7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第八章〈殺人者シャルル〉編

8.4 訃報(4)新天地へ

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 アンジュー公妃ヨランドと護衛隊長シャステルの助言を受けて、私はある決意を固めた。

「やっぱり私はアンジューを発とうと思う」
「殿下、早まってはいけません!」

 ヨランドの反応で、少し言葉が足りなかったと気づき、あわてて言い直した。

「ゆうべみたいに短気を起こして言ってるんじゃないんだ! アンジューの負担になりたくない気持ちもあるけど、それだけじゃなくて……」

 アンジューに到着して、人心地ついて眠り、私は沐浴しながら考えた。

「王都から脱出したのは、私たちだけではないと信じたい」

 ブルゴーニュ公の動向が気になる。
 アルマニャック派残党のゆくえも気がかりだ。
 ブルゴーニュ公が王太子を捕らえるためにアルマニャック派を追跡・殺害を命じているとしたら、これ以上の流血を避けるために私は何か意思表示すべきだと思った。

(泣いても喚いても、宰相もアンジュー公ももういない)

 自分の年齢と経験のなさを考えると空恐ろしいが、宮廷をいちから作り直さなければならない。

「ブルゴーニュ公と対立するか、それとも和解するか。今後のことはわからない。だけど、息を潜めて隠れているのは良策ではないと思う」

 交渉する窓口となる宮廷がいる。
 宮廷を運営するために重臣と役人がいる。
 人材を集めるためには拠点を探さなければ。

「決めたよ。私はアンジューを出て、新しい宮廷にふさわしい新天地を探す」

 アルマニャック派の生き残りを受け入れ、落ち着きを取り戻すために安全な場所が必要だろう。
 私が都を追われて一路アンジューを目指したように。

「誰ぞ、地図をここへ」

 ヨランドの指示で、すぐに王国全土の地図が用意された。
 フランス王国の東西を流れる二本の大河が目につく。

(北のセーヌ川と南のロワール川だ)

 セーヌ川の河口はノルマンディーにあり、中流に王都パリがある。
 ノルマンディー周辺はイングランドの支配下で、パリはブルゴーニュ公の手に落ちた。
 ロワール川の河口はブルターニュにあり、東にアンジューが、中流にはオルレアンがある。
 私と縁が深いのは北のセーヌ流域よりも、南のロワール流域だろう。

「シャステルの意見も聞きたい」
「よろしいのですか」

 王都を追われた王太子は、宮廷も重臣も軍隊も持っていない。
 王国各地へ行軍経験のあるシャステルの意見は重要だ。
 私たちは長時間話し合っていくつか候補地を絞り、「視察」目的で実際に行ってみることになった。

「大々的に訴えましょう。王太子は健在であると、希望はまだ潰えていないのだと!」

 王太子として存在感を示し、各地の貴族と会談して人脈を作り、よい人材がいればスカウトし、宮廷にふさわしい場所を——

「ロワール以南、南仏はわたくしにお任せください。祖国アラゴン王国にも使者を派遣して、殿下を支援するように取り計らいます」
「それは……心強い」

 シャステルはばつが悪そうだったが、私たちは同志だ。
 意見の違いがあっても、味方を排除するのは得策ではない。
 ヨランドは祖国の支援を取り付けると約束し、続けて「じつは、近いうちにアンジューを離れてプロヴァンスへ移る予定でした」と告白した。

「アンジューを離れるのですか!」
「ええ」

 突然の告白に、私は驚いた。
 アンジュー公は飛び地の領地をたくさん保有している。
 西仏のアンジューを居住地にしていたが、南東の地中海に面したプロヴァンスも大きな拠点のひとつだ。
 だが、アンジューを離れるとは想像もしなかった。

「なぜです、あれほどアンジューを愛していたのに」
「今でも愛していますよ」
「アンジェ城を改築して子育てにふさわしい場所にすると言っていたのに、どうして」
「ふふ、礼拝堂のことね。子供たちが寒くないように暖炉をつけましょうと、夫と子守りの侍女たちと話し合った日がつい昨日のようで……」

 ヨランドは過去を懐かしむように遠い目をした。

「あの可愛い礼拝堂は、わたくしのお気に入りです。ですが、あたたかい南方へ移り住めば暖炉はいらないと気づきました」
「そんなことで? やっぱり私が宮廷闘争に巻き込んでしまったせいでは」
「いいえ。ほら、そんな顔をなさらないで」

 ヨランドは「以前から考えていた」のだと言った。
 今後はアンジューの統治を城代に任せて、ヨランドは子供たちを連れてプロヴァンスへ移り住む計画らしい。

「王太子殿下のせいではありません。本当です」

 ヨランドは「殿下が自分自身を責めないように」と、ようやく本音を話してくれた。

「幸福が大きいほど、失ったときの悲しみは大きいと思い知りました。アンジューには幸せな思い出が多すぎて、ここに居続けたらわたくしはきっと押しつぶされてしまいます。ですが、どれほどつらくとも、わたくしは生きなければなりません」

 幼い子供たちの母として。亡きアンジュー公の代理として。
 さらに、王国を統治する貴族の一員としてこの難局に取り組まなければならないと語った。

「殿下は宮廷にふさわしい新天地を探すのでしょう? わたくしの新天地はプロヴァンスです。あたたかい地中海は、わたくしと子供たちの傷心を癒してくれるでしょうから」

 ヨランドは微笑みを絶やさず、手を伸ばして私の頬をつたう一筋を撫でた。

「アンジューを発つ前に、殿下が来てくださってよかった。ご無事で本当によかった……」

 以前から変わらない優しい声と、慈しむような言葉遣い。
 その語尾がほんの少し揺れた。涙声に聞こえたのは気のせいだろうか。
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