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第七章〈王太子の都落ち〉編
7.9 キレやすい用心棒(5)墓荒らし
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シャステルはなかなか戻ってこなかった。
私は馬車に乗り込み、ライルは馬車のかたわらで暇を持て余していた。
「おっさん、遅ぇな」
ライルは足元の土をぐりぐりと踏みつけたり蹴飛ばしたりしながら、他愛ないことをつぶやいた。
シャステルは廃教会と納骨堂を点検しに行っている。
ここから立ち去る前に、私たちがいた痕跡を消すためだ。
「かと言って、このひ弱そうな坊ちゃんをひとりにする訳にもいかねぇしよ」
「私はひ弱な坊ちゃんに見える?」
「おっ、実は強いのか?」
「はは、残念だけど見た目どおりだよ」
馬車の扉を開け放しているから、私たちはこの奇妙な対話を続けることができた。
「なぁ、坊ちゃん。俺様からも質問していいか?」
いつのまにかライルの苛立ちは収まったようで、さっきから地面を凝視している。
このあたりには沼地が多くて地面が柔らかいため、歩くと足跡がつき、馬車が通ると轍ができる。
「詮索する気はねぇけどよ。話すのまずかったら別に言わなくてもいいし」
ライルはわずかな地面のへこみを踏みつけて、平らにならしていた。
馬車の痕跡を消そうとしているようだが、私と目を合わせたくないようにも見えた。
「さっき、俺のことイングランド出身かって聞いたろ? 俺はイングランド出身じゃなくてガスコーニュ出身だけどよ、イングランド人だったらどうするんだよ。まずくね?」
長い間、フランスとイングランドは戦っている。
私が生まれる前に一時休戦したが、イングランド王ヘンリー五世は再び戦争を始めた。
誰もが知っている外交問題だ。
もちろん私も知っているが、宮廷ではアルマニャック派とブルゴーニュ派の対決ばかりでイングランドの動向はあまり私の耳に入ってこなかった。
せいぜい、いとこのシャルル・ドルレアン解放に難儀しているという話くらいで——つまり、個人的にイングランドに接点がなく、恨みもない。
(もし、ライルがイングランド出身だったら?)
どうということはないが、もしライルがイングランドの内通者だったら旅の同行者としては不適格かもしれない。
質問に答えるか無言で聞き流すか考えていると、シャステルが血相を変えて戻ってきた。
「納骨堂が一大事です!」
まさか亡霊でも出たかと思ったが、ライルが「あっ!」と言ったのを聞き逃さなかった。
シャステルの濃い眉がみるみる吊り上がっていく。これはまずい。
「やはり貴様のしわざか!」
ライルは後ずさりすると、脱兎のごとくシャステルから逃げ出した。
「違うって。いや違わねぇけど。俺のせいだけど! 待って、話聞いて! おいコラ、ガントレットつけたまま殴るなっつーの!」
ライルは馬車のまわりをぐるぐると逃げまどい、シャステルがマントをはためかせながら追いかけている。まるで喜劇の出し物だ。
私は馬車から身を乗り出して、ふたりの掛け合いを見守っていた。
「この、ばちあたりな墓荒らしめ!」
「違うって。わざとじゃねえっての!」
墓荒らしとは穏やかではない。
私はするりと馬車から飛び降りると、ふたりの間をすり抜けて納骨堂へ走った。
「おい、勝手にどっか行くんじゃねぇ!」
「殿下?!」
先ほど、ライルに見張りを任せてシャステルと話していたとき、廃教会の外でがしゃんと何かが壊れるような音が聞こえた。あれは一体——
「うわっ……」
音の正体は一目瞭然だった。
納骨堂は無惨にも荒らされていた。
棺と墓を用意できなかった死体は、骨の部位ごとに分けて山積みになっていたのだが、いまは山の一角が崩れて骨片が散乱していた。足の踏み場もないほどに。
「入ってはなりません!」
シャステルはライルをつかまえてこぶしを振り下ろすよりも、私を引き止めることを優先したようだ。
入ってはならないと止められる以前に、私は納骨堂の入口で立ち尽くしていたが。
「見てはなりません」
見るなと言われてももう遅い。
荒れた納骨堂から引きずり出されながら、私は胸の前で十字を切っていた。
修道院時代からの習性だろう。
「なんてことだ……」
「わざとじゃねぇよ」
シャステルから逃げていたはずのライルまでもが私を追いかけてきた。
「わざとじゃないだって? 故意ではなかったとしてもこの荒れ方はひどい。どうしてこんなことに」
ライルはむすっとしながらも、「坊ちゃんは俺様のことを正直者だと評価したからな。正直に答えてやる」とぶつくさ言うと、革袋を取り出した。
「誰が置いていったか知らねぇけどよ、ちょっくら旅の資金をいただいた」
小さな革袋は意外と重そうで、じゃらじゃらと音がした。
「旅の資金?」
「やっすい銅貨ばっかだけどな。ちょっと手元が狂って、骨の山の一角からすこーんと抜いたら」
「抜いたら……」
ライルは肩をすくめた。
「このザマよ」
すなわち、納骨堂の墓荒らしを自供したことになる。
「ばか者め、恥知らずめ!」
「ライルがやったことは死者への冒涜だ。それにこのお金は教会への寄付だ。盗んではいけない」
私とシャステルはライルを責めた。
シャステルは怒り、私は神学的な罪悪感からライルを教え諭そうとした。
だが、ライルにも彼なりの言い分があった。
「おっさんも坊ちゃんも分かってねぇ! 旅は長ぇんだ。敵はブルゴーニュ派だけじゃねぇ、ちっとでも人里から離れたらそこら中に野盗がいやがる! だけどな、そういうバカで単純な連中はちょっとばかしカネを握らせるだけで穏便に済むってコトが分からねぇのか!」
シャステルが「カネならある」と反論したが、ライルが言うには「多すぎる金銭はかえって野盗に目を付けられる」らしい。
検問で、金貨と銀貨を握らせたのは愚かな行為だと。
「それにな、ここには司祭も司教もいねぇのに、なーにが教会の寄付だ! 死人にはカネもメシもいらねぇ。俺たち生きてるニンゲン様が有効利用してこそ価値があるってもんだろうが!」
これは、墓荒らしでも略奪でもない。
収穫だとのたまった。
「盗みを収穫だと? よくもいけしゃあしゃあと……!」
「ああ、収穫だとも。腐る前に刈り取らねぇとな」
「ライル、知っているかい。銅貨は作物じゃないから腐らないよ」
「うるせぇ。お偉い貴族サマがたは何も分かってねぇ。カネは腐るし、すぐに使い物にならなくなるぞ」
私は金貨も銀貨も銅貨もあまり見たことがなかったが、金属は腐らないと思う。
しかし、ライルは早く使わないと腐ると言い張った。
話は平行線で埒があかない。ここで言い争いをしている余裕はないのだ。
「この不届き者にはのちほど充分に言って聞かせます。行きましょう」
「だけど……」
出立する前に、せめて散らばった骨を元通りに納めようと私は提案したが、ライルとシャステルに却下された。
「坊ちゃんの死者に対する心遣いには敬服いたします。ですが、時間がありません」
ライルに至っては「馬鹿じゃねぇの」と付け加えた。
「ば、馬鹿?」
「俺様が正直者なら、坊ちゃんは馬鹿正直ってやつだな。あっ、褒めてねぇからな」
急いで逃げなければならないのに、旅の資金はたくさん必要なのに、私たち王侯貴族はどうでもいいことにこだわり過ぎるのだと。
「無礼者め。貴様には忠誠心も信仰心もないのか!」
「ねぇな。俺様が信じているのは、自分の力とカネとメシだけだ」
そう言ってせせら笑った。
シャステルとライルは馬が合わず、旅の道中もずっと言い争いが続いた。
私には誰が正しいのか、何が正しいのかわからない。
ただひとつ、ライルが納骨堂から盗んだお金は使わずに、旅が落ち着いたら教会にあらためて寄付しようと心に誓った。
けれど、アンジューまでの旅路は考えていたよりもはるかに危険で、私はライルの機転に何度も助けられることになる。
私は馬車に乗り込み、ライルは馬車のかたわらで暇を持て余していた。
「おっさん、遅ぇな」
ライルは足元の土をぐりぐりと踏みつけたり蹴飛ばしたりしながら、他愛ないことをつぶやいた。
シャステルは廃教会と納骨堂を点検しに行っている。
ここから立ち去る前に、私たちがいた痕跡を消すためだ。
「かと言って、このひ弱そうな坊ちゃんをひとりにする訳にもいかねぇしよ」
「私はひ弱な坊ちゃんに見える?」
「おっ、実は強いのか?」
「はは、残念だけど見た目どおりだよ」
馬車の扉を開け放しているから、私たちはこの奇妙な対話を続けることができた。
「なぁ、坊ちゃん。俺様からも質問していいか?」
いつのまにかライルの苛立ちは収まったようで、さっきから地面を凝視している。
このあたりには沼地が多くて地面が柔らかいため、歩くと足跡がつき、馬車が通ると轍ができる。
「詮索する気はねぇけどよ。話すのまずかったら別に言わなくてもいいし」
ライルはわずかな地面のへこみを踏みつけて、平らにならしていた。
馬車の痕跡を消そうとしているようだが、私と目を合わせたくないようにも見えた。
「さっき、俺のことイングランド出身かって聞いたろ? 俺はイングランド出身じゃなくてガスコーニュ出身だけどよ、イングランド人だったらどうするんだよ。まずくね?」
長い間、フランスとイングランドは戦っている。
私が生まれる前に一時休戦したが、イングランド王ヘンリー五世は再び戦争を始めた。
誰もが知っている外交問題だ。
もちろん私も知っているが、宮廷ではアルマニャック派とブルゴーニュ派の対決ばかりでイングランドの動向はあまり私の耳に入ってこなかった。
せいぜい、いとこのシャルル・ドルレアン解放に難儀しているという話くらいで——つまり、個人的にイングランドに接点がなく、恨みもない。
(もし、ライルがイングランド出身だったら?)
どうということはないが、もしライルがイングランドの内通者だったら旅の同行者としては不適格かもしれない。
質問に答えるか無言で聞き流すか考えていると、シャステルが血相を変えて戻ってきた。
「納骨堂が一大事です!」
まさか亡霊でも出たかと思ったが、ライルが「あっ!」と言ったのを聞き逃さなかった。
シャステルの濃い眉がみるみる吊り上がっていく。これはまずい。
「やはり貴様のしわざか!」
ライルは後ずさりすると、脱兎のごとくシャステルから逃げ出した。
「違うって。いや違わねぇけど。俺のせいだけど! 待って、話聞いて! おいコラ、ガントレットつけたまま殴るなっつーの!」
ライルは馬車のまわりをぐるぐると逃げまどい、シャステルがマントをはためかせながら追いかけている。まるで喜劇の出し物だ。
私は馬車から身を乗り出して、ふたりの掛け合いを見守っていた。
「この、ばちあたりな墓荒らしめ!」
「違うって。わざとじゃねえっての!」
墓荒らしとは穏やかではない。
私はするりと馬車から飛び降りると、ふたりの間をすり抜けて納骨堂へ走った。
「おい、勝手にどっか行くんじゃねぇ!」
「殿下?!」
先ほど、ライルに見張りを任せてシャステルと話していたとき、廃教会の外でがしゃんと何かが壊れるような音が聞こえた。あれは一体——
「うわっ……」
音の正体は一目瞭然だった。
納骨堂は無惨にも荒らされていた。
棺と墓を用意できなかった死体は、骨の部位ごとに分けて山積みになっていたのだが、いまは山の一角が崩れて骨片が散乱していた。足の踏み場もないほどに。
「入ってはなりません!」
シャステルはライルをつかまえてこぶしを振り下ろすよりも、私を引き止めることを優先したようだ。
入ってはならないと止められる以前に、私は納骨堂の入口で立ち尽くしていたが。
「見てはなりません」
見るなと言われてももう遅い。
荒れた納骨堂から引きずり出されながら、私は胸の前で十字を切っていた。
修道院時代からの習性だろう。
「なんてことだ……」
「わざとじゃねぇよ」
シャステルから逃げていたはずのライルまでもが私を追いかけてきた。
「わざとじゃないだって? 故意ではなかったとしてもこの荒れ方はひどい。どうしてこんなことに」
ライルはむすっとしながらも、「坊ちゃんは俺様のことを正直者だと評価したからな。正直に答えてやる」とぶつくさ言うと、革袋を取り出した。
「誰が置いていったか知らねぇけどよ、ちょっくら旅の資金をいただいた」
小さな革袋は意外と重そうで、じゃらじゃらと音がした。
「旅の資金?」
「やっすい銅貨ばっかだけどな。ちょっと手元が狂って、骨の山の一角からすこーんと抜いたら」
「抜いたら……」
ライルは肩をすくめた。
「このザマよ」
すなわち、納骨堂の墓荒らしを自供したことになる。
「ばか者め、恥知らずめ!」
「ライルがやったことは死者への冒涜だ。それにこのお金は教会への寄付だ。盗んではいけない」
私とシャステルはライルを責めた。
シャステルは怒り、私は神学的な罪悪感からライルを教え諭そうとした。
だが、ライルにも彼なりの言い分があった。
「おっさんも坊ちゃんも分かってねぇ! 旅は長ぇんだ。敵はブルゴーニュ派だけじゃねぇ、ちっとでも人里から離れたらそこら中に野盗がいやがる! だけどな、そういうバカで単純な連中はちょっとばかしカネを握らせるだけで穏便に済むってコトが分からねぇのか!」
シャステルが「カネならある」と反論したが、ライルが言うには「多すぎる金銭はかえって野盗に目を付けられる」らしい。
検問で、金貨と銀貨を握らせたのは愚かな行為だと。
「それにな、ここには司祭も司教もいねぇのに、なーにが教会の寄付だ! 死人にはカネもメシもいらねぇ。俺たち生きてるニンゲン様が有効利用してこそ価値があるってもんだろうが!」
これは、墓荒らしでも略奪でもない。
収穫だとのたまった。
「盗みを収穫だと? よくもいけしゃあしゃあと……!」
「ああ、収穫だとも。腐る前に刈り取らねぇとな」
「ライル、知っているかい。銅貨は作物じゃないから腐らないよ」
「うるせぇ。お偉い貴族サマがたは何も分かってねぇ。カネは腐るし、すぐに使い物にならなくなるぞ」
私は金貨も銀貨も銅貨もあまり見たことがなかったが、金属は腐らないと思う。
しかし、ライルは早く使わないと腐ると言い張った。
話は平行線で埒があかない。ここで言い争いをしている余裕はないのだ。
「この不届き者にはのちほど充分に言って聞かせます。行きましょう」
「だけど……」
出立する前に、せめて散らばった骨を元通りに納めようと私は提案したが、ライルとシャステルに却下された。
「坊ちゃんの死者に対する心遣いには敬服いたします。ですが、時間がありません」
ライルに至っては「馬鹿じゃねぇの」と付け加えた。
「ば、馬鹿?」
「俺様が正直者なら、坊ちゃんは馬鹿正直ってやつだな。あっ、褒めてねぇからな」
急いで逃げなければならないのに、旅の資金はたくさん必要なのに、私たち王侯貴族はどうでもいいことにこだわり過ぎるのだと。
「無礼者め。貴様には忠誠心も信仰心もないのか!」
「ねぇな。俺様が信じているのは、自分の力とカネとメシだけだ」
そう言ってせせら笑った。
シャステルとライルは馬が合わず、旅の道中もずっと言い争いが続いた。
私には誰が正しいのか、何が正しいのかわからない。
ただひとつ、ライルが納骨堂から盗んだお金は使わずに、旅が落ち着いたら教会にあらためて寄付しようと心に誓った。
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