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番外編・短編など
モントロー橋事件、Ver.2(挿絵つき)
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(※)小説執筆と並行して資料を読んでいるため、新しい情報を知ると公開済みエピソードを改稿したくなります。八章終盤のモントロー橋事件は、史実の王太子(シャルル七世)が私が書くシャルルよりもよっぽどシャルルらしいので(そりゃ本人ですからね)セリフなど書き直したいのですが話のテンポが悪くなるので、番外編としてご紹介します。
アルマニャック派とブルゴーニュ派は、フランス王国を二分して内乱を繰り広げてきた。
王弟オルレアン公の殺害が発端だったが、王弟とブルゴーニュ公のいさかいは私が生まれる以前にさかのぼる。
私が王太子になった時、宮廷はアルマニャック派が中心だった。それゆえ、王太子はアルマニャック派だといわれているが、本当のところは、私は権力から遠ざけられて育ったせいか派閥争いに関心がなかった。
イングランドの侵略に対抗するには、内乱を解決しなければならないと考えていた。
「フランス王国の安寧のため、私は王太子として努力を惜しまない」
アルマニャック派家臣を説得し、ブルゴーニュ無怖公と何度も交渉を重ねて、和解をめざしてきた。
1419年9月10日、ヨンヌ川にかかるモントロー橋上で王太子とブルゴーニュ公が和平条約に調印する。待ちに待った平和の記念日になるはずだったのに——
いや、不穏な空気がなかったわけじゃない。
昼過ぎに対面する予定でありながら、ブルゴーニュ公が現れたのは夕方5時だった。
「ずいぶん遅かったな」
待ちぼうけを食わされたせいで、私は機嫌が悪かった。
ブルゴーニュ派の動向を探っていたシャステルの話によると、ブルゴーニュ公お抱えの占星術師が「モントロー橋へ行ったら生きて帰れない」と予言して、必死に引き留めたのだとか。
予言の真相はわからないが、アルマニャック派にもブルゴーニュ派にも和平を望まない者はいる。
イングランド寄りの間者がいるとすれば、なおさら反対するだろう。
(暗殺の危険はお互い様だというのに、怖い者知らずの「無怖公」がびびったとでも?)
私だって、強硬なアルマニャック派家臣を押し切ってここにきているのだ。
一方的に遅刻して約束をすっぽかされたら、私のメンツは丸潰れだ。
(※)ブルゴーニュ無怖公ジャンの肖像
「王太子殿下、あなたのお招きでここへ参りました」
ブルゴーニュ公は素知らぬ顔でひざまずいた。
うやうやしく挨拶したが、遅刻した詫びはなかった。
「殿下は、王国の荒廃をよくご存知のはずです。復興のために努力するとご決意ください。私も殿下に協力する用意がございます」
遅刻に腹を立てていたのもあって、いちいちカチンとくる物言いだと思った。
元はと言えば、王国の荒廃は王弟とブルゴーニュ公のいさかいが発端だというのに、まるで他人事ではないか。
「貴公は、良い修道院長にはなれないだろうな」
一言、皮肉を言わずにいられなかった。
ブルゴーニュ公は顔を上げると「どういう意味ですか」と問うた。
「貴公が『善をもって報いる』ということをしないからだ」
なぜ、これほど遅くなったのか——から始まり、これまで抑えていた不満が次から次へとこぼれた。
私は「誠意の証」として、ブルゴーニュ派に冷淡だったいくつかの城壁都市の門を開けて便宜を図ったが、ブルゴーニュ公が統治する町はあいかわらず王太子やアルマニャック派に冷たく門を閉ざしている件について。
また、私と和平交渉を進めながら、その裏ではいまだにイングランドと繋がり、二枚舌外交を続けていること。
こうしている今も、橋上へ連れてくる護衛の人数をごまかしていること。
私は失望していた。
きっと、ブルゴーニュ公にとって「平和」は建前なのだろう。
この後に及んで、いかにして自分が有利になるか——私欲と利害関係ばかりで、善意や良心に欠けていた。
今ここで和平条約を結んでも、遠くないうちに裏切られるだろう。
だからといって、感情的になってブルゴーニュ公を責めても解決しないし、妙案があったわけじゃない。
「そんなことで怒ってらっしゃるとは」
ブルゴーニュ公は、王太子が父王のもとへ帰れば問題はすべて解決しますよと答えた。
「答えになっていない!」
「くっくっく。いや、失礼。そんなに怒って、まるで子供の癇癪ではありませんか」
「なっ……!」
私が冷静さを失っていくのを見ながら、ブルゴーニュ公はうすら笑いを浮かべていた。
「子供と話し合いをするほど暇ではないのですよ。事実、あなたは父王の存在なしで何もできないのです。いいかげん、遊びは終わりにしましょう。ただちにパリへ戻り、両親の庇護下に置かれるべきです」
ブルゴーニュ公は王太子を子供扱いすると決めたらしい。
これまでの和平交渉を「遊び」と称して白紙にし、王太子を子供扱いして権力を無力化させる魂胆だろう。
「貴公に言われなくても、しかるべき時にパリに帰る。父上にもご挨拶を申し上げる」
「おやおや、まだ家出ごっこを続けるおつもりですか」
「いずれにしても、ブルゴーニュ公にああしろこうしろと指図される筋合いはない!」
互いに喧嘩腰になり、付き添いの家臣たちの間にも緊迫した雰囲気が漂い始めた。
「さて、と」
ブルゴーニュ公が連れてきた騎士の一人が、いつのまにか立ち上がり、つかつかと私に近づいてきた。
陪臣(家臣の家臣)が、王侯の許可なしで接近するなどあり得ない。呆気に取られていると、騎士は強引に私の手首——あるいは肩をつかんだ。
(※ここで王太子に触れたのはブルゴーニュ公本人だったという説も)
「さあ、今すぐに父君のもとへ帰るんだよ!」
ぶっきらぼうに怒鳴りつけられた。
脅しのつもりか本気かわからないが、ブルゴーニュ公と騎士たちは剣の柄に手を触れた。
それを見て、私が連れてきたアルマニャック派の騎士たちは一斉に剣を抜いた。
「武器を取れ!」
「殺せ!」
すでに、王太子の肩に触れるほど近くに敵方ブルゴーニュ派がいる。
護衛の判断が少しでも遅れれば、王太子に危害を加えて殺すことも無理やり連れ去ることも可能な距離だった。
「殿下をお守りしろ!」
シャステルかあるいは他の誰かのたくましい腕に、私は体ごと抱き抱えられた。
護衛に守られながら、私は生涯忘れられない恐ろしい光景を見た。
ブルゴーニュ公は脳天に斧の一撃を受けて、血と脳漿を撒き散らしながら昏倒した。
剣の柄に触れていた左手は切断され、私の足元へ飛んできた。かつてブルゴーニュ公が王弟を殺した時も手首が切断されたというから、のちにアルマニャック派の人々は「これは因果である。報いを受けたのだ」と語った。
モントロー橋上はみるみる血の海と化した。
ブルゴーニュ派の一人が、難を逃れて援軍を呼びに行った。
事件の第一報を聞いた時、待機していたブルゴーニュ派の家臣たちは「殺されたのは王太子」だと早とちりして歓声をあげたらしい。これは「橋上で王太子を暗殺する計画」があったのか、それとも「恐れ知らずの無怖公がまた武勇伝を積み上げた」と思ったのか。
真相を知ると、彼らは色を失って逃げ出した。
(※)モントロー橋事件に関する調書は、ブルゴーニュ派とアルマニャック派で食い違っていて、ブルゴーニュ派は「無怖公が最初の挨拶をした直後、王太子の家臣がいきなり剣を抜いて襲ってきた」と供述しています。王太子とアルマニャック派の言い分は、小説の通りです。
王太子が言ったとされる「貴公は、良い修道院長にはなれないだろうな」が、すごくシャルル七世らしい皮肉だったのでどこかで入れたかったのです。修道院ジョーク(皮肉)が伝わらなくて説明するところとか笑。
「善をもって報いる」は聖書各所に出てくる言葉です。
>あなたを憎む者が飢えているなら、パンを食べさせ、渇いているなら、水を飲ませよ。
>だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。
敵に自分で復讐しようとするのではなく、かえって善を持って報いなさいと言う教えですね。王弟の復讐を誓う家臣たちを、こう言って説得したのでしょうか。
王太子の責務をまっとうしながら、それでも人の善意や良心を信じたい。
シャルル七世16歳の葛藤を感じます。
アルマニャック派とブルゴーニュ派は、フランス王国を二分して内乱を繰り広げてきた。
王弟オルレアン公の殺害が発端だったが、王弟とブルゴーニュ公のいさかいは私が生まれる以前にさかのぼる。
私が王太子になった時、宮廷はアルマニャック派が中心だった。それゆえ、王太子はアルマニャック派だといわれているが、本当のところは、私は権力から遠ざけられて育ったせいか派閥争いに関心がなかった。
イングランドの侵略に対抗するには、内乱を解決しなければならないと考えていた。
「フランス王国の安寧のため、私は王太子として努力を惜しまない」
アルマニャック派家臣を説得し、ブルゴーニュ無怖公と何度も交渉を重ねて、和解をめざしてきた。
1419年9月10日、ヨンヌ川にかかるモントロー橋上で王太子とブルゴーニュ公が和平条約に調印する。待ちに待った平和の記念日になるはずだったのに——
いや、不穏な空気がなかったわけじゃない。
昼過ぎに対面する予定でありながら、ブルゴーニュ公が現れたのは夕方5時だった。
「ずいぶん遅かったな」
待ちぼうけを食わされたせいで、私は機嫌が悪かった。
ブルゴーニュ派の動向を探っていたシャステルの話によると、ブルゴーニュ公お抱えの占星術師が「モントロー橋へ行ったら生きて帰れない」と予言して、必死に引き留めたのだとか。
予言の真相はわからないが、アルマニャック派にもブルゴーニュ派にも和平を望まない者はいる。
イングランド寄りの間者がいるとすれば、なおさら反対するだろう。
(暗殺の危険はお互い様だというのに、怖い者知らずの「無怖公」がびびったとでも?)
私だって、強硬なアルマニャック派家臣を押し切ってここにきているのだ。
一方的に遅刻して約束をすっぽかされたら、私のメンツは丸潰れだ。
(※)ブルゴーニュ無怖公ジャンの肖像
「王太子殿下、あなたのお招きでここへ参りました」
ブルゴーニュ公は素知らぬ顔でひざまずいた。
うやうやしく挨拶したが、遅刻した詫びはなかった。
「殿下は、王国の荒廃をよくご存知のはずです。復興のために努力するとご決意ください。私も殿下に協力する用意がございます」
遅刻に腹を立てていたのもあって、いちいちカチンとくる物言いだと思った。
元はと言えば、王国の荒廃は王弟とブルゴーニュ公のいさかいが発端だというのに、まるで他人事ではないか。
「貴公は、良い修道院長にはなれないだろうな」
一言、皮肉を言わずにいられなかった。
ブルゴーニュ公は顔を上げると「どういう意味ですか」と問うた。
「貴公が『善をもって報いる』ということをしないからだ」
なぜ、これほど遅くなったのか——から始まり、これまで抑えていた不満が次から次へとこぼれた。
私は「誠意の証」として、ブルゴーニュ派に冷淡だったいくつかの城壁都市の門を開けて便宜を図ったが、ブルゴーニュ公が統治する町はあいかわらず王太子やアルマニャック派に冷たく門を閉ざしている件について。
また、私と和平交渉を進めながら、その裏ではいまだにイングランドと繋がり、二枚舌外交を続けていること。
こうしている今も、橋上へ連れてくる護衛の人数をごまかしていること。
私は失望していた。
きっと、ブルゴーニュ公にとって「平和」は建前なのだろう。
この後に及んで、いかにして自分が有利になるか——私欲と利害関係ばかりで、善意や良心に欠けていた。
今ここで和平条約を結んでも、遠くないうちに裏切られるだろう。
だからといって、感情的になってブルゴーニュ公を責めても解決しないし、妙案があったわけじゃない。
「そんなことで怒ってらっしゃるとは」
ブルゴーニュ公は、王太子が父王のもとへ帰れば問題はすべて解決しますよと答えた。
「答えになっていない!」
「くっくっく。いや、失礼。そんなに怒って、まるで子供の癇癪ではありませんか」
「なっ……!」
私が冷静さを失っていくのを見ながら、ブルゴーニュ公はうすら笑いを浮かべていた。
「子供と話し合いをするほど暇ではないのですよ。事実、あなたは父王の存在なしで何もできないのです。いいかげん、遊びは終わりにしましょう。ただちにパリへ戻り、両親の庇護下に置かれるべきです」
ブルゴーニュ公は王太子を子供扱いすると決めたらしい。
これまでの和平交渉を「遊び」と称して白紙にし、王太子を子供扱いして権力を無力化させる魂胆だろう。
「貴公に言われなくても、しかるべき時にパリに帰る。父上にもご挨拶を申し上げる」
「おやおや、まだ家出ごっこを続けるおつもりですか」
「いずれにしても、ブルゴーニュ公にああしろこうしろと指図される筋合いはない!」
互いに喧嘩腰になり、付き添いの家臣たちの間にも緊迫した雰囲気が漂い始めた。
「さて、と」
ブルゴーニュ公が連れてきた騎士の一人が、いつのまにか立ち上がり、つかつかと私に近づいてきた。
陪臣(家臣の家臣)が、王侯の許可なしで接近するなどあり得ない。呆気に取られていると、騎士は強引に私の手首——あるいは肩をつかんだ。
(※ここで王太子に触れたのはブルゴーニュ公本人だったという説も)
「さあ、今すぐに父君のもとへ帰るんだよ!」
ぶっきらぼうに怒鳴りつけられた。
脅しのつもりか本気かわからないが、ブルゴーニュ公と騎士たちは剣の柄に手を触れた。
それを見て、私が連れてきたアルマニャック派の騎士たちは一斉に剣を抜いた。
「武器を取れ!」
「殺せ!」
すでに、王太子の肩に触れるほど近くに敵方ブルゴーニュ派がいる。
護衛の判断が少しでも遅れれば、王太子に危害を加えて殺すことも無理やり連れ去ることも可能な距離だった。
「殿下をお守りしろ!」
シャステルかあるいは他の誰かのたくましい腕に、私は体ごと抱き抱えられた。
護衛に守られながら、私は生涯忘れられない恐ろしい光景を見た。
ブルゴーニュ公は脳天に斧の一撃を受けて、血と脳漿を撒き散らしながら昏倒した。
剣の柄に触れていた左手は切断され、私の足元へ飛んできた。かつてブルゴーニュ公が王弟を殺した時も手首が切断されたというから、のちにアルマニャック派の人々は「これは因果である。報いを受けたのだ」と語った。
モントロー橋上はみるみる血の海と化した。
ブルゴーニュ派の一人が、難を逃れて援軍を呼びに行った。
事件の第一報を聞いた時、待機していたブルゴーニュ派の家臣たちは「殺されたのは王太子」だと早とちりして歓声をあげたらしい。これは「橋上で王太子を暗殺する計画」があったのか、それとも「恐れ知らずの無怖公がまた武勇伝を積み上げた」と思ったのか。
真相を知ると、彼らは色を失って逃げ出した。
(※)モントロー橋事件に関する調書は、ブルゴーニュ派とアルマニャック派で食い違っていて、ブルゴーニュ派は「無怖公が最初の挨拶をした直後、王太子の家臣がいきなり剣を抜いて襲ってきた」と供述しています。王太子とアルマニャック派の言い分は、小説の通りです。
王太子が言ったとされる「貴公は、良い修道院長にはなれないだろうな」が、すごくシャルル七世らしい皮肉だったのでどこかで入れたかったのです。修道院ジョーク(皮肉)が伝わらなくて説明するところとか笑。
「善をもって報いる」は聖書各所に出てくる言葉です。
>あなたを憎む者が飢えているなら、パンを食べさせ、渇いているなら、水を飲ませよ。
>だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。
敵に自分で復讐しようとするのではなく、かえって善を持って報いなさいと言う教えですね。王弟の復讐を誓う家臣たちを、こう言って説得したのでしょうか。
王太子の責務をまっとうしながら、それでも人の善意や良心を信じたい。
シャルル七世16歳の葛藤を感じます。
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