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#008 『竹とんぼ』
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俺も当人から聞いた話だから、本当のことかどうかは知らん。そう言って、徳三さんという今は亡き高齢の語り部が語ってくれた、とても昔の話。
終戦の日のこと。
その人は重篤な肺結核を患っていたので、最後まで戦地に赴くことはなかった。
玉音放送を聞き、泣きむせぶ家族の姿を見ても、自らの涙腺は緩まなかったという。
病人の俺は、アメリカが本土へ攻めてきた時どうされるのかなぁ、と。
まるで他人事のように考えていたそうだ。
どうせ お先真っ暗だから、と外へ出てみることにした。
体は鉛のように重く、息が出来ないほど咳がこみあげてきたが、せめて最後には きれいな外の世界を見たいと思ったらしい。
子供の頃、無邪気に遊び回った丘の上まで、死ぬ気でのぼった。
夕焼けだった。
感傷的な気分になんか微塵もならなかった。ただただ、立っていられないほど、きついだけだった。
もう家へ戻る気力もないな。ここでずっと眠ってしまおうかな、と本気で思った。
その時、しゅるるるる、と何かが自らの視界の上空を横切るのが見えた。
咳き込みながら、顔を上げた。
竹とんぼだった。
幾十、幾百の竹とんぼが、夕焼け空を小さな音を立てて飛んでいた。
不思議とそれは一つも地へ落ちることなく、彼の頭の遙か上空を、どこまでもどこまでも、回転しながら飛んでいった。
何故かそれを見ていると、彼の心に幼い頃から現在に至るまでのたくさんの思い出が、次々に浮かんでは消えていった。
はじめて涙が出た。
帰ろう、と思った。
「ヤツぁ、がんばってそれから三年は生きたよ。 ――縁があって、俺が末期の水を飲ませてやったんだ」
こと切れる直前、ぜぇぜぇと息も切れ切れとなりながら、彼は徳三爺さんに先ほどの話を語ってくれたらしい。
俺はこういう体験をしたから、最後は笑って死ねるよ、と言って、本当に笑って逝ったという。
「病が頭に来て、朦朧となって、途方も無い話を語りだしただけかも知れねぇが。 何だな。いつ思い出しても、酒の苦くなる話だな」
いつものスナック、いつもの席で。
いつものように水割り焼酎をちびちびと口にしながら、徳三さんは大袈裟に鼻の下を擦り、話を締めた。
終戦の日のこと。
その人は重篤な肺結核を患っていたので、最後まで戦地に赴くことはなかった。
玉音放送を聞き、泣きむせぶ家族の姿を見ても、自らの涙腺は緩まなかったという。
病人の俺は、アメリカが本土へ攻めてきた時どうされるのかなぁ、と。
まるで他人事のように考えていたそうだ。
どうせ お先真っ暗だから、と外へ出てみることにした。
体は鉛のように重く、息が出来ないほど咳がこみあげてきたが、せめて最後には きれいな外の世界を見たいと思ったらしい。
子供の頃、無邪気に遊び回った丘の上まで、死ぬ気でのぼった。
夕焼けだった。
感傷的な気分になんか微塵もならなかった。ただただ、立っていられないほど、きついだけだった。
もう家へ戻る気力もないな。ここでずっと眠ってしまおうかな、と本気で思った。
その時、しゅるるるる、と何かが自らの視界の上空を横切るのが見えた。
咳き込みながら、顔を上げた。
竹とんぼだった。
幾十、幾百の竹とんぼが、夕焼け空を小さな音を立てて飛んでいた。
不思議とそれは一つも地へ落ちることなく、彼の頭の遙か上空を、どこまでもどこまでも、回転しながら飛んでいった。
何故かそれを見ていると、彼の心に幼い頃から現在に至るまでのたくさんの思い出が、次々に浮かんでは消えていった。
はじめて涙が出た。
帰ろう、と思った。
「ヤツぁ、がんばってそれから三年は生きたよ。 ――縁があって、俺が末期の水を飲ませてやったんだ」
こと切れる直前、ぜぇぜぇと息も切れ切れとなりながら、彼は徳三爺さんに先ほどの話を語ってくれたらしい。
俺はこういう体験をしたから、最後は笑って死ねるよ、と言って、本当に笑って逝ったという。
「病が頭に来て、朦朧となって、途方も無い話を語りだしただけかも知れねぇが。 何だな。いつ思い出しても、酒の苦くなる話だな」
いつものスナック、いつもの席で。
いつものように水割り焼酎をちびちびと口にしながら、徳三さんは大袈裟に鼻の下を擦り、話を締めた。
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