7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第三章〈アジャンクールの戦い〉編

3.3 ブシコー・ブートキャンプ

 一度は退出しようとしたが、リッシュモンに呼び止められてジャンの期待が再び盛り返した。

(俺の気持ちがアーサー王に通じたのか!? ああ、神よ!)

 舞い上がったのも束の間、リッシュモンは「剣術指南をすることは出来ないが、手ぶらで帰すのも気の毒だ」と告げた。

(何だよ! 期待させて落とすなよ!)

 期待の反動で、ジャンは心の中で毒づいた。
 出陣の準備でリッシュモンの部屋には武具が散乱していた。
 ごそごそと何かを探している部屋の主を見ながら、ジャンは「もしかして、駄賃チップをくれるのだろうか」と思ったようだ。
 小姓は宮廷人の下っ端だから、臨時の小遣いをもらうのは嬉しいはずだったが、ジャンはそうでもなかった。

子供ガキの使いじゃないんだぞ! 駄賃なんかいらなーーい!)

 心の中で荒ぶった瞬間、リッシュモンが振り向いた。

「これを差し上げよう」
「本ですか」

 兄に恥をかかせないため、ジャンは平静を装った。
 しかし、心の中では「絶対いらない! 駄賃のほうがまだマシ!」とますます荒ぶっていた。

「ブシコー元帥直伝の鍛錬メニューだ」
「え……えぇッ!」

 剣術指南書と騎士道を説く本はいくつもあるが、現役騎士が執筆したトレーニング手引き書は珍しい。
 しかも、著者のブシコー元帥はフランス王国軍の総司令官で、今回の戦いにも参加する。

「そんな貴重な本をいただいていいんですか」
「内容をすべて覚えているし、すべてのメニューをこなせるから、私にはもう本は必要ない」

 本には、10か条の鍛錬メニューと具体的な解説が書かれていたが、剣術のことは何も書かれていなかった。

「貴族のたしなみとして剣技フェンシングを学びたいなら、その本は要らないだろう。だが、本気で騎士を目指しているなら、その本に書かれた鍛錬メニューは役に立つだろう」



====================

【その一・壁をよじ登る】
両側に壁のある狭い空間で、両手足を使ってできるだけ高いところまでよじ上る。

【その二・横向きで馬に乗る】
慎重に馬に近づき、片手を馬の背に、もう片方の手を馬の首に置いてひらりと馬に飛び乗る。

【その三・ペアで馬に乗る】
信頼できる友人など、もうひとりの人物に先に馬に乗ってもらう。
相手の袖をつかんで馬に飛び乗り、その人の前にまたがる。

【その四・前転する】
地面で休みなく、連続でんぐり返しをする。

【その五・ハンマーを振り回す】
まわりに注意しながら、大きなハンマーを振り回す。
斧で木を割るのも、代替えトレーニングになる。

【その六・石を投げる】
大きな石を探してきて、それを投げる。必要に応じて、素早く何度も繰り返す。

【その七・パンチングの練習】
こぶしを鍛えるため、繰り返し地面や壁、その他殴りやすいものをパンチする。

【その八・はしご登り】
長いはしごを木にたてかけて、手だけを使って登る。
甲冑を着て同様にして登り、てっぺんまで辿り着いたら片手ではしごをしっかりつかみ、もう片方の手で甲冑を脱ぐ。

【その九・夢中になって踊る】
鎖帷子チェーンメイルを着たまま、リズムに乗って激しく踊る。
合わせる音楽は何でもいい。お気に入りの推し曲がオススメ。
楽士がいないときは、友人に手拍子してもらおう。

【その十・楽しそうに走る】
長距離を走ることを楽しむ。苦しそうな表情を見せてはならない。
甲冑を身に着けているときは、敵と間違われないように、まわりの人に向かって手をふりながら楽しそうに走るのがポイント。

====================



「すべてクリアできたらもう一度ここへ来るといい。戦いから無事に帰還していたら、今度こそ指南役を引き受けよう」

 リッシュモンは、無理難題を押し付けてていよく追い返すつもりだったのかもしれない。
 しかし、ジャンはしばらく考えると「俺、結構できると思います」と答えた。

「11歳まで修道院にいたんです。剣術を教えてくれる人がいなかったから自分で修行しようと思って、いろいろ工夫して鍛錬してきました」

 ジャンは剣術指南の話を一度はあきらめかけた。
 だが、本に書かれた鍛錬メニューを見て「案外やれるかもしれない」と思ったようだ。
 このまま素直に引き返すには未練がありすぎた。

「俺、出来ます。何なら今やってみせます。だから指南役を——」
「甲冑を着て、同じことをやれるか?」
「えっ」

 この時代のフランス王国は、重装騎兵が主力だった。
 プレートアーマーの総重量は軽いタイプで20キロ超、装飾と装甲に厚みを持たせた重量級をフル装備すると50キロ近い重さになる。
 欧州史全体から見ても、もっとも装備が重い時代だった。

「そういうアーサー殿はできるんですか?」

 ジャンはつい挑発するようなことを言った。
 異母兄シャルル・ドルレアンから、「口は災いのもと。実力以外のことで破門されないように」と釘を刺されていたことを思い出し、「しまった」と思ったときにはもう遅かった。
 だが、リッシュモンは皮肉でも意趣返しでもなく、ごく普通に「もちろん」と答えた。

「この鍛錬メニューを? プレートアーマー着用で? マジで?!」

 ジャンは信じられない気持ちでリッシュモンを見つめた。
 この生真面目な騎士は、とてもじゃないが冗談を言うようには見えない。きっと本当に出来るのだろう。
 いまは厚手の上衣を着ているから鍛えた体は見えなかったが、太い首筋や剣ダコでかたくなった手から、日々の鍛錬が想像できた。

「軽装でできるなら、次は甲冑を着てやってみる。すべてのメニューを余裕でこなせるようになるまで繰り返す。地味で地道な基礎訓練が、剣を自在に操る肉体を育てるのだ。剣術指南はその後でも遅くないだろう」

 誇張でも嫌がらせでもなく、当たり前だと言わんばかりの口ぶりだ。

「バケモノかよ! ……あっ、すみません!」

 ジャンは心の中で震え上がった。
 これが本物の騎士、実在する騎士なのだと。

 ずっと前からジャンは騎士道物語にあこがれて、いつか騎士になりたいと夢見ていた。
 この日、はじめて出会った一流の騎士に対してむくむくと尊敬の念がわき起こり、同時にひとつ疑問が浮かんだ。

「ひとつ質問があります」
「答えられる範囲でうかがおう」
「ここに書かれている10か条のメニュー……」

 ジャンは、今しがたもらったばかりの本をぱらぱらとめくった。

「あった。この『その十・楽しそうに走る』ですけど、アーサー殿も手を振りながら楽しそうに長距離走をしているのですか」

 ジャンには、堅物リッシュモンが手を振りながら楽しそうに走る姿がどうしても想像できなかった。

「すべてのメニューをやる、出来ると言ってましたよね。実際にアーサー殿が鍛錬するところを一度見ておきたいです」
「手短にお答えしよう」

 ジャンが言い終わる前に、リッシュモンが答えた。
 話の途中でさえぎるように言葉を重ねる行為は、やや非礼でもある。

「アーサーは私の先祖の名であり、私の名はアルテュールだ。正確に呼んでいただきたい」
「あっ、すみません」
「以上だ」
「えっ、ちょっと待……」
「出陣前の準備で忙しいのでこれで失礼する」

 ジャンがリッシュモンと再会するのは、だいぶ先になる。
 救国の乙女ジャンヌ・ダルクとともに、オルレアン包囲戦で共闘する日まで待たなければならない。






(※)ブシコー元帥はアーマー着用でバク転・バク宙したり、バレエのスーブルソー(飛んだり跳ねたりしながらくるくる回転するポジション)まで出来たらしいです。フランスの古典的軍事教練を元にしたパルクールというパフォーマンスがありますが、あんな感じ…?

※参考動画1(フランス語・英語字幕):https://www.youtube.com/watch?time_continue=22&v=q-bnM5SuQkI&feature=emb_logo「Can You Move in Armour? - YouTube」

※参考資料1:https://dailynewsagency.com/2016/07/10/can-you-move-in-armour-t5t/「中世の騎士のフルプレートアーマーで素早く動くための修行を再現してみた動画 - DNA」
※参考資料2:https://www.gizmodo.jp/2016/07/post_664795.html「中世騎士道の鑑はクソ重い甲冑で走り込みをしていたことが判明 | ギズモード・ジャパン」
※参考資料3:http://dailynewsagency.com/2014/10/07/le-combat-en-armure-au-fbo/「中世の騎士の甲冑を完全に再現し本当に戦闘可能だったのかを検証した動画」

※参考資料4(ブシコーと無関係ですがカラーイラストで見やすい):https://dailynewsagency.com/2012/06/12/manuel-de-combat-a-lepee-1500-wwz/「カラーイラストいっぱい、1500年代に描かれた西洋剣術の指南書「Fechtbuch」」
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