7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第八章〈殺人者シャルル〉編

8.18 神も王も怖れない男(1)

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 マリー・ダンジューが去り、悩み多き憂鬱な日が増えた。
 物心ついたときから家族との縁が薄かった影響か、ときどき、孤独と重責に押しつぶされて気が狂いそうになる。狂人王と呼ばれる父も同じだったのだろうか。

 夜、ひとりになると懐かしい手紙を取り出して、何度も読んだ。
 父譲りの不安定な心を鎮めるために必要な儀式だ。



——親愛なる弟、ポンティユ伯シャルル

 むずかしい問題も多いが、ともに
 不屈の精神で乗り越えていこう
 ここへ帰ってくるときは、ぜひ
 うつくしい婚約者を紹介してほしい

 季節が巡り、君が
 大人になる日を待っている
 つつがなく日々を過ごせるように祈っている
 けして挫けてはいけない
 路傍の百合の如く、したたかに生きよ——



 マリー・ダンジューと婚約したとき、今は亡き兄・王太子ルイ・ド・ギュイエンヌ公から祝いの手紙を受け取った。祝福と親愛と、警告がこめられたメッセージだ。

「むふこうに、きをつけろ」

 無怖公ブルゴーニュ公。
 神も王も恐れないからそう呼ばれるようになった。
 私の母・イザボー王妃が寵愛する愛人で、王弟オルレアン公を殺害し、何も咎めを受けなかった。彼を断罪しようとした多くの者は失脚するか命を落としている。

 ブルゴーニュ公との和睦について、側近たち——ポワティエの宮廷に集まったアルマニャック派の残党——は猛反発した。理由はさまざまだ。
 私の身を案じる者も多かったが、反対する理由のほとんどは私怨のようだった。

 アルマニャック派とブルゴーニュ派。
 フランスを二分する内紛が始まってずいぶん経つが、私は無意味な争いに思えて仕方がなかった。
 アルマニャック派の重臣に囲まれながら、私はいつも孤立していた。

 ブルゴーニュ公と密書の往復が続いた。

 意外にも、詩人アラン・シャルティエが大いに役に立った。
 私の意思を汲みながら、教養と威厳に満ちた文章を作ってくれた。

「どうですか、私は役に立つ男だと申し上げたでしょう」
「うん、助かるよ」
「そうでしょう、そうでしょう!」

 シャルティエは軽口を叩きながら、羽ペンを滑らかに羊皮紙に滑らせた。
 王太子は15歳の子供だと軽んじられないように、注意深く手紙をしたためた。

 マリー・ダンジューを遠ざけ、アニエス・ド・ブルゴーニュを王太子妃に迎える用意があると伝えると、ブルゴーニュ公は王太子へ敬意を払った丁重な返書をよこした。
 直接対面して、フランスの未来について話し合いたいと求められた。

「危険です!」

 護衛隊長シャステルは、王弟オルレアン公が殺されたときのことを例に挙げた。

「近づいてはなりません。無怖公は王族を殺した前科があります」
「そうだったな、いざとなったら私を殺すこともいとわないだろう。だけど、これから自分の娘が王太子妃になるのに、その栄光を捨てて、いきなり私を殺すとは考えられない」

 ブルゴーニュ公は、王太子妃の父になる。
 ゆくゆくは王妃の父となり、王家の外戚として権力を振るう魂胆なのだろう。
 亡き兄の妃もブルゴーニュ公の娘だった。
 娘を王妃にすることはブルゴーニュ公の悲願に違いない。

「油断なりません。イングランドの前例もあります」

 シャステルは「口にするのもおぞましいですが」と前置きすると、現在のイングランドを統べるランカスター家はクーデターを起こし、プランタジネット家の王リチャード二世を監禁して餓死させ、ついに王位簒奪せしめたのだと語った。

「つまり、和睦と結婚は私をおびき出す餌で、ブルゴーニュ公は私を殺して王位を奪うと?」
「ありえない話ではないでしょう。無怖公はイングランドと内通しています。恐ろしい入れ知恵を授かっているかもしれません」

 私はため息をついた。

「そんなことを言ったら何もできないじゃないか」
「何もしないほうがまだマシです」

 シャステルの任務は王太子を守ることだ。過保護になるのも仕方がない。
 もし私が命を落とせばヴァロワ王家は断絶する。
 傍系王族のシャルル・ドルレアンはイングランドに囚われの身だ。
 フランス王国は再起不能になる。
 そうなったら、イングランド王とブルゴーニュ公が王位をめぐって争うのだろうか。

「ですから、王太子殿下は何としても生き延びなければなりません。殿下はお若い。父君も、イングランド王も、ブルゴーニュ公も、殿下より先にこの世を去ります。それまで雌伏して時を待つのです」

 密書の往復は続いた。
 ブルゴーニュ公の機嫌を損ねないように、慎重に言葉を選んだ。
 結婚の件は、アニエス嬢の若さを理由に先延ばしにすることを提案した。
 私より4歳下だから、まだ11歳になったばかりだろう。結婚を急いでもすぐに子供を望めない年齢だ。

 ブルゴーニュ公から謝辞と私をいたわる返書が届いた。
 無怖公に恨みを抱く側近たちが、王太子に入れ知恵を吹き込んでいるのではないかと懸念が記されていた。

「見透かされている……」

 また、花嫁の父として、反ブルゴーニュ派がひしめく環境に愛する娘を嫁がせるのは心配だとも書かれていた。

「神も王も恐れない男だと言われているけど、案外、娘には弱いのかもしれない」
「演技でしょう。あの男は悪魔ですから」
「無怖公は悪魔、か……」
「甘言に惑わされませぬように」

 無怖公は、アルマニャック派で噂されているほどには怖くなかった。
 実物は恐ろしいのかもしれないが、手紙だけではよくわからない。

 ブルゴーニュ公はしきりに私に会いたがった。
 王太子とブルゴーニュ公の令嬢が結婚したら義理の父子になる。
 私たちは他人ではないのだから、と。
 密書を送り合っているうちに、私もだんだん会ってみたい気分になっていた。
 騙されてはいけないと自分を戒めながらも、怖いものを見てみたい好奇心があった。

 ブルゴーニュ公は、こちらの警戒心に理解を示した。
 王太子の安全が確保できる場所で、少人数で会談できないだろうか。
 そこでひざまずいて臣従し、敵意がないことを誓おうと締めくくられていた。

「次の返書はどのようにしますか」
「うーん……」

 このようなとき、アンジュー公妃ヨランド・ダラゴンならどうするだろう。
 婚約者マリー・ダンジューを手放したと同時に、頼みの養母との縁も切れてしまったのだと、今さら気づいた。
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