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第六章〈王太子の受難〉編
6.11 トーナメント観戦(2)挿絵つき
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馬上槍試合には、戦争を模した団体戦と、一対一の決闘を模した個人戦がある。
古代ローマ時代の闘技場のごとく、15世紀当時の民衆も大いに熱狂したが、団体戦は廃れて個人戦が主流になっていた。
トーナメントは興行イベントだけでなく、就職活動としても最適だった。
士官を望む者は騎士団にアピールするために、騎士団を所有する貴族や所属団長は将来有望な戦士をスカウトするために、双方のマッチングがおこなわれた。
中には、無類の戦闘狂が強者と手合わせしようと他国から参戦する者もいたし、競技中に主君や恋人に熱烈なアプローチをする者もいて、観客はいっそう盛り上がる。
対戦前に、司会役の宮廷詩人が競技者を紹介し、競技者自身も名乗りをあげる。
今回は王太子主催だったから、私にアピールする競技者が多かった。
王太子の護衛隊の選抜も兼ねていたからだ。
私たちは観戦しながら目を引く者をリストアップしていくが、私は「みんなすごい!」と感嘆してばかりだった。
「今度の対戦もすごいなぁ」
「もう! さっきから王太子はソレばかりじゃないですか」
「だって、よく分からないんだもん……」
私は小声で本音を言った。
もともと剣術は苦手だった。
あまりにも上達しないので「時間の無駄」だと剣術指南の授業を免除されたほどだ。
戦術・戦略も教養程度しか学んでいない。
「ちゃんと見ないと、王太子にアピールしにきた参加者が気の毒ですよ」
「いっそ、私がいなくてもいいのではないかな」
「えっ、なんでですか?!」
先ほどから、護衛隊長シャステルと侍従長デュノワ伯ジャンは専門用語を駆使して熱く語り合っているが、私は馴染みがなくて話についていけない。
私は苦笑しながら「新しい護衛のスカウトは、シャステルとジャンの目利きに期待するよ」と付け加えた。
「知識がなくても、『これは!』と勘が働くこともございます」
「シャステル……」
シャステルいわく、賢明王シャルル五世は病弱で戦うことができなかったが、あるとき模擬戦を見物しながら「あれは誰だ」と側近に尋ねたらしい。
シャルル五世が目に留めた者こそ、かの名将ベルトラン・デュ・ゲクランであった。
読者諸氏には、二つ名「鎧を着た豚」と呼んだ方が分かりやすいだろうか。
ゲクランには他にもトーナメントと顔にまつわる言い伝えがある。
容貌のせいで、日ごろから軽んじられ嘲笑されていたゲクランは、フルフェイスの兜で顔を隠してトーナメントに出場した。
実力で勝ち上がり、あいつは何者かと注目されたが、ゲクランは試合中も休憩中も絶対に兜を脱がなかった。
ゲクランの対戦相手として、屈強なベテラン騎士が「ぜひ、手合わせして実力を見たい」と名乗りを上げた。
名誉なことだったが、ゲクランは競技場にあらわれずに不戦敗となった。
じつはこの騎士はゲクランの父で、ゲクランは士官の道が閉ざされるとしても「父に剣を向けることはできない」と不戦敗の理由を語ったのだとか。
私は剣術のことは今ひとつわからないが、このような人間味あるエピソードは好きだ。
容姿にとらわれずにゲクランを見いだした祖父もすばらしいと思う。
トーナメントは各地域・各年代でさまざまな英雄譚を生み出し、吟遊詩人が詩にして伝説を広めた。
「いま、戦っている者の中に未来の英雄がいるかもしれません」
シャステルは話をしている最中も、競技から目を離さなかった。
「たとえ勝ち上がれなくても特殊技能を持つ者や、磨けば光る原石が転がっているかもしれません。強さも大事ですが、騎士団にはさまざまな人材が必要です」
シャステルの言うことも一理ある。
「未来の英雄かぁ。いつかは俺も……」
ジャンはシャステルから稽古を付けてもらっている。
きっとトーナメントで腕試ししたかったに違いない。
(そうだ。日ごろの礼を兼ねて、ジャンにプレートアーマーをプレゼントできないかな)
そんなことを思いついて「金貨だと何枚だろう。ジャンには聞けないな」と考え始めた。
結局、私はトーナメントに集中していない。
「あっ、クレルモン伯ですよ」
ジャンに声をかけられて、ようやく私は競技に注目した。
このたびのトーナメントでは、クレルモン伯も注目の的だった。
名乗りを上げながら、とあるご令嬢の——名ではなく、ご令嬢の姿を花にたとえて「勝利を捧げたい」と誓った。
試合もそれなりに勝ち進んだ。色鮮やかなサーコートがひらめき、装飾を凝らしたプレートアーマーがちらちら見えるたびに観客は感嘆のため息を漏らした。
観客は盛り上がり、裕福な貴公子に愛され、勝利を捧げられるご令嬢は誰だろうと噂した。
私は内心で「今度クレルモン伯にプレートアーマーの価格を聞いてみよう」と考えていた。
おもしろいエピソードを聞いているうちに、私も少しずつトーナメントに興味を持ち始めていた。
トーナメントは殺し合いではないから、殺傷力のない武器を使う。
例えば、槍の柄を木製にして突進力を弱め、穂先にはソケットというカバーをかぶせる。
それでいて、競技者は頑丈なプレートアーマーを着込むのだから、チェインメイルの頃より格段に事故は少なくなった。
それでも、不運なアクシデントはつきものだ。
ある試合で、槍の穂先が対戦相手の胸を突いた。
その槍は木製の柄が腐っていたのだろうか。
突いた瞬間、柄が木っ端みじんに砕けてしまった。
「あぶない!!」
誰かが叫び、私の目の前でシャステルが剣を抜いた。
槍から外れたソケットが飛んできたが、シャステルの剣が一瞬早くソレを弾き飛ばした。
私とジャンは一歩も動けなかった。
何が起きたか把握する前に、悲鳴が聞こえた。
槍の柄は折れてギザギザに裂け、運悪く対戦相手のアーマーと兜の隙間に刺さっていた。
プレートアーマーのフル装備だから顔は見えない。
体勢を崩して落馬し、倒れた地面には赤黒い水たまりが広がっていた。
(※)バーテルミー・デック画「ルネ・ダンジューの馬上槍試合の書」(René d'Anjou Livre des tournois, Barthélemy d'Eyck)
古代ローマ時代の闘技場のごとく、15世紀当時の民衆も大いに熱狂したが、団体戦は廃れて個人戦が主流になっていた。
トーナメントは興行イベントだけでなく、就職活動としても最適だった。
士官を望む者は騎士団にアピールするために、騎士団を所有する貴族や所属団長は将来有望な戦士をスカウトするために、双方のマッチングがおこなわれた。
中には、無類の戦闘狂が強者と手合わせしようと他国から参戦する者もいたし、競技中に主君や恋人に熱烈なアプローチをする者もいて、観客はいっそう盛り上がる。
対戦前に、司会役の宮廷詩人が競技者を紹介し、競技者自身も名乗りをあげる。
今回は王太子主催だったから、私にアピールする競技者が多かった。
王太子の護衛隊の選抜も兼ねていたからだ。
私たちは観戦しながら目を引く者をリストアップしていくが、私は「みんなすごい!」と感嘆してばかりだった。
「今度の対戦もすごいなぁ」
「もう! さっきから王太子はソレばかりじゃないですか」
「だって、よく分からないんだもん……」
私は小声で本音を言った。
もともと剣術は苦手だった。
あまりにも上達しないので「時間の無駄」だと剣術指南の授業を免除されたほどだ。
戦術・戦略も教養程度しか学んでいない。
「ちゃんと見ないと、王太子にアピールしにきた参加者が気の毒ですよ」
「いっそ、私がいなくてもいいのではないかな」
「えっ、なんでですか?!」
先ほどから、護衛隊長シャステルと侍従長デュノワ伯ジャンは専門用語を駆使して熱く語り合っているが、私は馴染みがなくて話についていけない。
私は苦笑しながら「新しい護衛のスカウトは、シャステルとジャンの目利きに期待するよ」と付け加えた。
「知識がなくても、『これは!』と勘が働くこともございます」
「シャステル……」
シャステルいわく、賢明王シャルル五世は病弱で戦うことができなかったが、あるとき模擬戦を見物しながら「あれは誰だ」と側近に尋ねたらしい。
シャルル五世が目に留めた者こそ、かの名将ベルトラン・デュ・ゲクランであった。
読者諸氏には、二つ名「鎧を着た豚」と呼んだ方が分かりやすいだろうか。
ゲクランには他にもトーナメントと顔にまつわる言い伝えがある。
容貌のせいで、日ごろから軽んじられ嘲笑されていたゲクランは、フルフェイスの兜で顔を隠してトーナメントに出場した。
実力で勝ち上がり、あいつは何者かと注目されたが、ゲクランは試合中も休憩中も絶対に兜を脱がなかった。
ゲクランの対戦相手として、屈強なベテラン騎士が「ぜひ、手合わせして実力を見たい」と名乗りを上げた。
名誉なことだったが、ゲクランは競技場にあらわれずに不戦敗となった。
じつはこの騎士はゲクランの父で、ゲクランは士官の道が閉ざされるとしても「父に剣を向けることはできない」と不戦敗の理由を語ったのだとか。
私は剣術のことは今ひとつわからないが、このような人間味あるエピソードは好きだ。
容姿にとらわれずにゲクランを見いだした祖父もすばらしいと思う。
トーナメントは各地域・各年代でさまざまな英雄譚を生み出し、吟遊詩人が詩にして伝説を広めた。
「いま、戦っている者の中に未来の英雄がいるかもしれません」
シャステルは話をしている最中も、競技から目を離さなかった。
「たとえ勝ち上がれなくても特殊技能を持つ者や、磨けば光る原石が転がっているかもしれません。強さも大事ですが、騎士団にはさまざまな人材が必要です」
シャステルの言うことも一理ある。
「未来の英雄かぁ。いつかは俺も……」
ジャンはシャステルから稽古を付けてもらっている。
きっとトーナメントで腕試ししたかったに違いない。
(そうだ。日ごろの礼を兼ねて、ジャンにプレートアーマーをプレゼントできないかな)
そんなことを思いついて「金貨だと何枚だろう。ジャンには聞けないな」と考え始めた。
結局、私はトーナメントに集中していない。
「あっ、クレルモン伯ですよ」
ジャンに声をかけられて、ようやく私は競技に注目した。
このたびのトーナメントでは、クレルモン伯も注目の的だった。
名乗りを上げながら、とあるご令嬢の——名ではなく、ご令嬢の姿を花にたとえて「勝利を捧げたい」と誓った。
試合もそれなりに勝ち進んだ。色鮮やかなサーコートがひらめき、装飾を凝らしたプレートアーマーがちらちら見えるたびに観客は感嘆のため息を漏らした。
観客は盛り上がり、裕福な貴公子に愛され、勝利を捧げられるご令嬢は誰だろうと噂した。
私は内心で「今度クレルモン伯にプレートアーマーの価格を聞いてみよう」と考えていた。
おもしろいエピソードを聞いているうちに、私も少しずつトーナメントに興味を持ち始めていた。
トーナメントは殺し合いではないから、殺傷力のない武器を使う。
例えば、槍の柄を木製にして突進力を弱め、穂先にはソケットというカバーをかぶせる。
それでいて、競技者は頑丈なプレートアーマーを着込むのだから、チェインメイルの頃より格段に事故は少なくなった。
それでも、不運なアクシデントはつきものだ。
ある試合で、槍の穂先が対戦相手の胸を突いた。
その槍は木製の柄が腐っていたのだろうか。
突いた瞬間、柄が木っ端みじんに砕けてしまった。
「あぶない!!」
誰かが叫び、私の目の前でシャステルが剣を抜いた。
槍から外れたソケットが飛んできたが、シャステルの剣が一瞬早くソレを弾き飛ばした。
私とジャンは一歩も動けなかった。
何が起きたか把握する前に、悲鳴が聞こえた。
槍の柄は折れてギザギザに裂け、運悪く対戦相手のアーマーと兜の隙間に刺さっていた。
プレートアーマーのフル装備だから顔は見えない。
体勢を崩して落馬し、倒れた地面には赤黒い水たまりが広がっていた。
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