7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第八章〈殺人者シャルル〉編

8.5 招かれざる客(1)別れの宴

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 アンジューを発つ前に、家臣たちを一堂に集めて晩餐会を催すことになった。
 城下に「別れを知らせる触れ」を出すと、なじみの商人や職人、城下に暮らす普通の人々までがアンジュー公一家との別れを惜しみ、アンジェ城を訪れた。
 しかし、一人ひとりと個別に謁見するわけにいかない。
 亡きアンジュー公の喪が明けたこともあって、日中は庭園の一部を開放することになった。

「アンジュー家は愛されているな」

 私は人目の届かない高みから、賑やかな庭園を見守っていた。
 アンジェ城には、巨大な塔が17本もある。

「モノ目当ての人々も集まっているようです」
「なるほど」

 私のかたわらには、いつものように護衛隊長のシャステルが控えている。
 長旅を経て、王都にいた頃よりも互いによく話すようになった。
 アンジェ城では、転居前に城内の整理を兼ねて不用品が下賜されるとあって、下心のある人々も集まっているようだ。

「あれは……」

 眼下の庭園で、アンジュー公妃で未亡人のヨランド・ダラゴンが予告なく姿を現した。
 集まっていた人々はみな驚き、男たちははっとしたように帽子を脱いでかしこまり、女たちはぎこちなくスカートのひだを手に取って挨拶をした。
 誰もが、親しみと敬意をこめてヨランドに接している。

「以前から思ってましたが、あの方は人心掌握に長けたご婦人のようです」
「いいじゃないか。君主として、優れた資質だと思う」
「……はっ」

 さて、晩餐会の主役はアンジュー公一家だ。
 私は長女マリーの婚約者だが、宴では身内ではなく「食客」身分で参加したいと伝えた。
 人前に出ると王族というだけで注目されてしまうから、日中は目立たないように閉じこもり、宴の時間までひっそりと過ごしていた。



***



 喪に服していた質素な一年の反動か、家臣たちへの労いを兼ねてのことか。
 その夜の晩餐会は、ひときわ豪勢だった。
 贅を凝らした大きな皿がいくつも食卓に運びこまれ、楽師たちが賑やかに演奏を奏でている。

「どうぞご安心くださいませ。我ら忠実な家臣一同、亡き主君・アンジュー公のご遺志を受け継ぎ、イングランドには指一本たりともこの城には触れさせやしません」

 ヨランドたちがプロヴァンスへ移った後、アンジューを統治する「城代」には格別のもてなしがなされた。
 譜代の家臣の中でも、近年は特に躍進めざましいボーヴォー家の当主がアンジェ城代に任命された。
 子供の頃、私が「ボーボーさん」と呼んでいた一族である。

「名残り惜しいですが、領地と領民のことを頼みます」
「お任せください」

 晩餐会の主役は未亡人の公妃ヨランドと子供たちで、次いで城代ボーヴォー家だった。
 長女マリーは未婚の貴婦人の作法にならって家臣と話さず、黙々と食事をしている。その一方で、弟のルネはよく食べ、よく飲み、遠慮なくしゃべっていた。

「ぼくが大人になったら戻ってきてもいいの?」
「もちろんですとも。いつでも引き渡しできるように整えておきます」
「ふふ、父君のように立派な主君にならないといけませんね」

 別れの宴だが、主従ともに活気があって湿っぽさはなかった。
 楽師の演奏に合わせて詩人が歌い、ルネまでもが食事が終わると自前のリュートを爪弾いている。
 末っ子のシャルロットは「おねむ」の時間で、子守り担当の侍女に抱かれて寝室へ引き上げた。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「招いたのではなく、貴殿が勝手に参加しているのですよ」
「ああ、うるわしき公妃よ、シチリアの女王陛下よ。どうかつれないことをおっしゃらないで……」

 吟遊詩人とは、飾り立てた言葉遣いと大げさな振る舞いをする決まりがあるのだろうか。
 飛び入り参加している旅の詩人も例外ではないらしい。

「とっておきの愛の詩を献上させてください」
「遠慮いたします。わたくしは未亡人ですよ」
「ああ、その貞淑さが公妃の美貌をよりいっそう引き立たせるのです」

 詩人の美辞麗句はとどまることがない。
 一方のヨランドもまんざらではない様子で、暗褐色に染めつけた羽飾り付きの扇子で口元を隠しながら楽しそうに談笑している。

「愛の詩を受け取ることはできませんが、貴殿の詩には興味があります。前途ある王太子殿下のために一曲歌ってくださらないかしら」

 ヨランドが所望すると、詩人は「かしこまりました」とうやうやしく一礼し、くるりと私へ向き直った。

狂える王ル・フーは問う。誇り高き鉄壁の王都を離れて、かの王太子ドーファンはどこへ行くのかと……」

 私は今宵の主役ではない。末席にいる「食客」身分だ。
 アンジュー公一家と一部の家臣しか正体を知らないはずなのに、詩人の視線は迷うことなく王太子を見据えていた。

賢き王ル・サージュは知る。どれほど堅牢な守備を誇ろうと陥落しない都など存在しないことを!」

 美声の詩人は情感たっぷりに歌い始めた。
 その顔に、その声に、見覚えも聞き覚えもあった。

「やっぱり……」
「王太子殿下、お久しゅうございます!」

 忘れるはずもない。
 名門・パリ大学ソルボンヌに籍を置く、宮廷詩人アラン・シャルティエその人だった。
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