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#097 『宝刀』
しおりを挟む敬介さんという郵便局員の男性が、まだ中学2年生だった頃の話だという。
一家全員で、お盆休みを利用し、大分県にあるお父さんの実家に遊びにいくことになった。
実家には敬介さんのお祖母さんが一人で暮らしており、そこへは彼が小学校低学年の時に一度だけ、お邪魔したきりだった。
達者で頭もシッカリしたお祖母さんは、何度か長崎市内の敬介さんのお家にも泊まりがけでいらっしゃった事はあったが、こちらから泊まりに行くのは本当に久しぶりのことであった。
実家の方には敬介さんとお父さん、お母さんの家族3人で向かう筈だったが、お母さんが急に入った仕事の都合で行けなくなってしまった為、彼はお父さんと二人っきりで車中の旅に赴くはめになったという。
あと一時間あまりで実家に到着、という頃。
お父さんが、不意にこんなことを話しかけてきた。
「――そう言えば敬介。うちには、家宝の刀があるらしいんだ」
携帯ゲーム機にも飽きてボーッとしてきたタイミングだったが、目が覚めるほどビックリしたという。
「え、な、何それカッコイイ。初耳だけどホント?」
「こんなとこで嘘言ってどうするんだ。ホント――らしいぞ」
「らしい??」
「ああ。見たことないから」
お父さんによれば、その〝宝刀〟というのは日本刀でなく、女性用の短刀、つまりは護身刀なのだそうだ。
敬介さんの家系に生まれた長女に代々受け継がれている代物であり、今はお祖母ちゃんが管理・保管しているのだという。
「父さんも一目見てみたかったんだがな。お祖母ちゃんが許してくれなかったんだ。男が見ると、目が潰れるって言ってな」
わけわかんねぇ、と思った。
「ふーん・・・でもふつう、そういう家宝って男が受け継ぐもんじゃねぇの?」
「女用の護身刀だから女が受け継ぐんだろ、ウチは」
「そういうもの?」
「昔は花嫁道具として、鏡台なんかと一緒に嫁ぎ先に持って行ったんだと」
「はは、笑える」
「・・・お祖母ちゃんは、父さんと、父さんの弟のアキオ叔父さんと、男二人しか子供を生まなかったからな。叔父さんは独身主義者だし、父さんにはお前しか子供が居ないだろ。だから刀を継承することが出来なかった。まだ自分が刀を管理してるのさ」
「へぇ。そうなんだ」
そこで一旦、話は切れた。
女性用の短刀、と聞いて 敬介さんの興味は少し薄れてしまったという。
が、それからまたしばらくして、
「なぁ、敬介」
「あ?」
「さっきの刀の話、お祖母ちゃんには絶対するんじゃないぞ」
「えっ、何で」
「何ででもだ。約束しろ」
「・・・う、うん」
やっぱわけわかんねぇと思ったという。
※ ※ ※ ※
その後、ほぼ予定の時刻に車はお父さんの実家に到着した。
久しぶりに会うお祖母さんも相変わらず元気そうで、「若いんだからいいものをいっぱい食べなさい」と、豪勢にも鰻重の出前をごちそうしてもらったそうだ。
お風呂を使わせて頂き、いい気分でぶらりと居間に入ってみると、テレビを観ているお祖母さんと目が合った。
「おや、敬ちゃん。どうしたの?」
「え?いや、何でもないんだけど・・・」
家宝の刀の話を思い出した。
――管理とかどうしてるんだろう。大変なのか。やっぱ時々、研いだりするのかな。家宝にするくらいなんだから、ドラマチックな云われなんかがあるんだろうか・・・
今になって、妙に好奇心が湧いてきてしまった。
お祖母ちゃんの斜め向かい、お膳の端に腰掛ける。
お父さんは、昔の友達と一緒にお酒を飲みに出ている。何だか自分がお祖母ちゃんに刀の話をするのが気に入らないような様子だったので、尋ねてみるなら今しか無い と思う。
ちょうど、番組がCMに代わった。
意を決した。
「お祖母ちゃん。あのさ、うちにあるっていう家宝の短刀のことだけど――」
刹那、スパァァン!!という大きな音とともに部屋の入り口の戸が全開になった。
――え?!
思わずお祖母ちゃんの背後、凄まじい音を発して開いた戸の方に目を奪われる。
誰もいない。
そして、
スパァァァァン!!!
また、閉まった。
一瞬にして、だった。
「・・・・・・どうしたの、敬ちゃん。何か聞きたいことでもあるの?」
「え、あ、いや。何でもない。ごめん」
「――ふぅん?変な子だね、ホホホ・・・」
話を濁すしかなかった、という。
目に見えない何かが「言うな」と口止めをしているようにも思えたし、
頭も耳もしっかりしているお祖母ちゃんが、あんな大きな音を出して開いた戸の方を一顧だにしなかったのが、妙に恐ろしかったのだ。
※ ※ ※ ※
お祖母ちゃん家には2日ほど御厄介になり、最後にはお小遣いまで頂いて帰路についた。
車中、渋滞に巻き込まれたタイミングで、お父さんがまた話しかけてきた。
「ところで敬介。あの家で、何か変わったこと無かったか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「――ああ、見たか」
ごめんお父さん、約束を破ってお祖母ちゃんに刀の話をしようとしたら云々・・・と事情を説明した。
お父さんも「ごめん」と謝ってきた。
「父さんの家系の男はな。〝刀〟を継承した女の人に、その〝刀〟の話をすると必ず――何かに異様な方法で口止めをされるんだ。怪我するとか病気になるとかいったことは無いが、妙なものを見せられたり聞かされたり、嗅がされたり・・・ ふふ、〝口止め〟なんておかしいな。同じ家族なのにな」
お父さんは、それが息子である敬介さんにも起こるかどうか試したかった。
お祖母ちゃんに刀の話をするなよ・・・と意味ありげに言ったのも、ある意味、焚きつけだったのである。
まぁ、敬介さんがマジメに言いつけを守って刀の話をしなくても、それはそれで良いと思っていたらしいが。
「そうか・・・敬介にも起こったか・・・そうか・・・」
辛そうな、悲しそうな顔でお父さんは呟き、それから一言も話さなかった。
※ ※ ※ ※
お祖母さんは、それから程なくして病を得、数年にわたる闘病の末、家族みんなに看取られて亡くなった。
遺品を整理したものの、くだんの〝刀〟は何処を捜しても見つからなかった。
不審に思った敬介さんは、お父さんに「もっと徹底的に捜してみないと」「家宝が無いって、大変なことだろ?」と詰め寄ったが、「いいんだ」と一蹴された。
あの刀は、何か、そういうものらしいから、と。
彼は今、26歳。
ひとつ年上の彼女さんと、結婚も視野に入れて交際をしている。
今が一番幸せな時期ってヤツかな?などと おどけて仰られたが、
その一方、
もし、生まれてくる子供が女の子だったら?
もし、目下紛失中の〝刀〟が突然現れ、その子が〝継承者〟に選ばれてしまったら、いったいどうなってしまうのか?――
それを思うと、時々眠れなくなるという。
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