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番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚
没落王太子と婚約破棄令嬢(1)
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マリー・ダンジューと婚約したとき、私は10歳でマリーは9歳だった。
漠然と「大人になったらこの子と結婚する」と思っていた。
お互いに子供だったから恋愛感情とは縁がなかったが、血の繋がった親兄弟よりも近くにいたから絆は強いと思う。
私はフランス国王シャルル六世の子で、一応は「王子」と呼ばれている。
だが10番目の子で五男だったから、王位継承の可能性はほぼない。
王族にしては手狭なポンティユ伯領が唯一の財産だった。
マリーの父アンジュー公は広大な領地をたくさん持っている大貴族で、母のヨランドはアラゴン王国の王女だ。私よりも高みにいる人たちだと思っていた。
「王太子シャルル、殿下をお迎えに上がりました」
兄たちが不慮の死を遂げ、私は14歳で王太子となった。
次期国王という重責にめまいがしたが、これでアンジュー公一家と対等になれると思った。
だから、アンジューを発つときに精いっぱい格好つけた。
「ねえマリー。しばらく大変だと思うけど、向こうの生活が落ち着いたら必ず迎えにくるから。そうしたら、君は晴れて王太子妃殿下だ」
一年後、母妃と愛人ブルゴーニュ無怖公がクーデターを起こした。
命からがらパリから逃げ出したが、他に行く当てがなくてアンジューに戻った。
緊張の糸が切れたのだろう。私は立場を忘れて情けない姿を晒した。
あのとき、マリーは何を思っただろう。
力なき王太子を支えるために、「婚約者だから」という理由で、家族と別れて私についてきてくれた。
「マリー、だいじな話があるんだ」
思わせぶりな切り出しだったから、きっとマリーはプロポーズされると思っただろう。
だが、私は婚約破棄を伝えた。マリー・ダンジューと婚約する前、私が3歳だったときにブルゴーニュ無怖公の末娘アニエスと婚約していたことが分かったから。
「わたくしが身を引くことで、殿下のお役に立てるなら」
マリーは泣いていたが私を責めなかった。
責めるどころか気遣ってくれた。
「わたくしたちが結婚しなくても、ずっとシャルルお兄様でいてくれる?」
そんな風に言われて、「お互いに別の人と結婚しても、友人として付き合っていけたら」と虫のいいことを考えた。
***
この国は、私が考えているよりもはるかに複雑だった。
掛け違えたボタンを直す暇もなく、事態は思わぬ方向へ転がっていく。
無怖公の死で、和解も婚約もご破算となったが、だからと言って元婚約者とよりを戻す気にもならなかった。
流言飛語が吹きすさび、嵐のような日々が過ぎていく。
ある日、マリー・ダンジューから面会の申し入れがあった。
「殿下、ご機嫌麗しゅう……」
アンジュー公一家は、ロワール川流域にあるアンジューと南仏プロヴァンスに広大な領地を持っている。離れた領地を視察するには泊まりがけになる。
旅の道中、見ず知らずの城に滞在するより、顔見知りがいる城の方が都合がいい。それはわかる。
(私と会って、気まずくないのだろうか)
あのマリーのことだ。
醜聞にまみれた王太子をあざ笑いに来たとは思わないが、私は少々気まずかった。
しかし、心のどこかで「清涼剤のような元婚約者にまた会いたい、話がしたい」と望んでいた気もする。
「今日はお顔の色が優れないようですね」
「最近あまり眠れなくてね」
「お察しします」
きっとマリーの耳にも王太子の悪評が届いているだろう。
(王太子が無怖公を殺した、と)
無怖公の息子フィリップはもちろん、父王も母妃も、近ごろは王国中が私を責め立てている。
王太子のせいで多くの者が死んだ。ブルゴーニュ公は殺され、王国の統一と平和は遠のき、フランスはまたイングランドに蹂躙されるのだと。
(やっぱり、会わない方が良かったかもしれない)
もともと神経質だった私はさらに卑屈になり、疑心暗鬼をこじらせていた。
マリー・ダンジューの滞在を受け入れたものの、私の態度はそっけなかったと思う。
「王太子殿下の重責は承知しております……」
マリーは「今日は良い物を持ってきました」というと、小さな亜麻布の袋を取り出した。
「はい、これは殿下の分」
儀礼的な謁見だと、ひざまずいてから書簡や物品を受け渡しする。
この時のマリーはまじめな彼女にしては珍しく、対等な家族や友人に接するように、小袋を私の手の上に乗せた。
「最近、ルネは庭造りが好きで、プロヴァンスの庭師に教えてもらいながらハーブを育てているの」
マリーは、自分の袋を手に取ると軽く揉んだ。
「いい香りがするでしょう? セージとローズマリーは頭が冴えるから執務の前に、カモミールとネロリは就寝前に嗅ぐとよく眠れるんですって」
マリーに付き従う侍女たちが、袋やら小箱やら小瓶やら持ってきた。
弟のルネが調合したという良い香りのする小袋のほか、スパイスと混ぜた料理の香り付け用ハーブ、薬用の茶葉、バター、高価な香油まである。
所狭しと積み上げられていく「プロヴァンス土産」に、呆気に取られていると。
「ルネったら『シャルル兄様は食が細いから、たくさん食べてもらうんだ』と言って、色んなスパイスを調合しているの。でもね……」
マリーは何か思い出したようにくすくすと笑うと、最近のルネは少し食べ過ぎでぽっちゃりしてきたと近況を教えてくれた。
プロヴァンス地方は地中海に面した温暖な気候で、寒がりなルネはいたく気に入ったらしい。
「みんなが元気そうでよかった」
「ふふ、安心した?」
「うん」
アンジュー家の兄弟たちは、私にとって弟も同然だ。
新生活が順調だと聞いてほっとした。
「わたくしも殿下に会いたかった。あれからどうしていらっしゃるかと」
「マリー、私は……」
「何も言わないで。色々あったことは存じています」
マリーと別れてから起きたことについて、何も聞かれなかった。
ただ、会いたかったのだと。そして「思ったよりも元気そうでよかった」と無事を喜んでくれた。
(互いに「会いたい」と焦がれるこの気持ちはなんだろう)
友情か、家族愛か、それとも望郷の念か。
マリーは持ってきた小袋をひとつ手に取ると、顔を寄せて香りを嗅いだ。
「今日は、火急の要件があってここへ参りました」
爽やかな芳香に包まれながら、マリーは穏やかな口調でそう言った。
火急の要件と聞いて、思い当たることがひとつある。
(結婚相手が決まったのだろうか)
一般的に、貴族の令嬢は十代前半から二十歳前までに結婚する。
二十歳を超えたら「行き遅れ」扱いだ。
初めて会ったとき、9歳だったマリー・ダンジューはもう17歳になっていた。
まじめで義理堅い彼女のことだ。元婚約者の私に「結婚相手を報告しよう」と考えてもおかしくない。
もし、外国に嫁ぐなら二度と会うことはないかもしれない。
「結婚のこと?」
問いかけると、マリーはこくりとうなずいた。
(やっぱりそうなのか)
指先に力が入り、小袋から香りが匂い立つ。
この袋は、頭が冴える香りだったか、心が安らぐ香りだったか。
聞いたばかりなのにもう忘れてしまった。
(分かっていたはずだ。いつかこういう日が来ると)
マリーの結婚相手がどこの誰であっても、「元婚約者だから」といって口出ししたりしない。
敵視したり、張り合ったり、出しゃばったりしない。
(良き友人として、心から祝福しよう)
そう言い聞かせてから、振り返った。
婚約して以来、マリー・ダンジューとは兄妹のように身近に暮らしてきたが、これまで見たことないような決意を秘めた強いまなざしがそこにあった。
「わたくしはずっと待っているのに、いつになったら迎えに来てくださるのですか」
マリーの口から出てきた言葉は——いわば、王太子への逆プロポーズだった。
漠然と「大人になったらこの子と結婚する」と思っていた。
お互いに子供だったから恋愛感情とは縁がなかったが、血の繋がった親兄弟よりも近くにいたから絆は強いと思う。
私はフランス国王シャルル六世の子で、一応は「王子」と呼ばれている。
だが10番目の子で五男だったから、王位継承の可能性はほぼない。
王族にしては手狭なポンティユ伯領が唯一の財産だった。
マリーの父アンジュー公は広大な領地をたくさん持っている大貴族で、母のヨランドはアラゴン王国の王女だ。私よりも高みにいる人たちだと思っていた。
「王太子シャルル、殿下をお迎えに上がりました」
兄たちが不慮の死を遂げ、私は14歳で王太子となった。
次期国王という重責にめまいがしたが、これでアンジュー公一家と対等になれると思った。
だから、アンジューを発つときに精いっぱい格好つけた。
「ねえマリー。しばらく大変だと思うけど、向こうの生活が落ち着いたら必ず迎えにくるから。そうしたら、君は晴れて王太子妃殿下だ」
一年後、母妃と愛人ブルゴーニュ無怖公がクーデターを起こした。
命からがらパリから逃げ出したが、他に行く当てがなくてアンジューに戻った。
緊張の糸が切れたのだろう。私は立場を忘れて情けない姿を晒した。
あのとき、マリーは何を思っただろう。
力なき王太子を支えるために、「婚約者だから」という理由で、家族と別れて私についてきてくれた。
「マリー、だいじな話があるんだ」
思わせぶりな切り出しだったから、きっとマリーはプロポーズされると思っただろう。
だが、私は婚約破棄を伝えた。マリー・ダンジューと婚約する前、私が3歳だったときにブルゴーニュ無怖公の末娘アニエスと婚約していたことが分かったから。
「わたくしが身を引くことで、殿下のお役に立てるなら」
マリーは泣いていたが私を責めなかった。
責めるどころか気遣ってくれた。
「わたくしたちが結婚しなくても、ずっとシャルルお兄様でいてくれる?」
そんな風に言われて、「お互いに別の人と結婚しても、友人として付き合っていけたら」と虫のいいことを考えた。
***
この国は、私が考えているよりもはるかに複雑だった。
掛け違えたボタンを直す暇もなく、事態は思わぬ方向へ転がっていく。
無怖公の死で、和解も婚約もご破算となったが、だからと言って元婚約者とよりを戻す気にもならなかった。
流言飛語が吹きすさび、嵐のような日々が過ぎていく。
ある日、マリー・ダンジューから面会の申し入れがあった。
「殿下、ご機嫌麗しゅう……」
アンジュー公一家は、ロワール川流域にあるアンジューと南仏プロヴァンスに広大な領地を持っている。離れた領地を視察するには泊まりがけになる。
旅の道中、見ず知らずの城に滞在するより、顔見知りがいる城の方が都合がいい。それはわかる。
(私と会って、気まずくないのだろうか)
あのマリーのことだ。
醜聞にまみれた王太子をあざ笑いに来たとは思わないが、私は少々気まずかった。
しかし、心のどこかで「清涼剤のような元婚約者にまた会いたい、話がしたい」と望んでいた気もする。
「今日はお顔の色が優れないようですね」
「最近あまり眠れなくてね」
「お察しします」
きっとマリーの耳にも王太子の悪評が届いているだろう。
(王太子が無怖公を殺した、と)
無怖公の息子フィリップはもちろん、父王も母妃も、近ごろは王国中が私を責め立てている。
王太子のせいで多くの者が死んだ。ブルゴーニュ公は殺され、王国の統一と平和は遠のき、フランスはまたイングランドに蹂躙されるのだと。
(やっぱり、会わない方が良かったかもしれない)
もともと神経質だった私はさらに卑屈になり、疑心暗鬼をこじらせていた。
マリー・ダンジューの滞在を受け入れたものの、私の態度はそっけなかったと思う。
「王太子殿下の重責は承知しております……」
マリーは「今日は良い物を持ってきました」というと、小さな亜麻布の袋を取り出した。
「はい、これは殿下の分」
儀礼的な謁見だと、ひざまずいてから書簡や物品を受け渡しする。
この時のマリーはまじめな彼女にしては珍しく、対等な家族や友人に接するように、小袋を私の手の上に乗せた。
「最近、ルネは庭造りが好きで、プロヴァンスの庭師に教えてもらいながらハーブを育てているの」
マリーは、自分の袋を手に取ると軽く揉んだ。
「いい香りがするでしょう? セージとローズマリーは頭が冴えるから執務の前に、カモミールとネロリは就寝前に嗅ぐとよく眠れるんですって」
マリーに付き従う侍女たちが、袋やら小箱やら小瓶やら持ってきた。
弟のルネが調合したという良い香りのする小袋のほか、スパイスと混ぜた料理の香り付け用ハーブ、薬用の茶葉、バター、高価な香油まである。
所狭しと積み上げられていく「プロヴァンス土産」に、呆気に取られていると。
「ルネったら『シャルル兄様は食が細いから、たくさん食べてもらうんだ』と言って、色んなスパイスを調合しているの。でもね……」
マリーは何か思い出したようにくすくすと笑うと、最近のルネは少し食べ過ぎでぽっちゃりしてきたと近況を教えてくれた。
プロヴァンス地方は地中海に面した温暖な気候で、寒がりなルネはいたく気に入ったらしい。
「みんなが元気そうでよかった」
「ふふ、安心した?」
「うん」
アンジュー家の兄弟たちは、私にとって弟も同然だ。
新生活が順調だと聞いてほっとした。
「わたくしも殿下に会いたかった。あれからどうしていらっしゃるかと」
「マリー、私は……」
「何も言わないで。色々あったことは存じています」
マリーと別れてから起きたことについて、何も聞かれなかった。
ただ、会いたかったのだと。そして「思ったよりも元気そうでよかった」と無事を喜んでくれた。
(互いに「会いたい」と焦がれるこの気持ちはなんだろう)
友情か、家族愛か、それとも望郷の念か。
マリーは持ってきた小袋をひとつ手に取ると、顔を寄せて香りを嗅いだ。
「今日は、火急の要件があってここへ参りました」
爽やかな芳香に包まれながら、マリーは穏やかな口調でそう言った。
火急の要件と聞いて、思い当たることがひとつある。
(結婚相手が決まったのだろうか)
一般的に、貴族の令嬢は十代前半から二十歳前までに結婚する。
二十歳を超えたら「行き遅れ」扱いだ。
初めて会ったとき、9歳だったマリー・ダンジューはもう17歳になっていた。
まじめで義理堅い彼女のことだ。元婚約者の私に「結婚相手を報告しよう」と考えてもおかしくない。
もし、外国に嫁ぐなら二度と会うことはないかもしれない。
「結婚のこと?」
問いかけると、マリーはこくりとうなずいた。
(やっぱりそうなのか)
指先に力が入り、小袋から香りが匂い立つ。
この袋は、頭が冴える香りだったか、心が安らぐ香りだったか。
聞いたばかりなのにもう忘れてしまった。
(分かっていたはずだ。いつかこういう日が来ると)
マリーの結婚相手がどこの誰であっても、「元婚約者だから」といって口出ししたりしない。
敵視したり、張り合ったり、出しゃばったりしない。
(良き友人として、心から祝福しよう)
そう言い聞かせてから、振り返った。
婚約して以来、マリー・ダンジューとは兄妹のように身近に暮らしてきたが、これまで見たことないような決意を秘めた強いまなざしがそこにあった。
「わたくしはずっと待っているのに、いつになったら迎えに来てくださるのですか」
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