人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉

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最終章 人質でなくなった王女と忘れない王太子

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「シャーロット、久しぶり」
本当に、久しぶりのライリー陛下の声に、涙が溢れそうになる。
いけない。今日はお祝いの席なのだから、泣いてはいけないと、表情を引き締める。

ライリー陛下も、以前のような微笑みは浮かべていらっしゃらない。

「今日は、帝国は使者の方だけだったね」
何故、ここで帝国の話題が出るのかわからなかったけれど、ジルベール陛下からいただいた手紙を思い出す。
確か、陛下は今ザーランドへ視察に行っているはず。
今は温泉よりも、ザーランドの銀細工技師にご執心だそうだ。
「そうですわね。ジルベール陛下は、今は他国に行ってらっしゃるようなので、御使者だけのご参加だったのではないかと」
「……へぇ」
ライリー陛下は目を細めた。

そんなことよりも、早くお祝いが言いたくて、カーテシーをしてから、ライリー陛下に目を向けた。
「御即位、おめでとうございます。とても晴れやかで、ライリー陛下に相応しい戴冠式を拝見させていただきました。今、ボナールがあるのも、ライリー陛下のおかげです。御恩に報いることができるよう、私も務めさせていただきます」
私は心から笑顔を向けて、心を込めてライリー陛下に言葉を伝える。

お祝いやお礼の言葉だけでは足りないけれど、できる限り精一杯、気持ちを伝えて、ほぅっと一息ついて私は微笑んだ。

「うん……。ありがとう」
何故だか、ライリー陛下はあまり嬉しそうではなさそうにお返事をした。

何か、やっぱりランバラルドほどの国ともなると、即位した後は大変なのだろうか。

気になりつつも、陛下のそばにいた侍従から、まだ国内の貴族との挨拶があるからと、遠回しに言われて、壇上から一歩降りてフレッド様のご挨拶が終わるのを待った。

段を降りてしまったので、お二人が何を話しているのかは聞こえないけれど、幼い頃からの親友だ。
きっと、積もる話もお有りだろう。

少し離れたところから見ていると、ライリー陛下がフレッド様には少し笑みを見せた。
やっと見れた笑顔に、胸がきゅっと痛くなった。

フレッド様のご挨拶が終わると、待っていたランバラルド国内の貴族たちの挨拶が始まり、またライリー陛下は遠い人となった。


「シャーロットちゃん、王子、じゃなかった。陛下と話せた?」
「はい。少しでしたが、私の言いたいお祝いの言葉はお伝えできました」
「え?」
フレッド様は不思議そうな顔をする。
「王子、じゃないって、慣れないな! ライリー陛下からは話は?」
「ありがとうって」
「それだけ?」
「はい」
フレッド様は俯き、額に手をあてた。
「……いや、2人がそれでいいんならいいけどね」

何のことかお聞きする前に、ここにいつまでもいないように侍従に言われて場所を移動した。

緊張していたので、喉が渇いているとフレッド様に言うと、飲み物を配っている使用人からシャンパンをもらってくれる。
「シャーロットちゃん、もう成人だもんね。シャンパンでいいよね?」

お酒……。
機会がなくて飲んだことないけど。
「はいっ」と、にっこり笑って返事した。
もう子どもじゃないんですもの。
飲んだことないけど、大人なのだから大丈夫でしょう。

フレッド様から受け取って、おそるおそる口をつけると、それはとても冷えていて甘くてシュワシュワと喉を潤してくれた。
フレッド様の裾を引っ張り、下からそっと覗き込んでもう一回飲みたいとおねだりすると、フレッド様は顔を赤くして、もう一杯シャンパンを持ってきてくれた。
一杯飲んだだけであんなにお顔が赤くなるなんて、フレッド様はお酒に弱いのね。

くーっとシャンパンを飲み干すと、フレッド様が慌ててグラスを取り上げた。
「あーっ、そんなに一気に飲んだら酔いが回るからダメだよ」
子ども扱いにぷくーっと頬を膨らますと、フレッド様の後ろで注目を浴びてダンスをしている人達が見えた。
目を凝らして見ると、ライリー陛下と見知らぬ令嬢がいた。

楽しそうに微笑んで踊るご令嬢はとても美しく、手を取り合って踊る2人は、まるで絵のようだった。
私がぼんやりとそれを見ていると、フレッド様が後ろを振り返って踊るお二人を見た。
「あー、ライリー陛下は今日はダンス断れないだろうからね。あれはランバラルドでも有力な貴族の娘だよ。あ、ほら。終わったらまたパートナーを替えただろ? 年若い国王だからね。こんなところでダンスを断って、有力貴族に睨まれたくないから大変だなー」

断れないからっていう理由のダンス。
それでもライリー陛下と踊るご令嬢が羨ましかった。

ぼぅとそれを見つめていると、フレッド様が私に手を差し出した。
「もし、良ければ、オレと踊ってくれる?」
いやだわ。私ってば、そんなに物欲しそうに見ていたのかしら。
「いえ、あの大丈夫です。踊りたくて見ていたわけではなくてですね」
「ははっ、シャーロットちゃんが踊りたそうだったから気を遣ったわけじゃなくて、オレがシャーロットちゃんと踊りたいの。ダメ?」
背の高いフレッド様が、少し屈んで私の目を覗き込む。
「私、ダンス上手くありませんよ? きっと足を踏みますわ」
フレッド様はクスッと笑う。
「いいよー、踏んでも。シャーロットちゃん軽いから、きっと踏まれたのわからないよ」
「ふふ。そんなわけありませんわ。きっと痛いです」
私はフレッド様の手を取って、フロアに出て踊り出す。

キラキラと輝くホールに、選んでもらった素敵なドレスを着て、フレッド様と踊るダンスは楽しかった。
「フレッド様、下手でごめんなさい。でも、こんなに楽しいダンスは生まれて初めてです」

ちゃんとした社交界で生まれて初めて踊ったダンスは、ジルベール陛下に嫌味を言われてしまったし。

「それは光栄だな」
フレッド様も、嬉しそうに笑ってくれた。



曲が終わって、フロアから外れようとした時に、見知らぬ男性から手を差し出された。
「一曲、踊っていただけませんか?」
礼儀正しくダンスに誘われて、初めてのことでなんと言っていいか戸惑っていると、フレッド様が私の前に出た。
「申し訳ありません。次の曲も、わたしが予約しているので」
フレッド様がそう言うと、その人は残念そうな顔をして去って行った。

「と、いう訳で、もう一曲踊ってもらえる?」
フレッド様はおどけて言うけれど……。
「ディリオン様に、同じ方と2曲踊ってはいけないと言われたわ」
「んー、今日だけ今日だけ」
悪戯っ子のように笑って、フレッド様は私の手を取って、再びフロア中央へと戻った。

くるくるくるくると、回る景色。
回るフレッド様の後ろに、ご令嬢と踊っているライリー陛下が見えた。
目が合ったと思った瞬間、酔いも手伝って躓いてしまう。

フレッド様の方へ倒れ込むと、フレッド様は慌てて抱き止めてくださった。

きゅっと、背中に回された腕に力が入る。
もう、大丈夫ですわよ?
そう言おうと思ったのに、耳元で囁く声に、顔を上げられなくなる。
「今日だけ。今日だけでいいからオレ以外の人と踊らないで」


吐息のように囁かれる声に、私は動くことができなくなった。
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