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3章 婚約式と陰謀
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しおりを挟むside ミーシア
「この度はケビン様とのご婚約、誠におめでとうございます
「……」
王室仕込みの見事なカテーシーをしながら、ミラ・イヴァンチスカは私に祝いの言葉をかけた。彼女の夫の気を引かせている間に、突然ここに連れて来たというのに、こんな時でも冷静に粛々とこなす。それは見事なまでに、王族として相応しい気品だった。
「…ありがとう」
私が礼を言うと、彼女は姿勢を戻し見事な背筋を立てて私を見据えた。羨ましい。いえ、これは彼女が何十年と王妃になる為に努力した証だ。それに気付いたのは、私が彼女とすげ替わり、王族とは何たるかを学ぶ様になってからだ。
私とケビン様が出会ったのは、学園の端にある温室だった。後に知った事だがそこはケビン様のプライベート空間で、私はそれを知らずに入ってしまった。でも彼はそれを咎めず、趣味であり研究対象としている植物を色々見せてくれた。
当時私は転入したてで、前の学校で好成績を納めここに来たのは良いものの、上流家族の雰囲気に圧倒されて精神が参っていた。彼は王子なのに貴族と言えど中流の家の私に分け隔てなく接してくれて、駄目と分かっていながらも温室に通い、好きになってしまうのに時間は必要なかった。
けれど私の様な人間が彼と同等の位置に立てる訳もなく、何より彼には婚約者がいた。その婚約者は常に完璧で美しく、動作も優雅で私が知っているどの令嬢よりも一流だった。
ただ、どんな相手にも歯に衣を着せぬ言葉をストレートに浴びせるので、みんな彼女を避けていてプライドの高い女だと揶揄していた。その割に彼女の装いには敏感で、何を着ているのか何を使っているのか常にチェックして、彼女が何も言わないのを良い事にみんなこぞって真似をしていた。でも彼女は毛ほども気にしておらず、いつも美しい姿勢で堂々といる姿に、すぐに気にしてしまう私は尊敬する程だった。
しばらくして私は薄々ケビン様が私に惹かれ始めている事に気付いた。想いが通じ合うのかもしれないと思うと、余計にのめり込む。そしてついに私達は懇意になっているのではと噂されてしまった。
その頃私は彼のパーティに呼ばれる様になっていて、その事も噂の発端となってしまった様だった。私は行くのを止め、温室にも近づかない様にして彼を避けた。けれど彼は私を追いかけてきてしまう。私はそれを受け入れる事しか出来なかった。
何の解決にもならないまま、でも彼と再び関わる様になって罪悪感よりも幸せを感じ始めていた頃、ついに私は彼女に呼び出された。それまで何を言われようと堂々としていた彼女が私を壁に追い込み、背筋が凍る恐ろしい目をしながら言った。
『私は王妃になるために生まれ育てられた
この十何年間ずっとそれだけを目指して生きてきた
なのにどうしてあなたに奪われなきゃいけないの
何も知らない癖に何もしてこなかった癖に
お願いだから私から奪わないでよ
もし奪ったら許さない
絶対に絶対にあなたを許さない』
私は恐ろしくなって彼女から逃げた。
その頃から、私の根も歯もない悪評が噂される様になった。私は友人に相談した。親身になってくれた友人は誰がそんな噂を言い始めたのか調べてくれて、その噂の出所は彼女だという事が分かった。余計に恐ろしくなった。全て自分の身から出た錆だとも気付かず、私はすっかり被害者だった。
そしてあの日。パーティには行かないつもりだったが、堂々とすべきだという友人の勧めで参加した。彼が参加するのだから、そこには婚約者の彼女も勿論いた。
私はなるべく関わらない様に避けた。しかし、彼を階段下に見つけ顔が綻んだ時だった。誰かに肩を叩かれた。
『ミーシア』
ぞくっとした。彼女の声だった。私は彼女と分かった瞬間に叫んでいて、気付いたら階段から落ちていた。
『ミラ…!君は何てことを』
彼の声で意識がはっきりした。私は彼に頭を抱えられていて、そんな私達を彼女は上から見下ろしていた。周りの騒ぎ声で私は突き落とされたのかと理解する。彼はひどく激昂していた。そして私は彼女から婚約者という立場を奪った。
それから1年。私は未来の王妃としての教育を受け、彼女は処遇が決まるまで屋敷に幽閉状態になった。
私は勉強が好きだった筈なのに、教えられる度に罪悪感と劣等感を感じてどんどん嫌になった。王族としてのプライドや気品なんて、一朝一夕で出てくるものではない。私のこれまでの人生を否定しひっくり返さなきゃいけない程の大作業だった。
『私は王妃になるために生まれ育てられた
この十何年間ずっとそれだけを目指して生きてきた
なのにどうしてあなたに奪われなきゃいけないの
何も知らない癖に何もしてこなかった癖に』
私はこの時になって、彼女が私に言っていた事を痛感した。一体どれだけの努力をしたのか、一体どれだけの事を諦め捨ててきたのか。彼女が絶対に許さないと言って、私を階段から突き落とした意味を深く感じて心が張り裂けそうになる。
そんな時にメイドからこんな提案をされた。“ミラ・イヴァンチスカ嬢を婚約式に招待してみては”と。最近の私は昔の様に純粋ではなくなった。人の悪意に気付けるようになった。あの時友人は私の悪評を流したのは彼女だと教えてくれたが、それは本当だったのだろうか。パーティに堂々と参加しろと言ったのは、本当に親切心からだっただろうか。
『…いいわね。どうしたらいいの?』
分かっていながら了承した。今彼女に会ってみたかった。きっと彼女に会えば痛感する。彼女が相応しかったのだと認めて、私はもう──
「卑怯ですね」
ハッとした。美しい立ち姿で彼女は私を冷たく捉えていた。
「まだ私を搾取しようとなさるのですか」
本当に彼女はすごい。何も言っていないのに全てを理解している。
「…本当に聡明な人ね。…あなたといると、私の弱さが露呈して嫌になる」
私の所業が国王陛下に知られたら、私は大きな信頼を失うだろう。でもそうならない様に色んな人が私の為に動いてくれた。分かっている癖に私はまたこうして彼女と密会し、問題を起こそうとしている。人の物を奪って、人の人生を壊して、これ以上何を望むの。
「あなたなら大丈夫です」
その時、彼女から今まで聞いたことのない優しい声色と言葉が聞こえた。
「私と違って、あなたは素直な人だから」
こんな最低な人間にそんな言葉を贈ってくれるなんて。彼女の慈愛に満ちた表情を見て、婚約式の会場で久しぶりに彼女を見た時のことを思い出した。私と関わらせないために遠く、しかも切羽詰まった領地に嫁がされたと聞いていた。でも彼女は隣にいる夫とそれは楽しそうに会話をしていて、口に手を当て夫に囁く姿は愛らしく、思わず綻ぶ程だった。
「…ありがとう」
私もだけど、彼女も変わった。劣等感で沈んでいった私と違って、彼女はもっと魅力的に。
「最後に一つだけいいかしら…」
「何でしょう」
「あの時、周りの人達にあなたに突き落とされたと言われて信じてしまったけど、もしかして」
「私に申し訳ないと思っていらっしゃるのなら、その話を蒸し返す事はしないとお約束ください」
「…分かったわ」
「失礼します」
彼女は去って行った。その後ろ姿もまるで絵画の如く美しい。彼女に嫉妬するのも烏滸がましい程に完璧だった。私の憧れそのものだった。
「ミーシア!」
「…ケビン様」
その時、後方から彼の声が聞こえた。慌てて彼女が向かった方へ目を向けるともう姿は見えなかった。ほっと息を吐く。
「部屋で待機していてくれと言ったろ」
私を守るために奔走してくれた彼。私はそんな彼までも裏切ろうとしたのだ。
「何かあったのか…?」
俯く私に彼が私の後ろにいたメイドに問いかけた。
「何もございません」
私を唆したメイドは突然来なくなった。きっと金銭のやり取りがあって潔く消えたのだろう。今私の周りにいるのは本当に信頼している人達だ。それを改めて実感する。
「心配をおかけしてごめんなさい。私…あなたに、この国に、相応しい王妃になる。絶対に」
確かに彼女の言う通り、私は素直な人間だった様だ。
(その後ミーシア・ヴァン・フリートは、最も国民に愛された王妃として慕われる事になる。その慕われる理由は何故か分かるかという問いに、『最も尊敬する人が授けてくれた言葉のおかげです』と答えた言う)
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