果たしたいと告げたら、彼はそのようにしてくれるかもしれない。結婚請願書を書く気になったのは、そのつもりがあるからだろう。そして、イリアを離縁という形で解放する気なのだ。
「こうして毎晩訪ねるのは、重荷でしたか……?」
フェイランは黙っていた。肯定を恐れているのだろう。
イリアは思い切って口を開いた。
「……リゼット様とお子をもうけられた方が、よいのではありませんか」
その言葉は自身を傷つけた。胸がぎゅっと苦しくなり、嫌だ嫌だと叫び出しそうだった。
「イリア……」
フェイランは初めてイリアの名を呼んだ。
戸惑うイリアの顔をのぞき込み、片腕で彼女の背中を抱き寄せる。
思いのほか、たくましい腕に驚いた。
剣よりも筆を好む王。
そう聞かされていたが、フェイランはひそかに鍛えているのではないか。そう感じられるほどに、胸板も硬くて厚みがあった。
「それは……できない」
「どうして……」
次第に昇る朝日が、彼の顔をくっきりと照らし出す。なぜか、彼は絶望に似た表情をしていた。
「リゼットは、兄の婚約者だった」
「ウルリック殿下の……?」
イリアは衝撃を受け、まばたきを忘れた。
「そうだ。兄が亡くなったあと、アクトン公爵は王家との結びつきを得るために、私に彼女を娶らせた。……だが、彼女の心は、ずっと兄のもとにある」
「だから……」
リゼットはフェイランとは別の塔に暮らしているのか。もしかしたら、結婚後、一度もふたりは同じ夜を過ごしたことがないのかもしれない。
フェイランはまぶたを伏せ、かすかな笑みを浮かべる。
「私は、兄の代わりに王となった。だが、リゼットにとって、私の存在は何のなぐさめにもならない」
その表情は、まるで自分の存在そのものを責めているようだった。
消えてしまいそうなほどに傷ついた彼のほおに伸ばしかけた手を、イリアは引っ込めた。
彼を深く知らない自分では、どんな行動もなぐさめにはならない。ただ、その孤独を見ていられず、イリアは強く引き寄せてくる彼の腕の中で、静かに息をこらえるしかなかった。
夢から目覚めたイリアが、静かにまぶたを開けると、すぐ目の前にフェイランの顔があった。
夜明け前の淡い光が、こちらをのぞき込む彼の顔を浮かび上がらせる。
「……陛下?」
かすれた声に、フェイランがわずかに身を引く。気まずそうに息をついたその姿に、イリアの胸が不思議とざわめいた。
「どうされたのですか?」
「眠れなかった」
短い答えのあと、フェイランはベッドの端に腰を下ろした。その背中はいつものように拒絶するものではない。
何か話したいことがあるのかもしれない。イリアが身体を起こし、見守っていると、彼はぽつりとつぶやく。
「……結婚請願書を書こうと思う」
思いもよらない言葉に、イリアはまばたきをした。
「請願書……ですか?」
「そうだ。王の署名をもって、正式な婚姻として記録する文書だ。本来ならば、すでに提出されるべきものだったが……」
振り返ったフェイランは、わずかに視線をそらす。
「いずれ離縁するつもりだった。だから、必要ないと思っていた」
イリアは何も言えずに黙っていた。
側妃として扱うことなく、王都のはずれにある屋敷に住まわせようとしていたのだ。
今なら、わかる。その決断はもっとも侮辱的であるにも関わらず、彼はそれを優しさだと思っていたのだと。
「……責められても仕方がない。だが今は、あなたにみじめな思いをさせたくない」
思わず、イリアはフェイランの背中にすがるように、ひたいを押し付けていた。
「私は、何も……何も気にしてはおりません。私は……」
言われるがままに嫁いできただけ……。
そう言いかけて、イリアは唇をかんだ。それを言葉にしたら、ひどく彼も自分も傷つける気がした。
「あなたは……王になど興味はないのだろう?」
何を誤解したのか、フェイランはあざけるように小さく笑った。
違う。……今は違う。彼は誤解している。だけど、きっぱりと否定できない。少なくとも、父から結婚するよう言われたときは、伯爵家の対面ばかり考えていたのではないか。
そんな自分が何を言っても、傷ついた彼に信用などしてもらえないだろう。
「あなたは……どうしたい?」
フェイランは戸惑いを浮かべた顔で、イリアの肩に触れた。
もしかしたら、務めを果たしたいと告げたら、彼はそのようにしてくれるかもしれない。結婚請願書を書く気になったのは、そのつもりがあるからだろう。そして、イリアを離縁という形で解放する気なのだ。
「こうして毎晩訪ねるのは、重荷でしたか……?」
フェイランは黙っていた。肯定を恐れているのだろう。
イリアは思い切って口を開いた。
「……リゼット様とお子をもうけられた方が、よいのではありませんか」
その言葉は自身を傷つけた。胸がぎゅっと苦しくなり、嫌だ嫌だと叫び出しそうだった。
「イリア……」
フェイランは初めてイリアの名を呼んだ。
戸惑うイリアの顔をのぞき込み、片腕で彼女の背中を抱き寄せる。
思いのほか、たくましい腕に驚いた。
剣よりも筆を好む王。
そう聞かされていたが、フェイランはひそかに鍛えているのではないか。そう感じられるほどに、胸板も硬くて厚みがあった。
「それは……できない」
「どうして……」
次第に昇る朝日が、彼の顔をくっきりと照らし出す。なぜか、彼は絶望に似た表情をしていた。
「リゼットは、兄の婚約者だった」
「ウルリック殿下の……?」
イリアは衝撃を受け、まばたきを忘れた。
「そうだ。兄が亡くなったあと、アクトン公爵は王家との結びつきを得るために、私に彼女を娶らせた。……だが、彼女の心は、ずっと兄のもとにある」
「だから……」
リゼットはフェイランとは別の塔に暮らしているのか。もしかしたら、結婚後、一度もふたりは同じ夜を過ごしたことがないのかもしれない。
フェイランはまぶたを伏せ、かすかな笑みを浮かべる。
「私は、兄の代わりに王となった。だが、リゼットにとって、私の存在は何のなぐさめにもならない」
その表情は、まるで自分の存在そのものを責めているようだった。
消えてしまいそうなほどに傷ついた彼のほおに伸ばしかけた手を、イリアは引っ込めた。
彼を深く知らない自分では、どんな行動もなぐさめにはならない。ただ、その孤独を見ていられず、イリアは強く引き寄せてくる彼の腕の中で、静かに息をこらえるしかなかった。
438
あなたにおすすめの小説
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました!
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる