7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第一章〈幼なじみ主従〉編

1.1 五番目の王子(挿絵付き)

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 私の名はシャルル・ド・フランス。または、シャルル・ド・ヴァロワ。
 父と祖父の名も同じくシャルルだったが、曾祖父の名はジャンで、高祖父はフィリップだ。
 いずれもフランス王国ヴァロワ王朝に君臨した王で、私は五代目になる。

 私が生まれたとき、将来この私が王になると予想した者はいなかっただろう。
 なぜなら、私は父王シャルル六世の10番目の子であったから。
 男子としては5人目。第五王子だ。

 王位継承順位が低くても、れっきとした王子である。
 しかも、王家の嫡流だ。
 にもかかわらず、私の幼少期は悲惨だったらしい。
 母妃イザボー・ド・バヴィエールは大変な浪費家で、王妃にあてがわれた王室費では満足できず、子供の養育費まで使い込むありさまだった。
 王子王女は10人もいる。末弟の優先順位は低かった。

 王子でありながら育児放棄ネグレクトも同然。
 華やかな宮廷の片隅で、衣食にさえ困窮する私を見かねたのだろう。
 慈悲深い誰かが、幼い私を王立修道院へ預けた。
 修道院は王家の寄付金で運営している。快く受け入れてくれた。

 父王シャルル六世も、母妃イザボーも、末っ子王子の行方に関心を示さなかった。


***


 物心がついた時には、すでに僧衣ローブがなじんでいた。
 王立修道院はちょっとした町のように広大で、男の僧も尼僧もいた。

「あぁ、王家の堕落は目を覆うばかり」
「王子は犠牲となったのです」
「なんと、おいたわしい」

 彼らは、捨て子同然でここへ来た小さな王子を哀れみ、優しく接してくれた。
 素朴な性格で涙もろい僧たちは、特に可愛がってくれた。
 本来、修道院は規律が厳しいのに、私を喜ばせようとして甘いお菓子を作ってくれたり、暖炉に近い特等席を譲ってくれる。
 しかし、幼い私には「なぜ哀れに思われるのか」よくわからなかった。
 自分の生い立ちについて何度も聞かされていたが、私は宮廷生活を覚えていないのだから比較しようがない。質素な修道生活に不満を感じたこともなかった。

 修道院には食べるものがあり、着るものがあり、風雨をしのぐ部屋がある。
 そして何より、ここにはたくさんの蔵書がある!

 私は幼いころから、図書室が大好きだった。
 本好きにとって、図書室は宝物が詰まった巨大な宝箱みたいなものだ。
 私が生まれたのは1403年、つまり15世紀前半になる。
 まだ印刷技術はなく、書物はすべて手書きの写本だ。
 裕福な王侯貴族の間では、装丁に凝った豪華な装飾本ミニアチュールを作ることが流行していた。希少な古い写本は、一冊あれば家を買えるほど高価なものだった。



(※)中世・ルネサンス時代の図書館(Libraries in the Medieval and Renaissance Periods Figure)



 大きな修道院には、広い図書室と、たくさんの本があった。

 日課の祈祷と食事の時間を除き、私はいつも図書室に入り浸っていた。
 本棚と本棚の間を「巡礼」して、気になる背表紙を見つけるとそっと引き抜く。
 貴重な本は、盗まれないように鎖で繋げて本棚に留められていたが、私は外し方を知っていた。
 文字が詰まった宝箱の「鍵」をドキドキしながら外し、手を拭いてから机に置く。分厚い表紙を開いて、手垢がつかないように慎重にページをめくっていく。
 きれいな装飾文字を探すことが楽しかった。着色してあるとさらに良い。
 挿絵を見つけると、読むことを中断して、しばらく空想にふけった。
 修道院の図書室は「読み書きのできない者にも布教できるように」と、挿絵つきの本が意外と多いのだ。

 私は宮廷の生活を知らなかった。両親と兄弟の顔さえ知らなかった。
 さまざまな本を読みながら、華やかな世界を空想したり、まだ見ぬ家族に想いを寄せた。

「ちちうえ、ははうえ、あにうえ、あねうえ……」

 知らない世界のことを夢見ていると、心がぽかぽかと温かくなる。
 私は好奇心旺盛だったが、修道院の静かな生活も好きだった。
 図書室に集められた本は膨大で、退屈する暇はない。
 きっと一生かかっても読み切れないだろう。
 将来は、生計を立てるために写本作業を請け負って暮らしていこう。
 そうやって、死ぬまで修道院で過ごすのも悪くない。

 でも、生涯に一度くらいは王都パリへ行ってみたい。
 できれば、父上や母上がお元気なうちに。
 少なくとも、王になった兄上に会ってみたい。
 弟を戴冠式に呼んでくれるだろうか。
 顔が似ていたら笑ってしまうかもしれない。
 ああ、でも、王の前で笑うのは無作法な振る舞いに違いない。
 私は宮廷の礼儀作法を知らないから、じかに対面したら恥をかいてしまうだろう。
 遠くからでいい、兄上の晴れ姿を一目でも見れたら充分幸せだ。
 王と祖国のために、私は心から祝福を祈ろう。

 それは、ささやかな夢だった。



(※)鎖付き図書(Press with chained book in the Library)
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