愛のない婚約かと、ずっと思っていた。

華南

文字の大きさ
15 / 62

15話

しおりを挟む
(よし、これで完璧だわ。
綺麗に髪も結ってあるし薄化粧して貰ってまるで自分ではないみたい。
これならクリストファーだって私を見て言葉をかけてくれるかしら。
綺麗だと思ってくれるよね?)

鏡の前でマリアンヌはにっこりと微笑む。
側にいるエマに視線を注いで礼を述べる。

「ありがとうエマ」

「流石、私のマリアンヌお嬢様です。
溜息が出る程に美しい」

ほうと溜息を洩らすエマにマリアンヌは苦笑する。

「いやだわ、エマったら。
私を喜ばせてどうしたの?」

「私は事実を述べているだけです」と真顔で訴るエマにマリアンヌは更に苦笑する。

「もう、エマ。
本当にありがとうね。
これで自信を持ってクリストファーに会いに行けるわ」

マリアンヌのいじらしい言葉にエマが思わず涙腺を緩ます。
素直で愛らしい、私の自慢のお嬢様。
どうしてもマリアンヌの願いをエマは叶えたかった。

自分を誰よりも綺麗にして欲しい。
クリストファーに告白しに行くからと自分に自信が持てる様に綺麗に装って欲しい、と。

朝起きて直ぐに侍女のエマに真剣な表情で訴るマリアンヌにエマが嬉々としてマリアンヌに告げる。

「クリストファー様が見惚れる程にして差し上げますわ」

「も、もうエマったらまた私を揶揄って。
そんな事、有り得ないでしょう」

と言いつつ恥ずかしげに頬に手を添えるマリアンヌの可憐さにエマは思わず唸ってしまう。

(本当に何処までも鈍いんだから。
側から見てどれだけクリストファー様がマリアンヌ様を愛しているか、皆、気づいているのに、当の本人ったら。
今から装って綺麗なマリアンヌ様を見ればクリストファー様がどんな行動に出るか……)

クリストファー様が何時もマリアンヌ様に骨抜きになっているのに今日のマリアンヌ様を見ればピアッチェ家に帰られない事は確実、監禁生活確定ですねと、ぽそりとエマが恐ろしい言葉を呟いていた事にマリアンヌは気付いていない。

そんなエマの物騒な言動に相反してマリアンヌは意気込んで今からシャンペトル家へと行こうとしていた。
母親のセシリアと一緒に。

(珍しい、お母様が一緒シャンペトル家に行くなんて。
私の事を心配しての事かしら。
私ったらお母様までに心配をかけてしまって……)

セシリアに迷惑をかけてしまったと反省している様子にセシリアが苦笑する。
急にリアナと話がしたくなったのよ、と何時もとは違う雰囲気を醸し出す母親にマリアンヌは一瞬、自分の目を疑う。
何処か弱々しい母親の姿。
もしかして自分の事でお父様と何かあったのでは?と考え込んでしまい自己嫌悪に陥るが、そんなマリアンヌに気づいたのか、違うのよとセシリアはマリアンヌに告げる。

「リアナとただ話したいだけ」

ただその一言をマリアンヌに告げて馬車に乗り込む。
母親の動向に一瞬、戸惑いつつもマリアンヌは母親と一緒にシャンペトル家を向かって行った。

***

馬車の窓から景色を見詰めながらマリアンヌは今朝の一連の出来事を思い出していた。

美人とは言い難い容貌であるが普段の自分とは思えない可憐で綺麗になったと鏡に映る自分を見て称賛する。
淡い栗色が映える若草色のワンピース。
所々に薄紫の薔薇が刺繍されて上品で洗練されたデザイン。
今年の誕生日にクリストファーにプレゼントされたワンピース。
最初箱を開けた時、一瞬、自分の目を疑ってしまった。
意外なプレゼントにただただ言葉を失っていた。

(ど、どうしてこれをプレゼントしてきたのかしら?
今までは花束とか髪飾りとか、綺麗なリボンとかは貰ったけどワンピースなんて)

よく見るとビーズを糸に通して刺繍されている。
光に翳すとキラキラと煌めいてとても綺麗だと、マリアンヌは自然と嘆息を漏らしていた。

(あの時、直ぐに箱から出して身体に当てた時、思わず頬が緩んでしまったわ。
どうしてこんなに綺麗なワンピースを私にプレゼントしてくれたの?
一体、どんな気持ちで選んだのかしら。
クリストファーの真意が知りたくって、でも、知るのが怖くて。
だって自分達は父親同士が勝手に決めた婚約者だからと言う固定観念が何時も心の片隅にあって。
中々素直にお礼を告げる事が出来なかった。
だから決めたの、今日はこれを着る事を。
これを着てクリストファーに告白すると決めていたの)

そう思ったとたん、マリアンヌの頬が自然と赤く染まっていく。
今更ながら自分から告白する事が気恥ずかしくなっている。
大胆な行動に走っていると思いながらも、今、自分の心に素直にならないとクリストファーの気持ちを確かめる事が出来ない。

クリストファーの本心を知りたい。
本当にクリスティーナ様を愛しているのか。
それとも本当は私の事をを愛している?

あの激情を孕んだキスがクリストファーの本心なのか。

つい、指先を唇に弧を描く様に触れていって。
ぼぼぼ、と一気に湯気が出る位に頬に熱が籠っていく。

(ああん、マリアンヌ。
何を思い出しているの、は、恥ずかしい。
……。
あれはじ、事故だったのよ。
クリストファーの気の迷いだったのよ。
そう、それだけよ。
それよりも今からの事に気持ちを集中させて。

今日、クリストファーからプレゼントされたワンピースを着て、勇気を振り絞っているんだから!
こ、これを絶対に着たかったの。
だって一番のお気に入りだから。
あの時、恥ずかしくて素直にお礼を言えなかったが、本心では嬉しかったとクリストファーに伝えたかった。
本当はあの場でクリストファーに見せたかった。
このワンピースを綺麗に着こなした自分を)

愛されてもいないのに、でも、見せたかった。
一瞬、過った言葉にずきりと胸に痛みが走る。

でも、今日でこの気持ちに決着をつけるんだから。
うじうじと悩むのもこれでお終い。
どんな結果が出ても悔いを持ちたくない。

自分の気持ちに正直でありたい。
それが今日、このワンピースを着た理由だから。

クリストファーに素直に自分の気持ちを伝えるの。
貴方が好きだって。

愛のない婚約をしていても関係ない。

私が貴方を愛したきっかけが父親同士が決めた婚約者だからと言って、それが理由では無い。

クリストファー。

貴方だから好きになった。
貴方だから私は愛を抱いたの、と。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

「俺、殿下は女だと思うんだ」

夏八木アオ
恋愛
近衛騎士チャールズは、ある日自分の仕える王太子殿下の秘密に気付いてしまう。一人で抱えきれない秘密をルームメイトに話してしまい……から始まる、惚れっぽくてちょっとアホなヒーローx男装ヒロインのゆるふわ設定のラブストーリーです。

【3話完結】 数多と唯一

紬あおい
恋愛
偉そうにしていた夫が実はチョロかったお話。

あなたの知らない、それからのこと

羽鳥むぅ
恋愛
ある日、突然片野凛香は前世を思い出した。公爵令嬢であり王太子の婚約者として過ごし、無残にも婚約破棄されたことを。その後、護衛騎士と共に辺境へと身を隠し、短い人生を終えたのだった。 今世は自由に生きるんだ!と俯きがちだった顔を上げた途端に、同級生の津山晴輝が距離を縮めてきて……。前世のトラウマからあまり人と関わり合いになりたくなかったんだけど、と思いつつも徐々に晴輝が気になっていく。 ※一度は書いてみたかった転生物ですが、現代への転生となっています。前世はファンタジー要素もありますので西洋風のパラレルワールドだと思っていただけたらと思います。 他小説サイトにも投稿しています。

【4話完結】 君を愛することはないと、こっちから言ってみた

紬あおい
恋愛
皇女にべったりな護衛騎士の夫。 流行りの「君を愛することはない」と先に言ってやった。 ザマアミロ!はあ、スッキリした。 と思っていたら、夫が溺愛されたがってる…何で!?

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

歳の差を気にして去ろうとした私は夫の本気を思い知らされる

紬あおい
恋愛
政略結婚の私達は、白い結婚から離縁に至ると思っていた。 しかし、そんな私にお怒りモードの歳下の夫は、本気で私を籠絡する。

処理中です...