真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#040 『こびと茸 その2』

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 見た目はふつうの女性と何ら変わらない津川さんは、実はいわゆる〝見える人〟の一人。

 そういう修行もいろいろと積んできたらしいが、〝祓う〟ことにかけてはまったく才能を開花出来ず、もっぱら「感じる」「見る」ことに特化した霊能力者、だったという。
 一時期はそれで食べてきたこともあったが、現在は他人から頼られて能力を発揮することを自分自身に戒めている。どうやら過去に何かがあったらしいのだが、それについて話すこと自体、頑なに拒まれ続けている。

「松岡さん・・・もしも何かに憑かれたって、私は何もしてあげられませんからね。あまり変な話とか体験者とかに、首を突っ込まない方がいいですよ?」

 津川さんは会う度に口を酸っぱくして忠告されるが、私は「はいはい、じゃあ最近体験した怖い話を教えて下さいな」と応えるだけである。


 そんな彼女に、「今まで見てきた中で、一番怖かったモノは何ですか?」と尋ねてみたことがある。
 津川さんは、間髪入れず、即答なさった。

「こびとたけ

  ※   ※   ※   ※

 7~8年前の話だという。
 以前 熊本に住んでいらした津川さんが街を歩いていると、前を歩く男性の姿に思わず目を奪われてしまった。
 男として気になった、という意味ではない。
 ・・・健康的でない太り方をした、くしゃくしゃ髪の中年男性。
 背負ったリュックから突き出しているのは何かのポスターかも知れない。手には格闘家のようなグローブをはめており、唇の色がほとんど紫である。
 オタクの人かなぁと思った。が、問題は他にあるのだ。

 彼の首筋からリュックの一部にかけて、何かがビッシリ、いる。
 無数の、小さな裸の人間のような、キノコのような、何か。
 黄土色をしていて、わらわらと蠢いていて、ひたすら不快な〝あちらの世界〟のモノ。

(あっ、あれは こびと茸だ)

 過去、それに似たものを見た記憶はない。
 むしろ、該当する存在にまったく心当たりがないので、不安に駆られたくらいだ。
 しかし、瞬時に〝こびと茸〟というネーミングは浮かんできた。
 同時に、「あれはとても危険なものだ」という認識も生まれた。『能力者』として、こういう直感は何より大切だということは 彼女が重々、承知することだった。

(ママ、あれ、気持ち悪いよ・・・)

 隣を歩いていた娘も言った。
 津川さんは、(大丈夫、大丈夫よ)(あの男の人と、目を合わせちゃいけませんよ)と小声で語りかけ、無視の姿勢を貫くことに決めた。

 例の男と、すれ違った。
 こびと茸の声だろうか、わちゃわちゃと気味の悪い音が聞こえた。
 娘が(ママ・・・)と呟いてきたが、「しっ!」と戒めた。


 しばらく歩いて、只ならぬ〝気配〟も消えたので、ホッと一息が出た。
 ――今まで、ああいうを見た時は その概略的なイメージが頭の中に走ってきたのに、さっきの〝こびと茸〟だけは まったくそれが無かった。正体不明なのだ。

(初めてだわ、ああいうの・・・ この子も、怖かったでしょうに)

 そう思いながら、横を見た。
 誰も 居ない。
 その時、ハッと気付いた。鳥肌がサァッと立ってきた。
 
 娘だ、と思って何の疑問も抱かなかったけど、
 ・・・!!

 自分が体験したことが、まったく自分自身に説明できず、唖然となってしまった。
 ――雑踏の中で、彼女は長く、立ち尽くしていたという。

  ※   ※   ※   ※

「・・・何なんでしょうかねぇ、その話・・・」

「わかりません。そういうの正体を暴いて、〝見えてしまった方〟の恐怖を和らげてあげるのも 私どもの仕事の筈だったのに・・・」

 はぁ、と溜め息をつきながら、津川さんはファミレスのコーヒーを啜った。少し、カップを持つ手が震えているようにも見える。

 ――もしかして、霊能者活動を辞められたのは、その一件が発端ですか? よせばいいのに、気になってしまった私は尋ねてみた。

 ノーコメントです、とだけ 津川さんは答えた。

 彼女はいま結婚し、某ディスカウントストアのレジ係として日夜働いている。




(※1)この話は、♯030『こびと茸』と同時期に執筆し、掲載許可を各々の体験者に求めていたものです。こちらの体験者である主婦の浦沢さんが同様な体験をされていたので、津川さんの言う『こびと茸』というネーミングを拝借して同じタイミングで紹介しようと思ったわけですが、津川さんの方の掲載許可を得るのに時間がかかってしまい、何ともチグハグになってしまいましたことをここにお断りさせて頂きます。

(※2)ちなみに私は、「松岡さんには呆れるくらい何の霊も憑いていない。たぶんあなたの心臓には毛が生えているのでしょう」と 津川さんから言われたことがあります。
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