7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚

第二次ラ・ロシェル海戦(2)

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 自前の軍隊を持っていない私は、祖父シャルル五世が残した記録を頼ることにした。
 祖父は王太子時代から何度も試練を乗り越えてきた。二つ名・賢明王ル・サージュと讃えられる名君だ。
 例えば、1372年の第一次ラ・ロシェル海戦で、フランス王国はカスティーリャ王国と同盟を結び、イングランドを打ち破っている。

「47年前の同盟を復活させることはできるだろうか」

 私は一計を案じると、カスティーリャ王国にとっておきの使者を派遣した。


***


「くっくっく、フランス王太子はずいぶん難儀しているそうじゃないか」

 カスティーリャ王の名はフアン二世。私より二歳年下の少年王だ。
 一歳で父王を亡くし、13歳で母妃を亡くした。不遇な王である。
 いとこのアラゴン王アルフォンソ五世がカスティーリャ摂政を兼任していて、ひんぱんに内政干渉していた。
 英仏だけでなく、似たような情勢がヨーロッパ中にあふれていた。

「あいにく、余は名ばかりの王でな。実権はないのだよ」
「ご謙遜を」
「くっくっく、知らんのか? 余は一年前にアラゴン王弟に誘拐されてな、さんざん弄ばれたあげく、ようやく先日帰国したばかりなのだ」

 フランス王太子が、アラゴン王女ヨランド・ダラゴンに養育されたことを知った上での嫌味のつもりだろう。
 私が送った使者を受け入れたものの、敵か味方か計りかねている様子だった。

「それは幸運にございました」
「貴様、余を愚弄するつもりか!」
「今年でなければ、フアン二世陛下のご尊顔を拝するどころか、我が主はカスティーリャ王に助力を乞うことも叶いませんでした」

 側近の中で、もっとも弁の立つ詩人を「カスティーリャ王の支援を取り付ける」大役に選んだ。
 ややお調子者で、道化じみた性格だが、簡単に引き下がるような奴ではない。
 使者は、フアン二世の怒りをさらりと受け流した。
 
「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります」

 言葉巧みに、日ごろから虐げられている少年王の自尊心をくすぐる。

「……ふん。アラゴン王家につてがあるならそちらに頼めばいいものを!」

 王侯貴族は、臣従関係と序列を重視する。
 カスティーリャ王と直接交渉するのはまずいだろうかと考えたが、ヨランド頼みでアラゴン王と交渉し、それからカスティーリャ軍を派遣していたら時間がかかり過ぎる。
 事態は逼迫しており、ラ・ロシェル開戦に間に合わない。
 アラゴン王国からの圧力ではなく、カスティーリャ王じきじきに動いてもらわなければならない。

「おそれながら、アラゴン王にはフランスに迫る危機を理解できないでしょう」
「カスティーリャ王ならば理解できるとでも?」

 少年王は、「フランス王太子はアラゴンびいき」だと思っているようだった。
 アラゴン王の内政干渉を疎ましく思っているなら、私を敵視しているかも知れず、交渉は難航すると予想された。
 しかし、私とカスティーリャ王は「年齢が近い」以外にも共通点があった。

「自国を愛し、幸福を願い、恐れを知るまことの王は、民とともに領地に住まう王だけです」
「余は、まことのカスティーリャ王であると?」
「アラゴン王にカスティーリャ情勢をお聞きしても、カスティーリャに住まう者よりも多くを知ることはできないでしょう。イングランドとフランスも同様にございます」

 共感と利害の一致は、同盟を結びつける強固な絆となる。
 カスティーリャの少年王は、不遇な生い立ちゆえに卑屈なところがあったが暗愚ではなかった。
 饒舌な詩人使者の話をだまってきいていた。

「イングランドのフランス侵略が進めば、英仏二国間の問題にとどまりません。いずれイングランドは大西洋の覇権を狙い、カスティーリャ王国の制海権が脅かされる事態になりましょう」

 もし、ラ・ロシェルが奪われれば、フランス西海岸すべてがイングランドの支配下に置かれる。
 そしてフランス西海岸の延長線上には、イベリア半島——カスティーリャ王国の長い北海岸が横たわっている。
 地政学上、アラゴン王は関わりの深い地中海ほどには大西洋の情勢に興味がないだろう。
 しかし、カスティーリャ王にとっては貿易・防衛を含めて死活問題だ。

「我が主フランス王太子シャルル殿下は、古き同盟の復活を望んでおられます!」







(※)位置把握のため、前回の地図再掲。
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