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第八章〈殺人者シャルル〉編
8.7 招かれざる客(3)よくしゃべる詩人
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宴の翌朝、アンジェ城から大がかりな馬車列が出発した。
アンジュー公妃ヨランド・ダラゴンは、子供たちを連れてプロヴァンスへ移住する。
アンジューの統治は、慣例どおり城代が代行する。
主人のいなくなった城に居座ることはできない。私もすぐに新天地へ旅立つ。
旅立ちの前に、亡きアンジュー公の墓前に花を手向けた。
「お世話になりました」
アンジュー公の死を知ったときはとてもショックだった。
精神的なことだけではない。
力のない都落ち王太子としては、たったひとつの頼みの綱が切れたも同然だった。
私は運に見放されたと思った。
「何か足りないものはございますか」
「充分よくしてもらいました。ありがとう」
未亡人となったヨランドは、王太子の旅支度を整えてくれた。
一年前、王太子を迎えに来た行列に比べたら、やや見劣りするかもしれない。
だが、パリを脱出した直後はわずか三人だったことを思うと、段違いの規模になる。
(私をパン屋の坊ちゃんと呼んだ女将もいたっけ)
今となっては懐かしくもある。
護衛隊長シャステルはもちろん、ライルやザントライユも引き続きついてきてくれる。そして他にも——
読者諸氏の時代風にいえば、こうだろうか。
詩人アラン・シャルティエが仲間になった。
***
「公妃を追ってプロヴァンスへついて行くのかと思っていたよ」
「何をおっしゃいますか、私の本命は王太子殿下ですよ」
「聞かなかったことにする」
「シャステル殿、今の聞きました? なんと冷酷な言葉でしょう! まだ季節はこれほど暖かいのに、ロワール川の清冽な水は王太子の心を冷ややかに変えてしまったのでしょうか!」
シャルティエは悲劇の主人公のように天を仰いで何か訴えているが、まじめに耳を傾ける必要はなさそうだ。
「行こう、シャステル」
「はっ」
シャルティエはいつも大げさな振る舞いをする。
真に受けたら、詩人の思う壺だ。
「無慈悲な王太子よ、どうかお待ちください」
「出立の刻限なんだ」
私はそれほど無慈悲な人間ではないが、時間に慈悲はない。
時間が押せば、後の予定が狂ってしまう。
「冷酷な王太子よ、哀れな詩人に慈悲の手を差しのべようとは思いませんか」
「こうして聞いているだろう。私は冷酷ではない」
「高貴な身分の方が冷酷なのは生まれつきの美徳です。自信を持って!」
褒められているのか、けなされているのか分からない。
侍従に促されて、私は馬車へ向かって歩き出した。
シャルティエも当然のようについてきた。
シャステルに頼んでつまみ出すべきだろうか。
「つまみ出すのは勘弁してください。どうせなら、つまみ上げて連れて行ってください」
シャルティエは、都落ち王太子の逃亡先まで追いかけてきた実績がある。
アンジューでつまみ出しても、ついてきそうな悪寒がする。
「私を置いていくなんてとんでもない大損ですよ! いまやアラン・シャルティエの名声は西欧諸国に轟いております」
哀れな詩人じゃなかったのか。たいそう立派な身分じゃないか。
私が召し抱えなくても就職先はたくさんありそうだ。
「このシャルティエめが王太子殿下にお仕えすると申し上げているのです。利用しない手はないでしょう。宮廷は、武力に長ける騎士だけでは成り立ちません。頭脳労働に長ける文官も必要です。例えば私のような!」
シャルティエの場合、頭脳よりも口車に長けているのだと思う。
そうだ。今まさに、私を口車に乗せようとしている!
「口先だけのあやしい詩人だと思っているでしょう? いけませんね、殿下は私を誤解しています」
私は一言も喋っていないのに、心を読まれている。
その一方でシャルティエは、息継ぎをしているか心配になるくらいペラペラとしゃべり続けているのに、本心が読めない。
「騎士の武器が剣ならば、詩人の武器は言葉です。私は口先だけで戦火の中を生き延び、凱歌をうたって金銭と名声を獲得しました。食いっぱぐれることはないでしょう。ですが、私は欲のために歌っているのではありません。愛のために歌い、愛のために生き、愛のために死すと決めています」
シャルティエは口が達者で、事あるごとに愛を語り、歌をうたう。
軽薄な道化に見えるが、イングランドの侵略で故郷を追われ、王都パリへ避難してきた。
戦火をかいくぐってきたからこそ、パリは安住の地だったはずだ。
それなのに、どうしてここにいるのだろう。
「私は愛すべき王太子殿下を追いかけてきました。危険な旅よ、困難な道よ……天にまします神は幾度となく人々に災難を与え、私は悩み苦しんできました。だが、それでも私は諦めない。苦悩を愛の歌に変え、歌を私の糧とし、災難はやがて美しい結晶となり、人々の心を癒し、耳を楽しませるのです」
シャルティエ の感性は理解できない。
私は降りかかる災難や苦悩を楽しいと思ったことはない。
きっと私に詩人の才能はないのだろう。
「都を発ち、川を渡り、森を抜け、いくつもの歌を旅の道連れにしながら、やっと王太子殿下を見つけた! それなのに、感動の再会は期待外れで……」
期待もなにも、シャルティエの出現は想定外だ。
大いに驚かされたが、別に感動するほどではない。
「邪険にされているようでもあり……」
それには理由が——
私は、一歩下がってついてくる小柄な体躯の人影をちらりと見た。
「私は失意のあまりここで死ぬかもしれません。武器も言葉もなく、無言で私を死に至らしめるとは、冷酷な王太子の殺傷能力は次期国王にふさわしい」
くだんの人物は察しが良く、何か用があるのかと進み出ようとしたが、私は首を横に振って制した。
「ああ、やっぱり王太子殿下は私の話を聞いていない! パリ大学の籍まで捨てて駆けつけたと言うのに!」
それは事実だった。
詩人シャルティエは安定した立場と安住の地を捨てて、私を追いかけてきた。
(どうしてそこまでする?)
パリ大学の総長ピエール・コーションはブルゴーニュ派だ。
アルマニャック派は粛清の対象だが、詩人として名高いシャルティエをむざむざ殺したりしないだろう。
総長の口利きでブルゴーニュ派に鞍替えすれば、今までどおり穏やかに暮らしていけるだろうに。
「詩人には魂と呼ぶべき美学があります。魂を売り渡した詩人など死人も同然」
シャルティエはふざけているかと思えば、前触れなくシリアスな話をする。
私は調子を狂わされて、いつの間にか彼のペースに巻き込まれてしまうのだ。
「今さら戻ることはできません。王太子殿下が私を置き去りにするなら、私は本当に死んでしまいます。精神的にも、現実的にも」
つまり、旅費を使い果たしたということか。
「アンジューは、詩人シャルティエが終焉を迎えた地として後世まで語り継がれるでしょう。冷酷な王太子の名とともに」
私が馬車の前にたどり着くと同時に、シャルティエの説話が終わった。
わざわざつまみ出さなくても、馬車に乗り込んで扉を閉めれば、もう二度と話を聞くことも、顔を見ることもないだろう。
おそれながら、と声を発したのは、私の一歩後ろで控える人影だった。
「王太子殿下がシャルティエ様を置いていくとおっしゃるなら、わたくしが召し抱えてもよろしいでしょうか」
「それは……!」
ダメだと言おうとして、詩人の雄叫びに遮られた。
「姫! 姫ーーー!! うるわしの姫よ、王都で王太子殿下から類いまれな美少女の婚約者がいるとうかがって以来、いつかお目にかかりたいと願っておりました。母君によく似た美貌を拝謁するばかりか、この哀れな詩人に目をかけ、慈悲を恵んでくださるとは! ああ、この感動を今すぐ歌にしなければ! 聞いてください。歓喜の歌を献上させてください!!」
私は、押しの強いシャルティエを危ういと感じ、とっさに二人の間に入ろうとしたが、姫と呼ばれた少女——マリー・ダンジューはひるむ様子はなく、淡々と「歓喜の歌はご遠慮いたします」と告げた。
アンジュー公妃ヨランド・ダラゴンは、子供たちを連れてプロヴァンスへ移住する。
アンジューの統治は、慣例どおり城代が代行する。
主人のいなくなった城に居座ることはできない。私もすぐに新天地へ旅立つ。
旅立ちの前に、亡きアンジュー公の墓前に花を手向けた。
「お世話になりました」
アンジュー公の死を知ったときはとてもショックだった。
精神的なことだけではない。
力のない都落ち王太子としては、たったひとつの頼みの綱が切れたも同然だった。
私は運に見放されたと思った。
「何か足りないものはございますか」
「充分よくしてもらいました。ありがとう」
未亡人となったヨランドは、王太子の旅支度を整えてくれた。
一年前、王太子を迎えに来た行列に比べたら、やや見劣りするかもしれない。
だが、パリを脱出した直後はわずか三人だったことを思うと、段違いの規模になる。
(私をパン屋の坊ちゃんと呼んだ女将もいたっけ)
今となっては懐かしくもある。
護衛隊長シャステルはもちろん、ライルやザントライユも引き続きついてきてくれる。そして他にも——
読者諸氏の時代風にいえば、こうだろうか。
詩人アラン・シャルティエが仲間になった。
***
「公妃を追ってプロヴァンスへついて行くのかと思っていたよ」
「何をおっしゃいますか、私の本命は王太子殿下ですよ」
「聞かなかったことにする」
「シャステル殿、今の聞きました? なんと冷酷な言葉でしょう! まだ季節はこれほど暖かいのに、ロワール川の清冽な水は王太子の心を冷ややかに変えてしまったのでしょうか!」
シャルティエは悲劇の主人公のように天を仰いで何か訴えているが、まじめに耳を傾ける必要はなさそうだ。
「行こう、シャステル」
「はっ」
シャルティエはいつも大げさな振る舞いをする。
真に受けたら、詩人の思う壺だ。
「無慈悲な王太子よ、どうかお待ちください」
「出立の刻限なんだ」
私はそれほど無慈悲な人間ではないが、時間に慈悲はない。
時間が押せば、後の予定が狂ってしまう。
「冷酷な王太子よ、哀れな詩人に慈悲の手を差しのべようとは思いませんか」
「こうして聞いているだろう。私は冷酷ではない」
「高貴な身分の方が冷酷なのは生まれつきの美徳です。自信を持って!」
褒められているのか、けなされているのか分からない。
侍従に促されて、私は馬車へ向かって歩き出した。
シャルティエも当然のようについてきた。
シャステルに頼んでつまみ出すべきだろうか。
「つまみ出すのは勘弁してください。どうせなら、つまみ上げて連れて行ってください」
シャルティエは、都落ち王太子の逃亡先まで追いかけてきた実績がある。
アンジューでつまみ出しても、ついてきそうな悪寒がする。
「私を置いていくなんてとんでもない大損ですよ! いまやアラン・シャルティエの名声は西欧諸国に轟いております」
哀れな詩人じゃなかったのか。たいそう立派な身分じゃないか。
私が召し抱えなくても就職先はたくさんありそうだ。
「このシャルティエめが王太子殿下にお仕えすると申し上げているのです。利用しない手はないでしょう。宮廷は、武力に長ける騎士だけでは成り立ちません。頭脳労働に長ける文官も必要です。例えば私のような!」
シャルティエの場合、頭脳よりも口車に長けているのだと思う。
そうだ。今まさに、私を口車に乗せようとしている!
「口先だけのあやしい詩人だと思っているでしょう? いけませんね、殿下は私を誤解しています」
私は一言も喋っていないのに、心を読まれている。
その一方でシャルティエは、息継ぎをしているか心配になるくらいペラペラとしゃべり続けているのに、本心が読めない。
「騎士の武器が剣ならば、詩人の武器は言葉です。私は口先だけで戦火の中を生き延び、凱歌をうたって金銭と名声を獲得しました。食いっぱぐれることはないでしょう。ですが、私は欲のために歌っているのではありません。愛のために歌い、愛のために生き、愛のために死すと決めています」
シャルティエは口が達者で、事あるごとに愛を語り、歌をうたう。
軽薄な道化に見えるが、イングランドの侵略で故郷を追われ、王都パリへ避難してきた。
戦火をかいくぐってきたからこそ、パリは安住の地だったはずだ。
それなのに、どうしてここにいるのだろう。
「私は愛すべき王太子殿下を追いかけてきました。危険な旅よ、困難な道よ……天にまします神は幾度となく人々に災難を与え、私は悩み苦しんできました。だが、それでも私は諦めない。苦悩を愛の歌に変え、歌を私の糧とし、災難はやがて美しい結晶となり、人々の心を癒し、耳を楽しませるのです」
シャルティエ の感性は理解できない。
私は降りかかる災難や苦悩を楽しいと思ったことはない。
きっと私に詩人の才能はないのだろう。
「都を発ち、川を渡り、森を抜け、いくつもの歌を旅の道連れにしながら、やっと王太子殿下を見つけた! それなのに、感動の再会は期待外れで……」
期待もなにも、シャルティエの出現は想定外だ。
大いに驚かされたが、別に感動するほどではない。
「邪険にされているようでもあり……」
それには理由が——
私は、一歩下がってついてくる小柄な体躯の人影をちらりと見た。
「私は失意のあまりここで死ぬかもしれません。武器も言葉もなく、無言で私を死に至らしめるとは、冷酷な王太子の殺傷能力は次期国王にふさわしい」
くだんの人物は察しが良く、何か用があるのかと進み出ようとしたが、私は首を横に振って制した。
「ああ、やっぱり王太子殿下は私の話を聞いていない! パリ大学の籍まで捨てて駆けつけたと言うのに!」
それは事実だった。
詩人シャルティエは安定した立場と安住の地を捨てて、私を追いかけてきた。
(どうしてそこまでする?)
パリ大学の総長ピエール・コーションはブルゴーニュ派だ。
アルマニャック派は粛清の対象だが、詩人として名高いシャルティエをむざむざ殺したりしないだろう。
総長の口利きでブルゴーニュ派に鞍替えすれば、今までどおり穏やかに暮らしていけるだろうに。
「詩人には魂と呼ぶべき美学があります。魂を売り渡した詩人など死人も同然」
シャルティエはふざけているかと思えば、前触れなくシリアスな話をする。
私は調子を狂わされて、いつの間にか彼のペースに巻き込まれてしまうのだ。
「今さら戻ることはできません。王太子殿下が私を置き去りにするなら、私は本当に死んでしまいます。精神的にも、現実的にも」
つまり、旅費を使い果たしたということか。
「アンジューは、詩人シャルティエが終焉を迎えた地として後世まで語り継がれるでしょう。冷酷な王太子の名とともに」
私が馬車の前にたどり着くと同時に、シャルティエの説話が終わった。
わざわざつまみ出さなくても、馬車に乗り込んで扉を閉めれば、もう二度と話を聞くことも、顔を見ることもないだろう。
おそれながら、と声を発したのは、私の一歩後ろで控える人影だった。
「王太子殿下がシャルティエ様を置いていくとおっしゃるなら、わたくしが召し抱えてもよろしいでしょうか」
「それは……!」
ダメだと言おうとして、詩人の雄叫びに遮られた。
「姫! 姫ーーー!! うるわしの姫よ、王都で王太子殿下から類いまれな美少女の婚約者がいるとうかがって以来、いつかお目にかかりたいと願っておりました。母君によく似た美貌を拝謁するばかりか、この哀れな詩人に目をかけ、慈悲を恵んでくださるとは! ああ、この感動を今すぐ歌にしなければ! 聞いてください。歓喜の歌を献上させてください!!」
私は、押しの強いシャルティエを危ういと感じ、とっさに二人の間に入ろうとしたが、姫と呼ばれた少女——マリー・ダンジューはひるむ様子はなく、淡々と「歓喜の歌はご遠慮いたします」と告げた。
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