噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ

文字の大きさ
13 / 36
3章 婚約式と陰謀

13

しおりを挟む


side ミーシア



「この度はケビン様とのご婚約、誠におめでとうございます
「……」

 王室仕込みの見事なカテーシーをしながら、ミラ・イヴァンチスカは私に祝いの言葉をかけた。彼女の夫の気を引かせている間に、突然ここに連れて来たというのに、こんな時でも冷静に粛々とこなす。それは見事なまでに、王族として相応しい気品だった。

「…ありがとう」

 私が礼を言うと、彼女は姿勢を戻し見事な背筋を立てて私を見据えた。羨ましい。いえ、これは彼女が何十年と王妃になる為に努力した証だ。それに気付いたのは、私が彼女とすげ替わり、王族とは何たるかを学ぶ様になってからだ。

 私とケビン様が出会ったのは、学園の端にある温室だった。後に知った事だがそこはケビン様のプライベート空間で、私はそれを知らずに入ってしまった。でも彼はそれを咎めず、趣味であり研究対象としている植物を色々見せてくれた。

 当時私は転入したてで、前の学校で好成績を納めここに来たのは良いものの、上流家族の雰囲気に圧倒されて精神が参っていた。彼は王子なのに貴族と言えど中流の家の私に分け隔てなく接してくれて、駄目と分かっていながらも温室に通い、好きになってしまうのに時間は必要なかった。

 けれど私の様な人間が彼と同等の位置に立てる訳もなく、何より彼には婚約者がいた。その婚約者は常に完璧で美しく、動作も優雅で私が知っているどの令嬢よりも一流だった。
 ただ、どんな相手にも歯に衣を着せぬ言葉をストレートに浴びせるので、みんな彼女を避けていてプライドの高い女だと揶揄していた。その割に彼女の装いには敏感で、何を着ているのか何を使っているのか常にチェックして、彼女が何も言わないのを良い事にみんなこぞって真似をしていた。でも彼女は毛ほども気にしておらず、いつも美しい姿勢で堂々といる姿に、すぐに気にしてしまう私は尊敬する程だった。

 しばらくして私は薄々ケビン様が私に惹かれ始めている事に気付いた。想いが通じ合うのかもしれないと思うと、余計にのめり込む。そしてついに私達は懇意になっているのではと噂されてしまった。

 その頃私は彼のパーティに呼ばれる様になっていて、その事も噂の発端となってしまった様だった。私は行くのを止め、温室にも近づかない様にして彼を避けた。けれど彼は私を追いかけてきてしまう。私はそれを受け入れる事しか出来なかった。

 何の解決にもならないまま、でも彼と再び関わる様になって罪悪感よりも幸せを感じ始めていた頃、ついに私は彼女に呼び出された。それまで何を言われようと堂々としていた彼女が私を壁に追い込み、背筋が凍る恐ろしい目をしながら言った。

『私は王妃になるために生まれ育てられた
 この十何年間ずっとそれだけを目指して生きてきた
 なのにどうしてあなたに奪われなきゃいけないの
 何も知らない癖に何もしてこなかった癖に
 お願いだから私から奪わないでよ
 もし奪ったら許さない
 絶対に絶対にあなたを許さない』

 私は恐ろしくなって彼女から逃げた。

 その頃から、私の根も歯もない悪評が噂される様になった。私は友人に相談した。親身になってくれた友人は誰がそんな噂を言い始めたのか調べてくれて、その噂の出所は彼女だという事が分かった。余計に恐ろしくなった。全て自分の身から出た錆だとも気付かず、私はすっかり被害者だった。

 そしてあの日。パーティには行かないつもりだったが、堂々とすべきだという友人の勧めで参加した。彼が参加するのだから、そこには婚約者の彼女も勿論いた。

 私はなるべく関わらない様に避けた。しかし、彼を階段下に見つけ顔が綻んだ時だった。誰かに肩を叩かれた。

『ミーシア』

 ぞくっとした。彼女の声だった。私は彼女と分かった瞬間に叫んでいて、気付いたら階段から落ちていた。

『ミラ…!君は何てことを』

 彼の声で意識がはっきりした。私は彼に頭を抱えられていて、そんな私達を彼女は上から見下ろしていた。周りの騒ぎ声で私は突き落とされたのかと理解する。彼はひどく激昂していた。そして私は彼女から婚約者という立場を奪った。

 それから1年。私は未来の王妃としての教育を受け、彼女は処遇が決まるまで屋敷に幽閉状態になった。

 私は勉強が好きだった筈なのに、教えられる度に罪悪感と劣等感を感じてどんどん嫌になった。王族としてのプライドや気品なんて、一朝一夕で出てくるものではない。私のこれまでの人生を否定しひっくり返さなきゃいけない程の大作業だった。

『私は王妃になるために生まれ育てられた
 この十何年間ずっとそれだけを目指して生きてきた
 なのにどうしてあなたに奪われなきゃいけないの
 何も知らない癖に何もしてこなかった癖に』

 私はこの時になって、彼女が私に言っていた事を痛感した。一体どれだけの努力をしたのか、一体どれだけの事を諦め捨ててきたのか。彼女が絶対に許さないと言って、私を階段から突き落とした意味を深く感じて心が張り裂けそうになる。

 そんな時にメイドからこんな提案をされた。“ミラ・イヴァンチスカ嬢を婚約式に招待してみては”と。最近の私は昔の様に純粋ではなくなった。人の悪意に気付けるようになった。あの時友人は私の悪評を流したのは彼女だと教えてくれたが、それは本当だったのだろうか。パーティに堂々と参加しろと言ったのは、本当に親切心からだっただろうか。

『…いいわね。どうしたらいいの?』

 分かっていながら了承した。今彼女に会ってみたかった。きっと彼女に会えば痛感する。彼女が相応しかったのだと認めて、私はもう──

「卑怯ですね」

 ハッとした。美しい立ち姿で彼女は私を冷たく捉えていた。

「まだ私を搾取しようとなさるのですか」

本当に彼女はすごい。何も言っていないのに全てを理解している。

「…本当に聡明な人ね。…あなたといると、私の弱さが露呈して嫌になる」

 私の所業が国王陛下に知られたら、私は大きな信頼を失うだろう。でもそうならない様に色んな人が私の為に動いてくれた。分かっている癖に私はまたこうして彼女と密会し、問題を起こそうとしている。人の物を奪って、人の人生を壊して、これ以上何を望むの。

「あなたなら大丈夫です」

 その時、彼女から今まで聞いたことのない優しい声色と言葉が聞こえた。

「私と違って、あなたは素直な人だから」

 こんな最低な人間にそんな言葉を贈ってくれるなんて。彼女の慈愛に満ちた表情を見て、婚約式の会場で久しぶりに彼女を見た時のことを思い出した。私と関わらせないために遠く、しかも切羽詰まった領地に嫁がされたと聞いていた。でも彼女は隣にいる夫とそれは楽しそうに会話をしていて、口に手を当て夫に囁く姿は愛らしく、思わず綻ぶ程だった。

「…ありがとう」

 私もだけど、彼女も変わった。劣等感で沈んでいった私と違って、彼女はもっと魅力的に。

「最後に一つだけいいかしら…」
「何でしょう」
「あの時、周りの人達にあなたに突き落とされたと言われて信じてしまったけど、もしかして」
「私に申し訳ないと思っていらっしゃるのなら、その話を蒸し返す事はしないとお約束ください」
「…分かったわ」
「失礼します」

 彼女は去って行った。その後ろ姿もまるで絵画の如く美しい。彼女に嫉妬するのも烏滸がましい程に完璧だった。私の憧れそのものだった。

「ミーシア!」
「…ケビン様」

 その時、後方から彼の声が聞こえた。慌てて彼女が向かった方へ目を向けるともう姿は見えなかった。ほっと息を吐く。

「部屋で待機していてくれと言ったろ」

 私を守るために奔走してくれた彼。私はそんな彼までも裏切ろうとしたのだ。

「何かあったのか…?」

 俯く私に彼が私の後ろにいたメイドに問いかけた。

「何もございません」

 私を唆したメイドは突然来なくなった。きっと金銭のやり取りがあって潔く消えたのだろう。今私の周りにいるのは本当に信頼している人達だ。それを改めて実感する。

「心配をおかけしてごめんなさい。私…あなたに、この国に、相応しい王妃になる。絶対に」

 確かに彼女の言う通り、私は素直な人間だった様だ。


(その後ミーシア・ヴァン・フリートは、最も国民に愛された王妃として慕われる事になる。その慕われる理由は何故か分かるかという問いに、『最も尊敬する人が授けてくれた言葉のおかげです』と答えた言う)

しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』  運命の日。  ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。 (私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)  今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。  ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。  もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。  そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。  ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。  ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。  でも、帰ってきたのは護衛のみ。  その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。 《登場人物》  ☆ルキナ(16) 公爵令嬢。  ☆ジークレイン(24) ルキナの兄。  ☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。  ★ブリトニー(18) パン屋の娘。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。

クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。 そんなある日クラスに転校生が入って来た。 幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新不定期です。 よろしくお願いします。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

処理中です...