7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第三章〈アジャンクールの戦い〉編

3.2 争いの始まり、それぞれの野心(2)

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 ジャンは、異母兄シャルル・ドルレアンから一通の書簡を預かった。
 剣術指南をしてくれそうな騎士に紹介状を書いてくれたのだ。

「私は剣術は得意ではないが、ひとつ忠告しよう」
「はい!」
「口は災いのもとだぞ」

 シャルル・ドルレアンは人差し指を立てると、ジャンの口をつんつんと突ついた。

「実力以外のことで破門されないように」
「あっ……さっきは言いすぎたと思ってます。申し訳ありません!」

 ジャンは素直に謝罪した。

「兄上に恥をかかせないように気をつけます」
「それほど心配しなくていい。礼儀作法にこだわらない人間を選んだ」
「どんな人ですか」
「アルテュール・ド・リッシュモン伯。彼は王太子殿下に仕えているから王城に残るはずだ」
「アルテュール殿ですか……」

 私が10歳、ジャンが11歳になるまで、王立修道院で一緒に育てられた。

(王太子殿下と言ったら、王子の兄君か……)

 ジャンは私を王子と呼び、兄のように、友達のように、従者のようにいつもそばにいてくれた。
 王太子と私は兄弟で、間にもうひとり兄がいる。
 シャルル・ドルレアンとジャンも兄弟だ。
 私たちは血を分けた従兄弟なのだ。

「そう、アルテュール殿だ」

 シャルル・ドルレアンは、弟の様子をうかがった。

「何ですか」
「……もっと喜ぶかと思ったが、意外と冷静だな」
「嬉しいですよ! でも、その人のことはよく知りませんので」
「君は、騎士道物語が好きではなかったか」
「大好きです!」
「ならば、アーサー王の物語は知っているだろう」
「バイブルです!!」

 ジャンは座学よりも体を動かすことを好んだが、騎士道物語は別だ。
 修道院で過ごしていたころも、熱心に読んでいた。
 騎士道物語と英雄譚は、有名な伝説から地域色豊かなおとぎ話まで数え切れないほどある。
 中でも「アーサー王の物語」は別格で、14~15世紀にかけて一世を風靡するほどの人気を誇った。

「アルテュール・ド・リッシュモン伯は、あのブルターニュ公の弟だ」
「はぁ」
「まさか知らないのか? ブルターニュ公の一族はかのアーサー王の末裔に当たる。中でも、リッシュモン伯はまだ弱冠22歳だが、その名のとおりアーサー王の再来と言われるほどの逸材なのだ」

 ジャンは幼い頃からずっと騎士に憧れていた。
 通りすがりの傭兵さえも、羨望の眼差しで見ていた。
 シャルル・ドルレアンの話は、おとぎ話の英雄が現実に現れたも同然だった。



***



「いかにも、私がアルテュール・ド・リッシュモンだが……」

 遅延していた出立の日が決まり、リッシュモンは多忙を極めていた。
 しかし、王弟の子シャルル・ドルレアンの異母弟が紹介状を持って尋ねて来たとなれば、無視することは出来ない。

「あなたが、あの有名なアーサー王なんですね!」
「王ではない」
「は、はい! 失礼しました!」

 託された紹介状を読むと、リッシュモンは考え込んだ。

「さて、どうしたものか」

 目の前の少年はキラキラと目を輝かせながらリッシュモンの一挙手一投足を見ている。
 英雄像を投影され、期待や憧れを押し付けられることは何度もあった。
 聞き流してあしらう術はいくつも心得ていたが、王弟の子——狂人王シャルル六世の甥となれば、適当にあしらうわけにいかない。

「名をジャンと言ったな」
「は、はい!」
「貴公の兄君はひとつ勘違いをされている」

 シャルル・ドルレアンは「王太子が出陣しないのだから王太子に仕える騎士たちも残留する」と考えて、弟の剣術指南役を選んだのだろう。
 だが、リッシュモンは今回の戦いに参加する。依頼に応えることは出来ない。

「私は貴公の兄君とともに出立する。だから、剣術指南をすることはできない」
「えっ、そうなのですか……?」

 期待に胸を膨らませていたジャンは、みるみる萎れていった。
 シャルル・ドルレアンは貴族然としているが、弟であるジャンの感情は分かりやすく、貴族らしくない反応だった。
 リッシュモンは二年前を思い出していた。

(どことなくあの方に似ている。王太子殿下の弟君もこのような……)

 ジャンは行動力に長けたタイプで、私は内向的なタイプだ。
 アンジェ城でリッシュモンと出会ったときの私は、表面的にはジャンと正反対だったが感情が顔に出やすいところは似ていた。

「剣術を指南していただけないのは残念です。とても!」

 ジャンは言葉に気をつけながら、内心で迷っていた。
 もっと食い下がって無理にでも頼み込んでみるかどうかを。

(アーサー王直伝の剣術を教えてもらえるかもしれないのに。こんな機会、もう二度と無いかもしれないのに)

 ジャンはシャルル・ドルレアンの小姓をしている。
 出陣前の準備がどれほど大変か、身をもって知っていた。

「アーサー殿に、お目にかかれて光栄でした」

 ジャンは作り笑いを浮かべた。
 親切な兄に恥をかかせたくなかっただろうし、憧れの騎士が戦いへ旅立つのを邪魔したくなかったのだろう。
 何より、大義よりも私欲を優先することは騎士道に反する。

「出陣前の忙しいときに時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 ジャンはしおらしくそう言うと、ぺこりと頭を下げた。

「待たれよ」

 リッシュモンは、退室しようとしたジャンを引き止めた。
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