7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
184 / 202
番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚

マリー・ダンジューの政略結婚(3)

しおりを挟む
 1422年4月22日、私こと王太子ドーファンシャルルとマリー・ダンジューは婚約期間九年を経て、正式に婚姻の儀マリアージュを執り行った。
 五年前、王太子になって王都パリへ旅立つときに約束した。

「ねえマリー。しばらく大変だと思うけど、向こうの生活が落ち着いたら必ず迎えにくるから。そうしたら、君は晴れて王太子妃殿下だ」

 あの日以来、14歳の私には想像もできなかった事件が多すぎて、「迎えにいく」約束を果たしたとは言えない。
 ここは、あの輝かしいパリのノートルダム大聖堂ではない。
 ベリー領の首府ブールジュにある未完成のサンテティエンヌ大聖堂だ。
 父王も母妃も、姉王女さえ参列していない。
 結婚を祝福してくれる血縁者は、幼なじみで従兄弟いとこのジャン——デュノワ伯ひとりだけ。
 だが、マリーを王太子妃ドーフィヌとして迎えた。

 そして、二人で迎えた初夜。
 奇妙な夢を見た。



 シャルルよ、聞こえるか——
 そなたの名はシャルル・ド・ヴァロワだろう?
 余と同じ名を受け継いだ末息子よ、久しぶりだな。

 失うこと、奪われること。
 傷つき、裏切られ、陵辱されること。
 耐え難き心の痛みにはそろそろ慣れたか……?



 夫婦になって初めて逢瀬を交わした夜に、夢の中に父親が出てくるなんてひどい悪夢だ。
 それともこれは霊的な警告夢だろうか。吉兆か、凶兆か。
 夢の中で父王は笑っていた。
 そして、私を「息子」と認識していた。


***



 翌朝、心も体もけだるかったのは夢のせいだけではないだろう。
 目覚めたとき、目尻に涙の感触があった。
 すぐ隣に花嫁がいるのに、就寝中に泣いたのだろうか。

(不覚。私は子供か……)

 婚姻の儀式と初夜の作法は学んだが、その後の振る舞い方は聞いていない。
 どんな顔をして、何を言えばいいのだろう。
 枕に顔をうずめて寝ている振りをしたが、マリーにはお見通しだったようだ。

「殿下、もう起きていらっしゃるの?」
「……寝てる」
「あら、お寝坊さんね。それとも恥ずかしがっているのかしら」

 新婚といっても、10歳で婚約してから九年越しの仲だ。
 アンジェ城では私室も隣だった。いつもそばにいた。
 性格も趣味も癖も生活のリズムも、お互いに知り尽くしている。
 いまさら、羞恥心はないのかもしれない。

「お目覚めでしたら、いいことを教えて差し上げようと思ったのに」
「……何?」
「前に、こんなことをおっしゃっていたでしょう?」

 フランス王家の血を引く者は、体のどこかに王家の紋章フルール・ド・リスの痣がある。
 出所不明、下衆の勘繰りじみた噂話である。「くだらないことを気にするな」と言い聞かせても、入浴や着替えのときにそれらしい痣やほくろがないか、どうしても探してしまうのだと。

「わたくし、ついに見つけましたわ」

 フルール・ド・リスの痣を?
 眠気も羞恥心も気だるさも一気に吹き飛び、私はがばりと跳ね起きた。

「どこに!?」
「きゃ!」

 私は裸体を隠すことも忘れて食いついた。
 勢い余って、マリーの何も身に付けていない白い両肩をつかんで引き寄せようとしたが、華奢な体つきに気づいてすぐ手を離した。

「ごめん、痛かった?」
「いいえ」
「あの、その痣はどこにあった?」
「うふふ、どこかしら」

 マリーは一瞬驚いたみたいだったが、いたずらっぽく笑い、頬を薔薇色に染めながら両腕を私の首に回してきた。
 お互いの肌が密着して、自然と抱き合うような格好になる。

「気になる?」
「決まってるじゃないか」
「あのね……」

 マリーは「これは、わたくしたち夫婦二人だけの秘密にしましょう」と言うと、耳たぶに淡い唇が触れるほど近くに顔を寄せて、「妻だけが知っている場所」をささやいた。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...