7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第八章〈殺人者シャルル〉編

8.6 招かれざる客(2)王は、誰がために鐘を鳴らす(挿絵つき)

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 このとき、シャルティエは33歳だったか。
 詩人としては若い部類だが、すでに名声を獲得していた。

「よく私の居場所がわかったね」
「いやぁ、これでもずいぶん探しましたよ」

 せっかく大人しくしていたのに、一部の人たちが王太子に気づいたようだ。
 注目を浴びるのは好ましくない。

「今夜はアンジューのための宴だ。彼らのために歌ってほしい」
「公妃さまは王太子殿下のためにと歌ってほしいとご所望で、王太子殿下はアンジューのために歌ってほしいと?」

 詩人はやれやれと肩をすくめた。
 言われてみれば、注文通りの詩を即興で歌うのはかなりの高難度スキルに違いない。
 私はあまり注目を浴びたくない。
 だから、「前途ある王太子の詩」ではなく「アンジュー関連の詩」に変えてもらいたかったのだが。

「むずかしいご注文ですが、詩人の名誉にかけて歌ってみせましょう」

 シャルティエは、口では謙遜しているが、その心は意欲に満ち、態度は堂々としている。ひるむ様子はない。
 楽師たちは互いに目配せすると、それぞれの楽器を静かに奏で始めた。

「ふたつのテーマをひとつの詩に?」
「恥をかくのは目に見えてるのに、あいつも災難だな」
「宴のおこぼれにあずかろうと飛び入り参加するからこんなことに」
「いや、あの男は……」

 飛び入りの詩人の正体に気づいた者はおしゃべりを中断して、詩人が奏でる言葉に耳を傾けた。
 宴はしだいに心地よい静けさに包まれた。



 ♪♪♪

 王家に生まれた末弟の王子よ。
 彼は権力から遠ざけられ、修道院にくだって聖職者となった。

 王城で暮らした兄王子たちよ。
 彼らは不幸に見舞われ、聖職者の頭上に王冠がくだった。

 悪意がはびこる王城で、聖職者は玉座につき、王となった。
 陰謀が渦巻く宮廷で、陰険な貴族たちはあざ笑う。

 あの王は政治を知らぬ。
 高みに吊り上げられても、頭の中はがらんどう。
 さながら鐘楼の鐘のごとし。

 王家の血を絶やさぬために、王は修道の誓いを捨てて妃を娶った。
 野望が渦巻く宮廷で、野心的な貴族たちは悪意をささやく。

 あの王は女を知らぬ。
 娶った妃は、バツイチ、子持ち、三十路を過ぎた骨董品。
 さながらメス犬のごとし。

 一年後、神は王を祝福し、妃は一人娘を産み落とすと、この国を去った。
 王城の玉座で、ひとりぼっちの王は幼い姫を抱きながら聖なる神と臣民に宣言した。

 もう二度と妃を娶らぬと……

 ♪♪♪



 はじめ、シャルティエは私の生い立ちを歌うのかと思った。
 どきどきしながら聞いていたが、どうやら違ったようだ。
 男児が多い王家で、弟王子が修道院へ送られることはよくある。

(あんまり鳴らすなよ……)
(楽器の音色が、詩人の声をかき消したらもったいない)

 楽師たちも詩を聞きたいのだろう。
 伴奏の音量は抑えぎみで、おかげでシャルティエの声はよく通った。

 それだけに、皮肉を利かせた語句がうたわれるたびにヒヤヒヤする。
 詩人も楽師も、才能の有無に関係なく「芸人」だ。
 主君の機嫌を損ねれば、報酬を得るどころか、追放されて「芸を売る場所」を失う。
 最悪、斬首される危険さえあるのだ。

(公妃はお優しいから、そんなことしないと思うけど)

 ヨランドがいる方を見たら、母と弟のそばに着席しているマリーと目があった。



 ♪♪♪

 王城の玉座で、王は考えた。

 確かに、余は政治を知らぬ。女も知らぬ。
 姫をどう育てればいいのかさえ分からない。
 王位を継いでも、王国の中はがらんどうで何もない。
 だが、中身のない鐘楼に鐘を吊るし、鐘の中に舌を差し込めばたちまち音が鳴る。

 王は政治を知らないが、王国の未来を案じ、姫の将来を憂う心をもっていた。
 修道院の書庫に通った幼き日々、書物から覚えた知恵と、聖書から学んだ信仰心をもって、王は一計を案じた。

 余は、王国と姫と臣民の安寧を祈りたい。
 聖なる祈りが天の神に届くように、空高く鐘楼を建て、高らかに鐘を鳴らそう。
 力なき王は、力と信仰心を兼ね備えた貴族に寄付を求めたい。
 もっとも高く金貨を積み上げた者に、姫と王冠を与えよう。

 国中に触れが出されると、貴族たちは声をあげた。

「我こそが次の王にふさわしい!」

 国中の貴族たちは欲望をあらわに、馬車の荷台に高く高く金貨を積み上げて、王都に向かって進撃した。

 ♪♪♪



 詩の主役である「王」は、どことなく私の境遇に似ている。
 このときの私はまだ王ではなく、妃を娶っていないし、子もいない。
 けれど、この先、私はブルゴーニュ公と対峙しなければばらないだろうし、母妃は私のことを良くは思っていないだろう。

 配偶者を失い、王国と幼い子の未来を案じているところは、ヨランドの境遇とも重なる。

(家臣たちは何を思っているだろう)

 アンジューの主従関係は上手くいっているように見えるが、不満や悪意ある者がいないとは限らない。
 たとえば、城代就任をめぐって家臣同士の争いなどなかっただろうか。



 ♪♪♪

 王はがらんどうの教会で貴族たちを待っていた。
 ひとりにひとつ、小部屋を割り当て、貴族たちは競うように馬車いっぱいの金貨を小部屋に積み上げた。

 王は感動に打ち震え、聖なる神に感謝を捧げた。
 貴族たちは恐怖に震え上がり、聖なる王に慈悲を乞う。

 ああ、余は本当に何も知らなかった!
 まさか、王国にこれほどの財産が隠されていたとは!

 王はひとりずつ首をね、うず高く積み上げて、がらんどうの鐘楼に高々と釣り上げた。

 王は清らかな心ゆえに、その手を血に染めた。
 隠し財産を暴き、逆臣を断罪した。

 王国のため、姫のため、臣民のために。
 逆臣の首を、鐘楼の鐘のごとく釣り上げた。
 だが、ウエスカの鐘が鳴ることはない。
 力なき舌はだらりと垂れ下がり、二度と震えることはないのだから。

 ♪♪♪



 歴史には惨劇がつきものだ。叙事詩もまた然り。
 余韻に浸っていると、ヨランドが静かに唇を開いた。

「わたくしの祖先ですね」
「いかにも。アラゴン王国史として名高い『ウエスカの鐘』の物語でございます」

 王の名は、ラミロ二世。
 姫の名は、ペトロニーラ。

 のちに、ペトロニーラは青年バルセロナ伯と結婚し、アラゴン王ラミロ二世は娘夫婦に王冠を譲ると慣れ親しんだ修道院で余生を送った。
 バルセロナ伯は、生涯にわたってアラゴン王を名乗ることはなかった。
 妻ペトロニーラを女王とし、ふたりの間に生まれた子がアラゴン王国バルセロナ王朝の初代国王となった。

 アラゴン王女にしてアンジュー公妃ヨランド・ダラゴンの祖先である。

 「ウエスカの鐘」は12世紀アラゴン王国の歴史的な故事だ。
 200年の時が流れ、ヨランドの父・アラゴン王フアン一世が他界したとき、王子がいなかったために、王位は王弟——つまりヨランドの叔父が継承した。
 その叔父も幼い男児を残して亡くなったが、男児は王妃の子ではなく庶子だった。

 アラゴン王国には王位継承について定めた法がない。
 一般的には、正当な婚姻関係にある国王夫妻から生まれた男子を優先するが、ペトロニーラのように女王が継承した前例もあった。
 それゆえ、ヨランド自身とヨランドが生んだ男児もアラゴン王位継承の候補にのぼった。

 王冠のゆくえは迷走し、国王不在は二年も続いた。

 最終的に家臣団の投票にゆだねられた。
 その結果、アラゴン王位を継承したのは、ヨランドの血筋でもなく、叔父の血筋でもない、王家の遠縁にあたるカスティーリャ王子となった。

 1412年、アラゴン王国バルセロナ王朝は断絶。
 私とヨランドの出会いは、その翌年である。









(※)12世紀アラゴン王国の故事「ウエスカの鐘」をもとに、昔話風に書き下ろしました。
作中、シャルティエの詩という部分はフィクションです。いつか本物のシャルティエ作の詩も紹介できれば。

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