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番外編・短編など
王太子の詫び状(続・モントロー橋事件、Ver.2)挿絵つき
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(※)前回「モントロー橋事件、Ver.2」の続きです。橋上でブルゴーニュ無怖公が殺害された後、王太子(シャルル七世)が次期ブルゴーニュ公フィリップ(善良公)に宛てた詫び状を元にしています。
ブルゴーニュ無怖公の凄惨な殺害現場をつぶさに目撃し、王太子は激しいショックに押しつぶされた——らしい。
人が死んでいるのに、他人事のようで申し訳ない。
あの日を思い出そうとすると頭の中に靄がかかり、ひどく無気力になって寝込んでしまうのだ。
心理学で言うフラッシュバックという症状だろうか。
とはいえ、15世紀当時は心的外傷について理解されていない。
事件以来、私はときどき無気力状態を発症するようになり、「怠け者」の烙印を押されてしまう。
アルマニャック伯が生きていたら、何か良い知恵を授けてくれたかもしれない。
だが、死者を生き返らせる奇跡は決して起きない。王も皇帝も、ローマ教皇にだって不可能な芸当だ。
事件後、アルマニャック派の宮廷は混乱に陥った。
権力の象徴たる「王太子を確保する」以外に何もできなかった。
アルマニャック伯の後釜を狙う家臣は何人もいたが、埋め合わせできる者はひとりもいなかった。
ブルゴーニュ派とアルマニャック派の和解への試みが、すべて失われようとしていた。
平和は遠のき、内乱はますますこじれて激化するだろう。王弟オルレアン公が殺されて首謀者ブルゴーニュ公が憎まれたように、これからは私に憎悪が向けられる。
「ブルゴーニュ公と同じく、いつか私も報復を受けて殺されるのだろうか」
ブルゴーニュ公が昏倒し、割れた頭から脳がこぼれて、ちぎれた右腕がびしゃりと私の足元へ飛んでくる——フラッシュバックは、時にブルゴーニュ公の死顔を私の顔に書き換える。
「苦しい。息ができない。体が動かなくなる……あぁ、神よ……」
恐ろしい過去と未来が頭をよぎる。
だが、何もかも手遅れだと決めつけたくなかった。
恐怖と不安と傷心に耽溺して、寝込んでいる場合ではなかった。
震える手を押さえながら、私は手紙をしたためた。
ひとつはパリ市民に宛てた。
王太子が殺害計画を仕組んだという噂は事実無根だと主張し、事件の経緯について説明した。橋上で、互いに非難し合った果てに、互いの家臣が乱暴な振る舞いにおよび、私は守られ、ブルゴーニュ公は死んでしまったのだと。
だが、私の釈明を信じる者はいなかった。
人々は、当事者の説明よりも、事実と異なる噂話を信じた。
読者諸氏の時代で例えると、ますます「炎上した」といえる。
もうひとつの手紙は、シャロレー伯フィリップ——次期ブルゴーニュ公に宛てた詫び状だ。
パリ市民に宛てた手紙と同じく、事件の経緯についての長い説明と釈明を記し、それから次のように書き綴った。
「貴公は犠牲者の遺族である。父君の死に動揺し、大いに立腹していることだろう。だが、それでも私は和平へ向かう試みを諦めたくない。怒りと憎しみを抑え、忍耐を持って耐えてもらえないだろうか……」
この物語を読んでいる読者諸氏は「加害者のくせに図々しい言い分」だと思うだろうか。
亡き無怖公の息子フィリップは何を思っただろうか。
ブルゴーニュ公父子はそれほど仲が良かった訳ではないが、フィリップは父の訃報を知らされると何事かを叫び、歯を食いしばるような形相で部屋に閉じこもった。数日間、飲まず食わずで出てこなかったそうだ。
王侯貴族は、人前で感情をあらわにしないように躾けられる。
フィリップの動揺と悲痛、同時に、貴族として矜持を保とうとする心境は察するに余りある。
当時、ブルゴーニュ公フィリップは23歳で、私こと王太子シャルルは16歳。
これまでは私もフィリップも二派閥の内乱とは直接関係なかった。心のどこかで他人事だと思っていた。
この事件は、大人たちが引き起こした「争いの連鎖」が私たち息子世代に引き継がれた瞬間でもあった。
そして——
百年来、フランスをかき乱してきたイングランドの魔手が忍び寄る。
「火急の要件につき、フィリップ殿じきじきにお目通しいただきたい。さよう、今すぐに!」
懇願する王太子の詫び状よりも一足早く、復讐と戦いの継続を説く手紙が、ブルゴーニュ公フィリップのもとへ届いていた。
(※)ブルゴーニュ公父子の肖像画。左が無怖公ジャン、右が善良公フィリップ。
(※)7番目のシャルル青年期編(仮題)は、シャルル七世が即位した10月21日からスタートします。ジャンヌ・ダルクに導かれてランスで即位…の方ではなく、父王シャルル六世崩御につき19歳で即位した方の記念日。なお、今年は即位599周年です。
近くなったら、活動報告やTwitterであらためて告知します。
ブルゴーニュ無怖公の凄惨な殺害現場をつぶさに目撃し、王太子は激しいショックに押しつぶされた——らしい。
人が死んでいるのに、他人事のようで申し訳ない。
あの日を思い出そうとすると頭の中に靄がかかり、ひどく無気力になって寝込んでしまうのだ。
心理学で言うフラッシュバックという症状だろうか。
とはいえ、15世紀当時は心的外傷について理解されていない。
事件以来、私はときどき無気力状態を発症するようになり、「怠け者」の烙印を押されてしまう。
アルマニャック伯が生きていたら、何か良い知恵を授けてくれたかもしれない。
だが、死者を生き返らせる奇跡は決して起きない。王も皇帝も、ローマ教皇にだって不可能な芸当だ。
事件後、アルマニャック派の宮廷は混乱に陥った。
権力の象徴たる「王太子を確保する」以外に何もできなかった。
アルマニャック伯の後釜を狙う家臣は何人もいたが、埋め合わせできる者はひとりもいなかった。
ブルゴーニュ派とアルマニャック派の和解への試みが、すべて失われようとしていた。
平和は遠のき、内乱はますますこじれて激化するだろう。王弟オルレアン公が殺されて首謀者ブルゴーニュ公が憎まれたように、これからは私に憎悪が向けられる。
「ブルゴーニュ公と同じく、いつか私も報復を受けて殺されるのだろうか」
ブルゴーニュ公が昏倒し、割れた頭から脳がこぼれて、ちぎれた右腕がびしゃりと私の足元へ飛んでくる——フラッシュバックは、時にブルゴーニュ公の死顔を私の顔に書き換える。
「苦しい。息ができない。体が動かなくなる……あぁ、神よ……」
恐ろしい過去と未来が頭をよぎる。
だが、何もかも手遅れだと決めつけたくなかった。
恐怖と不安と傷心に耽溺して、寝込んでいる場合ではなかった。
震える手を押さえながら、私は手紙をしたためた。
ひとつはパリ市民に宛てた。
王太子が殺害計画を仕組んだという噂は事実無根だと主張し、事件の経緯について説明した。橋上で、互いに非難し合った果てに、互いの家臣が乱暴な振る舞いにおよび、私は守られ、ブルゴーニュ公は死んでしまったのだと。
だが、私の釈明を信じる者はいなかった。
人々は、当事者の説明よりも、事実と異なる噂話を信じた。
読者諸氏の時代で例えると、ますます「炎上した」といえる。
もうひとつの手紙は、シャロレー伯フィリップ——次期ブルゴーニュ公に宛てた詫び状だ。
パリ市民に宛てた手紙と同じく、事件の経緯についての長い説明と釈明を記し、それから次のように書き綴った。
「貴公は犠牲者の遺族である。父君の死に動揺し、大いに立腹していることだろう。だが、それでも私は和平へ向かう試みを諦めたくない。怒りと憎しみを抑え、忍耐を持って耐えてもらえないだろうか……」
この物語を読んでいる読者諸氏は「加害者のくせに図々しい言い分」だと思うだろうか。
亡き無怖公の息子フィリップは何を思っただろうか。
ブルゴーニュ公父子はそれほど仲が良かった訳ではないが、フィリップは父の訃報を知らされると何事かを叫び、歯を食いしばるような形相で部屋に閉じこもった。数日間、飲まず食わずで出てこなかったそうだ。
王侯貴族は、人前で感情をあらわにしないように躾けられる。
フィリップの動揺と悲痛、同時に、貴族として矜持を保とうとする心境は察するに余りある。
当時、ブルゴーニュ公フィリップは23歳で、私こと王太子シャルルは16歳。
これまでは私もフィリップも二派閥の内乱とは直接関係なかった。心のどこかで他人事だと思っていた。
この事件は、大人たちが引き起こした「争いの連鎖」が私たち息子世代に引き継がれた瞬間でもあった。
そして——
百年来、フランスをかき乱してきたイングランドの魔手が忍び寄る。
「火急の要件につき、フィリップ殿じきじきにお目通しいただきたい。さよう、今すぐに!」
懇願する王太子の詫び状よりも一足早く、復讐と戦いの継続を説く手紙が、ブルゴーニュ公フィリップのもとへ届いていた。
(※)ブルゴーニュ公父子の肖像画。左が無怖公ジャン、右が善良公フィリップ。
(※)7番目のシャルル青年期編(仮題)は、シャルル七世が即位した10月21日からスタートします。ジャンヌ・ダルクに導かれてランスで即位…の方ではなく、父王シャルル六世崩御につき19歳で即位した方の記念日。なお、今年は即位599周年です。
近くなったら、活動報告やTwitterであらためて告知します。
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