真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#096 『美人画』

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 今から3年前、2015年の大晦日のことだという。

 その日、大学生の大竹さんは、気の合う仲間5人をアパートに呼び、一年最後の夜を大いに語り合って過ごしていた。

 騒がしいのもほどほどに――しようとは極力努力したらしいのだが。久しぶりに会う者達なども居て、四方山話に花が咲いた。咲きまくった。
 かなり場は盛り上がっていたらしい。けっこうな音量で大爆笑などもしていたそうだが、「不思議と苦情は来なかった」「大晦日だし、他の住人も寛容な気分になってたんだろう」と当時を振り返って彼は笑う。

 テレビで「ゆく年くる年」を見終わった直後。
 全員で「あけましておめでと~!」「イェ~イ」などと意味もなくまたテンションを高め、「どうだ、みんなで初詣でも行ってみっか?」となった。

 反対者は居なかったので、即決行動だ。

 5人は、外の寒さにすら謎の高揚を覚えつつ奇声を発し、太宰府天満宮を目的地に定めて歩きだした。
 しかし。

「うわー。何じゃこりゃ」
「人の海じゃん!」

 天満宮に近づくにつれ、一同は閉口の度合いを強めていくこととなる。
 初詣目的の参拝者たちが黒山の人だかりを成し、まさに牛の歩みほどしか前へ進めなくなってしまったのである。

「・・・福岡県民、みんなここに押し寄せてるんじゃね?」
「これじゃ天神様んとこまでどんだけかかるよ?」
「帰ろ帰ろ!アホらし!!」

 そもそも大きな目的もなく決めた初詣だったので、5人組はあっさりと踵を返し、大竹さんのアパートへと戻ることに考えをあらためた。
 ただ帰るだけでは なおアホらしいというので、コンビニに寄って温かいものでも買おうということになったが――

「げっ、コンビニまで人いっぱいじゃん!!」
「うそー」

 やはり、手ぶらで帰ることとなった。

 一同は自分らの計画性の無さを悔い・・・ることも一切なく、それすらネタにしてゲラゲラ笑いながら夜の道を歩いたという。


 アパートが近づくにつれ、さっきとは逆に人気がどんどん無くなってくる。


 誰もが無意識に言葉少なとなり、ついに沈黙の道行きとなった。
 さっきまで異様にはしゃいでいた反動からか、妙な雰囲気が出来上がってしまったという。 そんな中。

「おっ」

 友人の一人が、何かを見つけたような声を出した。

「おろろっ」
「へぇ・・・?」

 同行のうち、あと2人も同じような声を小さく漏らす。

「え。何。どうしたのお前ら」
「・・・え?何って・・・何って言われても、なぁ」

 そう言って、3人は顔を見合わせ、同じ方向の暗闇を横目で眺めながら変な笑顔を浮かべる。

 大竹さんと残った1人は、「こいつらおかしいんじゃねぇか」と首を傾げた。


  ※   ※   ※   ※

「・・・さっきお前ら、ヘンだったな。どうしたんだ、いったい?」

 部屋に戻って各々のポジションに腰を下ろした後、大竹さんは例の3人にそう尋ねてみた。
 3人は「はぁ?」と言いたげに苦笑を浮かべ、「じゃあお前ら2人、さっきの美人見て何も感じなかったわけ??」 口を揃えて尋ね返してくる。

「美人って?」
「だから、さっきスゲー美人とすれ違っただろ」
「美人どころか、人通りが少なくなってから誰ともすれ違わなかったぞ」
「まぁた・・・」
「〝まぁた〟じゃねぇよ。大丈夫かよお前ら」

 暗かったからわかんなかったんだね、そこのお2人サンは。 ――〝美人〟を見た3人は、ニヤニヤと優越感を込めたような笑顔を、大竹さんともうひとりの友人に投げかける。
 感じ悪いなぁ、と思った。

「それ、どんな美人なんだよ」
「どんな、って。とにかく美人だよ。もしかすると芸能人かもな」
「うんうん、確かに。オーラが違ったよな」
「モデルかもよ。何か違ったね、常人とは」
「ふーん・・・そんならよ、筒井。お前、その女の似顔絵、描いてみてくれよ」

 〝美人〟を見た3人のうちのひとり――筒井氏が、「え、似顔絵?」と裏返った声を出した。
 彼は当時、福岡の有名なアニメーターや漫画家の養成学校に通っていた。
 当然 絵も上手く、実在の人物の似顔絵を写実的に描くことなど朝飯前だ。

「おお!そりゃいいや」
「描いてやれよ、筒井」
「上手く描けたら、コピーして俺にも一枚くれ」

 記憶頼りだからなぁ、上手に描けるかなぁ―― 筒井氏は言い訳のような台詞を漏らしながらも、大竹さんの手渡した大学ノートのページにサッサッとシャーペンを走らせはじめた。
 その伸びやかな筆運び。言葉に反して、筒井氏は記憶に迷いが無いらしい。
 相変わらず、すげぇ才能だな・・・感心しながら、大竹さんは後ろからノートを覗き込む。


 が。


(げ、何だよコレ・・・)


 そこに描かれていたのは、〝美人〟とはお世辞にも呼べぬモノだった。

 そもそも、それはどう見ても〝女性〟ですら無かった。

 何と表現すればいいだろう―― 大竹さんは言う。

 敢えて言えば、〝宇宙人〟だという。

 少年と地球外生命体の心の交流を描いた、有名なアメリカの某SF映画。それに登場する、皺くちゃで目が大きな宇宙人にそっくりな顔が、ノートには描かれていた。

 しかし、それは映画と違ってバストアップだけでも6頭身くらいの背丈があることが想像出来、学生服のような黒い詰め襟の服に身を包んでいたのだ。

 瞳は、まるで夜の猫のように黒目が大きく、クリクリしている。

 しかも、中国の皇帝みたいにシュルンと伸びたマナズ髭のようなものまで生えている。

 鼻はまるで削いだように平たく、小さな口からは不釣り合いなくらい張り出た反っ歯が覗いている――


「おい、筒井・・・・・・」

 心配になって友人の名を呼んでみた大竹さんは、その友人の唇が小さく震えているのを見た。

 カリカリと絵を描きながら、顔色を真っ青にして怯えているのだ。

「筒井。もういい。やめろよ、おい・・・」

 大竹さんがそう語りかけるのと、筒井氏がノートをバン!と炬燵の上に叩きつけるのとは ほぼ同時だったという。

「な、何だこれ。ちくしょう・・・!」

 筒井氏はハッキリ、ほとんど嘆くような声で、自分が描いた絵に向かってそう吠えた。
 そして、やおら荒っぽい手つきでバタバタと身支度を整え、

「俺、帰る・・・じゃあな、クソッ」

 血の気の引いた表情のまま、そう言い残してアパートを出て行った。

 残された4人は全員、唖然となって声も出なかった。


  ※   ※   ※   ※

 ややあって、大竹さんは「ンだよ筒井のヤツ!」と声も高らかに憤慨したのだという。

 こんなヘンな絵、勝手に描いて 勝手にキレやがってよ・・・!

 ヘンな絵? それを聞いた残り3人は、筒井氏が叩きつけた大学ノートへ視線を向ける。

 そのうち2人の顔色が変わった。

 〝美人〟を見た、と言い張ったメンバーだ。


「・・・大竹。筒井を責めるなよ」
「は?何言ってんだ。あいつ、こんなデタラメな絵ェ描きやがって・・・」
「いや、これ、デタラメ違う」
「は??」


「俺たちが見た〝美人〟 ――まさにコレだよ・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ――は??


 〝美人〟を見なかった2人は、同時に顔をしかめた。

 え?? だって、コレはどう見ても・・・


「みなまで言うな。何を言いたいかは理解出来る」
「あん時は・・・俺ら、確かに・・・そう思ってたんだ・・・なのに・・・」
「何でだよ。どうしてなんだよ・・・わからねぇ。何で・・・」


 何で、これを今まで〝美人の女〟だと思ってニヤけていたのかがわからない。


 3人は顔を見合わせ、それきり言葉を無くしたという。




 それから完全に場は白け、新年を祝うどころではなくなってしまった。
 更に無軌道にはしゃいだ疲れが出たのか、皆、次々に雑魚寝して眠りに落ちていった。

 全員が再び目を覚ましたのは、元旦の正午近くになってから。
 それから程なくして、「夜中は済まなかった」と筒井氏から謝罪のメールが入ってきた。
 「〝美人を描いてる〟つもりなのに、どんどん妖怪のような絵が出来上がっていくので、自分でも怖くなってしまったんだ」とのことだった。

 何故か皆が寝ている間に、例の〝絵〟が描かれたノートがなくなっていた。


 それが、今だにちょっと 気がかりだという。


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