7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第一章〈幼なじみ主従〉編

1.4 幼なじみ主従(1)挿絵つき

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 私が幼少期を過ごした王立修道院は、大まかに五区画に分かれていた。
 ひとつは、信仰の象徴ともいえる大きな鐘楼つきの礼拝堂。
 それから、男の僧たちが暮らす男子塔と、尼僧たちが暮らす女子塔。
 残り二つは慈善目的の施設になる。旅人のための宿泊所と、行き場のない物乞いや家族から見放された病人を引き取って世話をする救貧院だ。

 各施設は長い回廊で連結しているが、男子塔と女子塔をむやみに往来することは禁じられている。しかし、子供は例外だった。

 礼拝堂と井戸と厨房は、性別に関係なく共同で利用できた。
 修道院の規律は厳しいが、長く暮らしていると馴れ合いが生まれる。
 中には、秘密の逢瀬おうせを重ねる男女もいたらしい。

 私はまだ子供だったから、女子塔も男子塔も自由に行き来できた。
 ただし、病人や物乞いがいる救貧院へ行くことは禁じられていた。
 仮に、そこへ行ったとしても、「知らない人と話してはいけません」と強く言い含められていた。
 あとは、日課の祈祷を守っていれば、何をしても、どこへ行くのも自由だった。
 そうは言っても、仮にも王子が単独行動という訳にはいかない。
 いつも必ず「お供」を連れていた。

 供か、友か。
 彼はどう思っていたのだろう。







王子ルプランス、お待たせしました」

 修道院には、私よりひとつ年上の少年僧がいてジャンと呼ばれていた。

「水汲み当番おつかれさま。もしジャンが良ければ、私も手伝いたいのだけど」
「王子にそんなことさせられないですよ」
「ふたりでやれば、もっと早く終わるのに?」
「王子は痩せっぽちで非力だから、運んでいる間にたくさんこぼしますよ。そしたら、せっかく汲んだ水が無駄になります。俺ひとりでやった方が絶対早いです」

 私は生来のおっちょこちょいで、よく僧衣ローブの裾を踏みつけてひとりで勝手にコケた。
 ジャンが言うとおり、私が水汲みを手伝ったら、こぼすどころか頭から水をかぶってずぶ濡れになりそうだ。
 洗濯物を増やしたあげく、風邪を引いて寝込むところまで容易に予想できる。

「ひどいなぁ」

 私は文句を言いながらくすくす笑った。

「朝食のパンを賭けてもいいです」
「賭け事はだめだよ」

 私たちは無邪気に笑い合った。
 一歳しか違わないのに、ジャンは大きくてしっかりしているように見えた。
 そして、私は小さくて非力で頼りなかった。

「俺がお供できないときは、自分の部屋か図書室にいてください。王子の本好きはみんなも知ってますし、適当に何か読みながら待っててください。勝手にどこかへ行かれると俺が困ります」
「うん。今日も読みながら待ってたんだ!」

 私は手持ち無沙汰になると、図書室を巡回して手ごろな本を引っ張り出した。
 読みながら、時間をつぶしたり、誰かを待ったり、空腹をごまかしたり、孤独を紛らわせたり。

 いくら自由と言っても、私の現実世界リアルは修道院の中だけだ。
 空想の王国イマジネーションにはホンモノの自由がある。
 本を読んで、さまざまな世界を知ると、私の空想王国はますます豊かになりどんどん広がっていく。
 だが、目の前にいる本物リアルの友人は別格だ。

「本棚に戻してくるよ」

 私は読んでいた本をぱたんと閉じた。

「そんな分厚い本、よく読めますねぇ」
「色つきの挿絵があるから見ているだけでも楽しいよ。でも、まだ全部読んでないんだ」
「うへぇ、ソレを『読もう』と思えることが、俺には信じられないです」
「そう? おもしろいのになぁ」

 私たちの性格は正反対だったが、仲が良かった。
 まわりに同じ年頃の子供がいなかったせいかもしれない。

「ジャンだって本は嫌いじゃないでしょ。この間まで熱心に読んでたあの本のタイトルは何だっけ。ア……アー……アッー?」
「アーサー王伝説ですか」
「そう、それ!」
「俺が読むのは騎士道物語だけですよ」

 ジャンは騎士に憧れていた。
 大人になったら、修道院を離れて仕官することを夢見ていた。
 水汲み当番などの力仕事は「騎士になるための修行」だと言い張り、私にやらせようとはしなかった。
 私たちは似たような生い立ちだったが、見た目も性格も将来の夢もまったく似ていなかった。

「水汲みは寒かったでしょ。煖炉の近くへ行こうよ」
「ううん、大丈夫です!」

 ジャンの手は冷たかったが、顔は赤く上気していて、額にはうっすら汗が浮かんでいた。

「図書室に入り浸るよりも、俺は外で風に当たりたいです」
「そっか」
「じゃあ、例の場所に行きましょう」
「うん、行く!」

 お供とは名ばかりで、実際は、私の方がジャンについていくことが多かった。
 私の人生における初めての主従関係だったのかもしれない。
 とはいえ、「主君」らしい振る舞いは、大人になっても一向に身に付かなかったのだが。
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