7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚

没落王太子と婚約破棄令嬢(2)

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 マリー・ダンジューとの婚約は一旦解消した。
 アニエス・ド・ブルゴーニュと先に婚約していたから——という理由だったが、「王太子がブルゴーニュ無怖公を殺した」今となっては婚約も結婚もありえない。
 後継のブルゴーニュ公フィリップは、王太子への報復を宣言してイングランドと同盟を結んだ。
 表立った戦争も、水面下の謀略も激しくなるばかりで、私は厭戦・厭世的な心境をこじらせていた。

「争いが収まるなら、いっそのこと私の命を差し出してしまおうか」
「変なことを言わないでください」
「……冗談だよ」

 幼なじみの側近にたしなめられて、笑ってごまかした。
 第一、そんなことは反英・反ブルゴーニュ派の側近たちが許さない。
 私を拘束し、保護・監視するために幽閉するだろう。たとえ心が壊れたとしても、必ず生き長らえさせる。

 イングランドとブルゴーニュでは内通者や暗殺者を送り込み、私を抹殺しようとしている。
 もし、アニエス・ド・ブルゴーニュとの結婚話が進むとしたら、私は初夜の床で殺される可能性を考えなければならない。祝いと呪いは紙一重だった。安らぎはどこにもない。


***


「先約があるならばと、わたくしなりに筋を通したつもりです」

 マリーの声で、現実に引き戻された。
 束の間のやさしい現実だ。離れる時は、またつらくなるだろう。

「最初の婚約が無効になったのでしたら、わたくしとの関係を解消する理由はないはずです」

 マリーは婚約破棄を受け入れ、一度は身を引いた。
 だが、「状況は変わった」と言いたいらしい。

「マリーは婚約を復活したいと望んでいるの?」
「今さら、婚約だなんて……」

 それはそうだ。
 私もマリーも十代後半だ。婚約ではなく、その先へ——

「わたくしはずっと待っているのに、いつになったら迎えに来てくださるのですか」

 私たちはもう結婚すべき年齢に達していた。
 だが、私は「婚約を復活させて縁談を進めよう」とは考えなかった。

「情けないけど、パリに帰還するめどが立たなくて『迎える』ことができないんだ」

 私は淡々と、理屈っぽく事実を説明した。
 王太子になってアンジューを発つとき、私は「落ち着いたら迎えにいく」と告げた。
 実際は、落ち着くどころか、事態は悪化の一途を辿るばかり。

「マリーにはすまないと思っている。王太子妃としてパリで盛大に迎えてあげたかった」

 私たちが結婚したら、フランス王国をめぐる争いにマリーを巻き込むことになる。
 アンジュー家は、イングランドやブルゴーニュ公と敵対したと見なされるだろう。
 マリーの将来を縛りつけることも、恩義あるアンジュー家に災いをもたらすことも、私の本意ではないのだ。だから「結婚はしない」と決めた。

「見くびらないでください!」

 ところが、今回のマリーは引き下がらなかった。

「王太子殿下の重責も、シャルル兄様の不遇な生い立ちもよく知っています。兄様に比べたらわたくしは恵まれているわ。両親に愛されて、何不自由なく育てられてきたもの。でも、これだけは分かって欲しいの」

 マリーは、「大切な人が、孤独に苛まれて傷ついていくのを、黙って見過ごすほど愚かじゃない」と畳み掛けるように言った。

「わたくしの『大切な人』が誰か、分かりますか」
「アンジュー公と、公妃と……」
「わざとはぐらかしているの? 父も母も、もちろん弟たちも大切ですけど」

 いつの間にか、鼻がくっつきそうなほど近くにマリーがいた。
 滑らかな指先が頬を撫で、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「わたくしの『大切な人』はね、今ここに、目の前にいらっしゃるのに」

 自覚を促すように、鼻先をつんと突かれた。
 私たちにしてはめずらしく甘い雰囲気が漂っていたが、恋人や婚約者というより母親が子供を、または姉が弟を優しく諭すようでもあった。
 王侯貴族は名誉を、男は力強さを重んじる。
 女性からの子供扱いを「侮辱」と受け取る者もいるが、私は嫌じゃなかった。
 王太子になって以来、いつも気を張っていたから、誰かに甘えたかったのかもしれない。

「マリー、私だって君のことが……」

 大切な人だからこそ——。
 余計なことを考えないで心地よいぬくもりと甘い匂いに浸りたい。
 ほだされそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。

「私はあなたにふさわしくないと思う」

 マリーの優しさを踏みにじるようで気が引けたが、私は冷淡に拒絶した
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